古代の女性に思いを馳せて
オーレリアが視線を戻せば、ずっと眺めていたフレデリックと目が合う。彼は窺うように目を細めた。
「王弟ブラスは現在も歴史家達の多大な関心を集めている存在だ。何十人もが、ブラスの行方と彼の財宝を探し当てようと文献や記録を漁って発掘をした。誰一人、ブラスの居城の城壁すら見つけられていない」
「ブラス王弟殿下の遺物など見つかれば、学会が大騒ぎするもの。何もかも一切不明は承知の上よ」
「どうしても探し当てたい?」
頷けば、フレデリックは机の上の歴史書に手を伸ばした。ロブロスの治世が書かれたページを最初から目を通す。
「ブラスの反乱はロブロス王政前期に起こった。この本は、王家の歴史を簡略に記しているから詳細は省かれる。何より王家の敵対者のことだ。ロブロス自身が残すことを良しとしなかった。記録も少なく、居城が跡形も残ってないのは、徹底的に破壊して存在を抹消したかったからじゃないかな?ロブロスとブラスの兄弟仲は最悪だったろうし」
パラリと捲られるページをオーレリアは覗き見る。三代国王ロブロスの次子アナベルの誕生が記されていた。アナベル第二王女の生母はイレーヌ。
「イレーヌ様の記録はないのかしら?」
「イレーヌ?」
「ええ、だってブラス王弟殿下の婚約者だったのよ。突然引き離されて悲しんだり、苦しんでいたと記録は残っていない?ブラス王弟殿下を想って詩歌を残していたとか」
「ロブロスはイレーヌを寵愛したと記憶に残るほど執着心の強い男だ。そんな男は妻が他の男を想うなんて許さない。ロブロス王政にあってイレーヌ自身の記録はごく僅かだ。国政には参加せず、生母としての記録が残っているくらい」
「では、次代のグリフィス国王陛下は?」
「グリフィス?・・・うーん・・・」
ページは何度も捲られ、最後のページまで辿り着くと閉じられた。フレデリックは机に置かれたもう一冊と交換する。
二冊目の中盤、彼のページを捲る手は止まり、右の人差し指が書面をなぞる。
「先王妃イレーヌ、第三王女ライラックの婚姻にてタペストリーを贈る。『忘れえぬ情景を幼心の姫に』・・・これは、イレーヌの言葉かな?」
オーレリアは書面を覗き込むためにフレデリックへと身を寄せた。彼の頬に頭が触れ、猫のように擦りつかれたが、文章への知的好奇心から気付いていない。
「先王妃・・・」
「ロブロスはこの一年前に崩御した。酒で患わった病が悪化したと書いてあったよ。グリフィスは早々に妃を迎えていて、ロブロスの崩御と共に戴冠している。妹姫ライラックの婚姻は彼が主導したようだね」
「そうなのね・・・この『忘れえぬ情景を幼心の姫に』という文言は、タペストリーをイレーヌ様が縫って、記憶にある景色を写したということよね・・・忘れえぬ情景」
「故郷の情景か、死に別れたブラスとの思い出の景色か」
胸の高鳴りが早まっていく。
僅か一行の文言。イレーヌが残した言葉であるとも定かではない。それでもオーレリアは僅かなヒントを得て、フレデリックと共に解明しようとしている。
「タペストリーは残っていないのね?」
「古代期の布製品だからね。よほど保存状態が良くなければ・・・末姫のライラックはクヴァネス神殿の神官長に嫁いだとある。その神殿だって遺跡として発掘されたんだよ。アルスター殿の曽祖父、つまりは君の先祖が発掘したんだ。当時の居住空間も見つかっているけど、生活用品は金属製品しか見つかっていない」
「クヴァネス神殿遺跡に行くべきかしら?」
「今は観光遺跡だ。新たな発見の見込みはないかな?」
打ちのめされて落ち込んだオーレリアは、フレデリックの肩に頭を預けた。彼の手が金の髪に絡み、優しく梳かしてくれる。
ぼんやりと、彼女は書面を見る。文字として先王妃イレーヌ死去と目に映る。彼女の墓所はロブロスの側ではなく、故郷のグリオス平原奥、北西の山脈を望む山間部の神殿となっていた。
「北西部の山間・・・なぜ、この場所で眠られているの?」
「この神殿はまだ残っている。墓所も神官職の役人が管理しているよ。ここからは北西部の山々を一望できるんだ」
「ご覧になったことがあるの?」
「先祖の墓所だからね。山奥だから一度きりだけど、綺麗に整備されていたな」
上目で見上げれば、夕日色が瞳に映る。綺麗だと思いながらも、オーレリアは考えを巡らせた。
なぜ、イレーヌは他の王族と離れた墓所に埋葬されたのか。夫のロブロスの側ではないのか。夫の側では眠りたくなかったのか。
「・・・安らかな眠りのために望む場所を選んだ。夫の側ではなく、別の、愛する人の眠る側に・・・カルネアス王国北西部のどこかにブラス王弟殿下が眠る場所がある」
「ブラスは居城と共に消えた。つまり、ブラスが眠るのは居城があった場所だ」
「なるべく側にいたかった。だから山奥の神殿を墓所に選んで・・・そう、きっとそうだわ!イレーヌ様の墓所から見渡せる山々の何処かにブラス王弟殿下が眠っていらっしゃるのよ!」
解を得たとオーレリアは瞳を輝かせた。興奮する彼女へとフレデリックは笑みを浮かべる。
「北西の山間部はかなり広大だよ。山だって四つもあるし、広がる森林は王都三つ分だ。探すには困難極まるかな?」
「もう!」
オーレリアが眉間に皺を寄せると、その額に唇が落とされる。
「怒らないで、僕も考えているんだ。君の見立て通りなら、イレーヌはブラスが死した地の側を墓所に選んだ。イレーヌが愛したのはブラスだから。きっと娘に渡したタペストリーもブラスとの思い出の場所を写したもの。つまり、イレーヌの心の中には無理矢理夫になったロブロスではなく、ブラスが常にいた。彼女が後世に残した僅かなものはブラスに関わることかもしれない」
「きっとそうだわ。イレーヌ様は間違いなくブラス王弟殿下を愛していた。側にいる恐ろしい人ではなく、彼との思い出に浸ることで自分の心を守っていたはずよ」
不意に、以前の夫カルロを思い出したオーレリアは体を震わせた。
髪を梳かしていたフレデリックの手が、頭を優しく撫でてくれる。
「僕もイレーヌのことを王家の記録から調べてみるよ。君もアルスター殿にブラスの反乱とイレーヌのことを聞いてみるといい。アルスター殿の性格なら、ブラスとイレーヌは恋愛関係で悲劇の恋人達と捉えているはずだ。君がブラスの眠る場所を解明したいと訴えれば、協力してくれるよ」
「ええ、そうね。お祖父様に話してみるわ」
優しい手付きで労られることで、オーレリアは目を閉ざす。愛しい温もりだけを感じる彼女は心地良さを得ていた。
「次のデートでは、お互いが得た情報を発表し合おうか」
内緒話のように囁かれて、オーレリアは擽ったいと笑みを零した。
ケーキとお茶を堪能し、ブラスの反乱を語り合い、オーレリアは心ゆくまでフレデリックとの時間を過ごした。帰宅した彼女は、祖父にブラスの反乱と彼の眠る場所を捜索したいと話した。
発掘調査に意気込む可愛い孫娘に、祖父は二つ返事をして、知り得る情報と必要とされる知識を授けてくれた。
三時間半に及ぶ講義をノートを取りつつ受けたオーレリアは、新たに得た知識に充実感を得ていた。
「そうだ。最後に蛇足にはなるけど、イレーヌ妃の外見に話しておくよ。伝わっている容貌は整っていた程度で髪の色も平凡な茶色。だけど彼女は紫色の瞳をしていた。我々ルヴァン公爵家の色とされた紫の瞳だ」
「イレーヌ様とルヴァン公爵家に関わりが?お生みになられた御子達の血をルヴァン公爵家が継いでいるのですか?」
「いいや、イレーヌ妃が生んだ四人の子供達は全員王家の色である黒髪で赤い瞳だ。それに、ルヴァン公爵家に王家の血が入ったのは現公爵から十代前。古代期の側妃の血筋だとしてもかなり薄い」
一息入れると祖父は続けた。
「我々ルヴァン公爵家とイレーヌ妃は氏族が一緒なんだよ。つまり我らの祖はグリオス平原の豪族。先祖はイレーヌ妃と共にカルネアス王家に召し捕られたそうだが、これも歴史浪漫だね。イレーヌ妃がいなければ我々はこの地位におらず、発掘調査などできる立場にもなかったかもしれない。同族の悲劇の解明など夢のまた夢さ」
オーレリアは胸を手で押さえる。
血筋を介し、遠い古代の女性と僅かながら近付けたような気がして、胸の奥は強い鼓動を繰り返していた。




