彼女は何も知らない
白い封書の手紙はフレデリックの印章で蝋封されていた。
突然の手紙に、オーレリアは身支度の最中でありながら封を切る。メラニーにブラシで髪を梳かされつつ、美しい文字で簡潔に書かれた文章を黙読した。
「王城から出られた?」
「いかがされましたか?」
衝撃を受けたことで声に出してしまった。メラニーに窺われて、問題ないと笑みを見せる。
オーレリアの深紫の瞳は再び文字をなぞった。
フレデリックは、王城からオーレリアのいる地方都市近郊の王家別宅に居を移した。国王陛下の許可は得ているそうで、幾年は不明だが、暫くこちらで生活すると書かれている。
気兼ねなくオーレリアに会えると、喜んでいる文面で締め括られているが、彼女の心中は複雑だった。
(どうして?第二王子殿下としてのお立場があるのに)
この南方の地方都市は国の要所という場所ではない。現在、国軍の将軍を務めるクライン侯爵の領地内にある商業都市。栄えてはいるが、やはり国内外で中心となるのは王城のある王都だ。
第二王子としての公務も少くない。勉学は勿論、王子の義務として戦闘訓練や戦術指南なども王城ならば教師や士官が揃っている。
(蟄居というわけではないのでしょうけれど)
婚約者候補のオーレリアがいる都市の別宅だから、何かしらの厳罰を受けたわけではない、と彼女は思う。
不安を感じて心を暗くする。視線も下がってしまったが、オーレリアの整髪を終えたメラニーに明るい声で話しかけられた。
「終わりましたよ、お顔を上げてくださいませ・・・大変お似合いですわ」
一つのシニヨンを作り、耳の後ろの髪を編み込みにしてシニヨンの根元に回した髪型。白い造花とレースの髪飾りが留めている部分を飾っている。
すっきりと整えられながら華やかさもあって、オーレリアの口元は緩んだ。
「とても素敵だわ、ありがとうメラニー」
「美しいお嬢様を飾り立てるのは私の喜びですわ・・・さあ、ドレスに着替えましょう。今日のお召し物はどれになさいますか?」
淡い桃色でスカートが真っ直ぐのドレス、深緑色でドレープがたっぷりとしたドレス。その他、次々にクローゼットから出そうとするメラニーを止めて、オーレリアは最初に見せられた淡い桃色のシンプルなドレスを選ぶ。
今日は図書室で過ごすつもりだった。歴史家たる祖父の図書室は書物も豊富で、王家に関連するものも多い。王弟ブラスのこと、古代の側妃イレーヌの記述も探し当てるつもりだった。
(あの夢・・・)
三日前に見た夢。幸せそうな恋人達の夢。いずれ引き離されてしまう二人の「夢」。悲しくて目覚めたあとも泣き続けてしまった。真夜中だったことが幸いで、オーレリアの酷い泣き顔は誰にも見られていない。
あの夢は、ブラスとイレーヌの過去の出来事だったのか。そう思わせるほど鮮明なものだった。
詳細には伝わっていない二人の関係。祖父から講義を受けて、何冊ものブラスの反乱に関する書物、小説を読んだ「夢見る」オーレリアが、二人のことを思い耽ったことで願望を夢に見たのか。
(分からないけれど・・・あまりにも悲しい)
あれほど愛し合っていると分かる二人は、一人の男の心変わりが原因で引き離される。再会することもできずに死に別れる。
込み上げてくるものがあったオーレリアは、天井に顔を向けて、瞬きせずに凝視する。潤む目を乾かそうとした。無言で佇む彼女に、メラニーは察して声をかけずにドレスを着せてくれた。
支度を終えたことで朝食に向かおうと自室を後にする。追従するメラニーの足音を耳にしながら、物思いに耽るオーレリアはエントランスまで辿り着いた。階段を降りようと欄干に触れて一歩。
その目に急ぎ足の祖父が映る。外出するようで、祖母を後ろに連れてドアへと向かっていた。
「ここまでていいよ、リヴァ。行ってくる」
「あまりにも突然ですわ。朝食だけでも口にされたらよろしいのに」
「陛下がうるさいんだ。全く、自分の息子達なんだから自分でどうにかしてもらいたいよ」
襟元に毛皮のある黒いコートをしっかり着込み、祖母から帽子を受け取った祖父は、フットマンの開けたドアから出ていった。
ドアが閉じられてすぐ、オーレリアはエントランスに降り立つ。見送った祖母に歩み寄った。
「おはようございます、お祖母様。お祖父様は早朝からおでかけですか?」
「あら・・・おはようございます、オーレリア。そうなの、国王陛下からお呼び出しを受けてしまって、今から王城に向かわれたのよ」
どのようなことだろう。
現在の心境に引っ張られたオーレリアは、不安と顔を曇らせる。そんな彼女に祖母は笑いかけた。
「心配しないで、旦那様ですもの。平和的に話し合いをしてくださいます。あなたが不安に思うことは何もないのよ」
「さあ、朝食にしましょうね」と祖母は続けた。食堂室に向かうその背を追って、オーレリアは歩く。思い、耽りながら。
(お祖父様は、陛下に向かって自分の息子達と仰っていた。つまりフレデリック様と、カルロ様・・・)
まだ幼年の第三子エイダンではないと分かる。お目にかかれていないが、純粋無垢で素直な王子殿下と耳にしている。親の手を煩わせず、末子であることからただ愛されているとも。
(フレデリック様が別宅に移られたのは、何かしらの理由がある)
思考しながらも、しっかりと歩んで食堂室の席についたオーレリア。
祖母は孫娘が思考中などと分からず、「そういえば、明日はフレデリック王子殿下とお出かけですわね」と朗らかに笑った。
食事以外は図書室に籠もり、古代の王室の記録書を取り出して読み込む。
その合間にフレデリックのこと、カルロのことを考えて、用意された紅茶はすっかり冷めていく。
フレデリックは別宅に移った。明日は彼とのデートで、お互いが手に入れたブラスとイレーヌのことを発表し合う。
別宅の件も聞いて、あの悲しい夢の話もしようと考えに至った。
次に思うはカルロのこと。十一歳のときに新年祭で会ったきり。その後は新年祭も辞退して、王都にすら近付いていない。祖父の遺跡調査に随行することで、今まで再開せずに済んでいる。
これからも、フレデリックとの婚約の調印までは顔を合わせずに済むはずだ。
(春に中央学園に入学された・・・もうバーバラ様に会っているわ)
カルロはバーバラと同級生だった。入学式で目にした彼女に一目惚れをして求婚したのが、時が戻る前のこと。
今回もバーバラを目にして恋をしたはずだ。運命の人だと言って、学園の貴族子女達に祝福されているはず。
(私は中央学園には入学しないから、お二人に出会わず、その愛の障害になることもない)
婚約者ではないことで、道は交わることはない。オーレリアに重苦しい愛を訴えたカルロも、目が覚めてバーバラに夢中になっている。オーレリアのことなど、頭の片隅にも残っていない、はず。
「そう思ってもいいのよね」
フレデリックとカルロの険悪な関係も解消に向かう。カルロの心はバーバラに向かうのだから。
「そうなると、フレデリック様が別宅に移動された理由が分からないわ」
どのような問題が発生したのか。
不安に駆られるオーレリアの指先は、開いていた記録書のページを留めている。
──・・・三代国王ロブロス第一子マーガレット王女、誕生・・・───。
その一行に人差し指が触れていた。
「まあ、アンセムが?」
突如、来訪したのはルヴァン公爵家本宅の騎士二人。応対する侍女長は、オーレリア付きの護衛騎士アンセムが、職務の報告で本宅に向かう道すがらに怪我をしたと、話を受けた。
「公爵閣下代理のアルバ様より、臨時の護衛騎士と派遣された」
「今日より三日間、我らがオーレリア様の護衛を務める」
続けざまに言葉を発する二人の騎士の顔は、どこか緊張している。




