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歴史を語る恋人達

書物で埋め尽くされた本棚を凝視していたオーレリアの耳に、小さな笑い声が届いた。横に振り向けば、フレデリックが微笑みを浮かべて彼女を見ている。


「よろしいの?」


「勿論、好きなだけ読んでいいよ」


「ありがとう」


嬉しさから自然と口元を綻ばせて満面の笑みを浮かべたオーレリアは、窓ガラスの側、その側面にある本棚に歩み寄った。

見上げれば王家の歴史を記した書物で、背表紙に刻印された年号から神話期から始まっていると分かった。彼女は本棚の一番上を目指し、備え付けられている階段を登る。

一番上の一番右端、年号が古い書物を手に取って、そのまま階段の段差に腰を下ろした。表紙を開き、最初のページから読み込む。


「・・・・・・」


時の神クヴァネスが降臨して始まるカルネアス王国初代国王の治世。

功績、事変、災害の記録が年表と共に記されている。オーレリアも学んだことから、小さな催事の始まりなども記してある。細やかな記録に彼女はじっくりと読み込んでいく。

一冊を読み終えると二冊目、三冊目と続けて熟読して、三冊目を本棚に戻したときに、物音に気付いて振り向いた。

階段の下、フレデリックが部屋の中央にある机にティーセットとケーキスタンドを用意していた。

夢中になってしまった。ハッとしたオーレリアは続きの二冊を引き抜くと、両手に抱えて階段を下りる。


「ごめんなさい!つい読み耽ってしまっていたわ!」


「気にしないで。君の真剣な顔を見惚れて眺めていたから。そろそろお腹も空くと思ってお茶の準備をしたんだ。こちらこそ邪魔をしてしまったね」


「そんな、邪魔なんて思っていないわ。私のためにありがとう」


近寄ってきた彼女のために、フレデリックは椅子を引いて促してくれた。その椅子に腰を下ろすと、机に書物を置く。

彼は、ケーキスタンドからマドレーヌと黒いパウンドケーキをケーキトングで取り、若草色の磁器の皿の上に乗せた。


「どうぞ」


すぐに磁器のティーポットで皿と同色のカップに紅茶を注ぎ、オーレリアの目の前に差し出した。

至れり尽くせり。かつ、国宝の机でお茶をすることに、彼女は気後れして手はつかない。


「冷めてしまうよ」


フレデリックは隣の椅子に座ると身を寄せた。机に肘を突き、手に頭を乗せてオーレリアを覗き込んでくる。


「この机でお茶なんて緊張してしまうわ」


「気にしないで、机は使われるためにあるんだから」


彼は自分のティーカップを取ると一口飲む。優雅な所作を見せられたことで、彼女は背中を押された。フレデリックに倣ってティーカップを手にして、コクリと飲めば、彼の手にケーキの乗る皿を引き寄せられる。


「ケーキもどうぞ。君に沢山食べてもらいたくてチョコレート味にしてもらったんだ」


自分のために用意されたと聞いて、オーレリアはフォークでパウンドケーキを切り取った。一切れ口の中に入れれば、チョコレートの風味が広がっていく。仄かな苦味が甘さを抑えているようで、後味はすっきりしている。とても美味しいと彼女は感じた。


「美味しそうで良かった」


「まあ、顔に出ていた?」


「うん、可愛い薄桃色の唇が緩んでいたよ」


「もう、見つめないで」


「君が幸せそうに食べる姿を見るのは僕の幸せだ。奪わないで」


フレデリックの顔が近付いて唇にキスをされる。

近付いた顔、真っ直ぐ見つめてくる夕日色の瞳。感じた柔らかさと温もりに、オーレリアの顔は真っ赤に染まった。


「・・・唇に欠片がついていた」


「そ、そのような食べ方は、しないわ」


「そう?・・・そうだね、君の唇が柔らかそうだから食べたくなってしまった。ごめんね」


耳元に囁かれて、彼女は顔を背ける。自身の唇を隠すように指先で触れて、強く脈打つ鼓動が落ち着くことを待つ。


「オーレリア」


「何、かしら?」


「キスがしたい。こっちを向いて」


「・・・」


恐る恐る振り返る。

思ったよりも近いフレデリックの顔に、更に密着してきたのだと分かった。

肩に腕が回される。彼の胸に引き寄せられたオーレリアは顔を上に向けて。


「んん・・・」


キスを受け入れた。温もりを感じて目を閉ざし、その柔らかさを堪能する。


「口を」


一瞬、離れたことでフレデリックが何か呟く。聞き返そうとしたが、またキスを受けた。角度を変えて何度も触れ合う。最後に彼は唇を啄んで吸い付き、音を立てて離れた。


「・・・くち、どうかした?」


慣れないキスに思考が霞む。息の仕方が分からず、やや酸欠になりかけていた。

ぼんやりとした顔で見上げるオーレリア。フレデリックの手が、その頬を包むように触れる。


「いや、まだいい。呼吸の仕方も分かっていないみたいだし、ゆっくりとキスを覚えよう」


「ぇ・・・うん、わかったわ」


心地の良い温もりに包まれてた彼女は目を閉じる。筋肉は感じないが、女性とは違う固さのある胸に擦りついてしまった。


「・・・良くないな、今は」


「どうかされた?」


「うん、少し状況を考えたらね・・・オーレリア」


「なあに?」


「本棚から二冊取ってきたね。これは何の本かな?」


フレデリックの言葉が頭の中に染み渡って、オーレリアは覚醒したと目を開く。

今更ながら恥じらった彼女は、彼から身を離して姿勢良く椅子に座った。ケーキの皿を横にずらして二冊の書物を引き寄せる。


「カルネアス王家の歴史書よ。代々の国王陛下の治世で起こったことが書いてあったわ。二代国王パージュ陛下の統治時代後期まで読んだの。この二冊は三代国王ロブロス陛下の時代になるはずよ」


「そう・・・三代国王ロブロスってことは、ブラスの反乱も書かれているね」


「勿論よ・・・ほら」


書物を開いて何ページかめくれば、ブラスの反乱の記述があった。

ブラスの反乱とは、カルネアス王国民ならば誰もが知っている古代の内乱だった。三代国王ロブロスの王弟ブラスが反旗を翻し、王都の北西にあるグリオス平原で交戦したとされる。

戦いの結果は、ブラスが居城の陥落で生死不明となったことで終結した。消えたブラスの遺体と彼が居城に隠したとされる財宝の在り処が、現在も歴史浪漫として語り継がれている。


「ブラス王弟殿下は『時の砂』の所有権を主張され、奪取すべく反旗を翻したのが通説とされている。他にも有力な説があるけれど、この反乱がカルネアス初めての内乱として記録されているわ」


「そうだね、かなり有名な戦争だ・・・でも、ブラスの反乱は『時の砂』の所有権説だけが最有力じゃない。学界や王家では、もう一つ最有力説があるんだ」


「そうなの?」


「アルスター殿も知っている。何よりアルスター殿ならその説を推すだろう・・・ブラスが反乱を起こしたのは、兄に奪われた婚約者を奪還するためだ」


「婚約者の、奪還?」


オーレリアが読んだ歴史書で学んだのは、数ある説の最有力候補だと言われたもの。彼女は、その他の「数ある説」というものを詳しくは知らない。

ブラスの反乱は歴史の中では大きな事変となっていて、どのような規模、損害、結末までは調べられている。ただ、反乱の理由となれば古代期ゆえに考察となってしまう。

当事者など生存してはいないのだから様々な歴史家が当時の人間関係、情勢、地理から考えて憶測から発表していた。

行方不明となっているブラスの遺体。彼の居城の焼失。当時の記録が書として残っていないからだ。

オーレリアは何名かの歴史家の書物で読んだが、彼らは「時の砂の所有権」と同じ主張。だから、初めて知ったことに彼女の好奇心は刺激される。


「ブラスは北西、ちょうど戦地となったグリオス平原周辺を領地とした豪族の娘イレーヌと婚約した。記録も残っているよ。ただ、そのイレーヌは最初はロブロスと婚約したんだ。カルネアス王家がグリオスの豪族の血筋を迎えることで離反を防ぎ、国の地盤を更に固めようとしたんだろうね。ロブロスとイレーヌの婚約も記録に残っている」


「ロブロス陛下の婚約者が何があってブラス殿下の婚約者に?」


「ロブロスが婚約を破棄したからだ。美しい女に心を奪われたロブロスは、イレーヌが邪魔になったから婚約を破棄して、愛した女を正妃にした。ブラスはどう思ったのか分からない。多分、兄が捨てたイレーヌを不憫に思ったのか、グリオスの豪族との関係に亀裂が生じるのを懸念してか、日を待たずしてイレーヌを婚約者に迎えた。二人は、後にブラスの居城と言われる焼失した城塞で暮らす予定だった」


フレデリックはカップを持って紅茶を飲む。喉が渇いたのか、何度か嚥下をして口から離した。

オーレリアも彼に感化されて一口、二口と紅茶で喉を潤す。


「兄弟はそれぞれ伴侶を得るはずだったが、兄のロブロスはブラスの折角の配慮を無下にした。ブラスとの婚約の調印に現れたイレーヌを目にした瞬間、奪い去って王城に閉じ込めたんだ。婚約者を求めるブラスの面会も許さず、むしろ北西部の守備を命じて遠ざけた。奪われたイレーヌはロブロスの側妃にされてしまった」


「なぜ?だって、正妃は、愛した人は他にいるのに。イレーヌ様は自分で捨てたのでしょう?」


「・・・王家の歴史に目を向けてみて。そういった事件はたまにある。他の女を好きになったから今まで尽くした女性を捨てた国王、王子。王女も一人いたけど、彼らは少し経てば捨てた相手を求めて奪い取るんだ・・・僕達、カルネアス王家は愛に関してはおかしい部分があるのかもね。それでブラスの反乱についてだけど」


また一口紅茶を飲んだあと、フレデリックは口を開く。


「イレーヌを奪われたブラスはロブロスと敵対関係になった。グリオスの豪族達を味方にして、何度も王都に攻め入っている。ロブロスが指揮する王都軍は何度も交戦し、グリオス平原まで押し返した。グリオスと北西部で軍備を整えたブラスと、王都軍と諸侯に呼びかけて編成した軍を指揮するロブロスとの三年にも渡る戦いがブラスの反乱と言われる戦争だ」


「そ、そうね。戦争時のことはどの歴史書とも差異はなかったわ。あなたの話も同じもので・・・でも、イレーヌという女性がいたなんて私は初めて聞いたの」


「イレーヌは僕の先祖、つまりは現カルネアス王家の祖の一人だ。イレーヌがいなければ僕達はいない。だから王家では彼女のことが伝わっているんだ」


「・・・折角選んだ正妃とのお子様を選ばなかったの?なぜ?」


最初からイレーヌを捨てなければよかった。ロブロスは、正妃に選んだ女性に対しても誠実ではない。何よりそのままイレーヌと結婚していれば、王弟ブラスとの関係も拗れなかった。

オーレリアは思い耽って視線を下に向ける。彼女の怪訝と眉の寄る顔を、フレデリックは目を離さず眺めていた。


「正妃との愛は一時的なものだった。結婚後にすぐ王女は生まれたけど、それっきり。王女も夭折してしまったから正妃は血筋を残せていない。正妃自身も名前が残っていないしね・・・ロブロスはイレーヌを妃に迎えると寵愛したと伝わっている。彼女との間には子供は四人。殆ど王女だけど第三子が王子で、四代国王グリフィスその人だ。王女達の血筋もカルネアス王国は勿論、隣国にも伝わっている。ロブロスはイレーヌとその子供達を愛したから、将来まで盤石であるように手を回した」


「そのようなこと、ブラス王弟殿下にとっては酷い話だわ。お兄様の感情に振り回されて、命まで奪われるなんて」


「そうだね、ブラスは悲惨だ。将来を誓ったイレーヌを奪われて敗死とされ、現代まで兄とイレーヌの子の子孫がカルネアス王国を統治しているんだから」


あまりにも無残だと胸を痛めるオーレリア。そっと手で押さえながら、彼女はブラスのことを思う。


「ブラス王弟殿下はどこに眠っていらっしゃるのでしょう?」


全てを失い、絶望の中で伏しただろう悲劇の人。ブラスの最期に悲しみを感じた彼女は、なおのこと強く思う。


「歴史に消えてしまった王弟殿下を探して差し上げたいわ」

こんなに長くなるなんて・・・。

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