愛されるべき人
オーレリアの髪を梳かす手が止まる。彼女は両側頭部の髪を編み込み、後頭部に回して髪飾りで纏めた髪型をしていた。
フレデリックはその髪飾り、アルバから贈られた百合の花の髪飾りに触れる。
「会うたびに付けているね」
「お兄様からの贈り物よ。初めて頂いたから嬉しくて身に付けているの」
時が戻る前は、冷徹で感情の起伏も少く、オーレリアに対して関心を持つような人ではなかった。次期王妃とされた彼女がルヴァン公爵家の格を落とす真似をしなければ、存在を意識されることもなかった。あの時のアルバとは兄妹として交流したこともない。
そして、バーバラに心を寄せたあとは暴言と暴力を放つだけ。愛する人の言葉を信じ、血を分けた妹の言葉には耳を傾けない。敵のようにオーレリアを憎むだけで、家族の情すら持たれてなかったと思う。
そんな兄が誕生日に贈り物をくれた。大事な妹だと言葉にしてくれた。カルロの元に連れて行こうとしたことはあったが、襲われた時には庇ってくれた。
以前は興味のなかったはずの妹に、理由は分からないが愛情を抱いてくれている。それが嬉しい。美しい銀の髪飾りも素敵で、身に付けていたら兄を身近に感じて、守られているかのようにも思える。
「そう、あの冷酷なアルバがね・・・僕の贈ったネックレスは身に付けてくれないの?」
「あなたの贈り物は全て高価ですもの。普段使いするものではなくって、社交の場で身に付けるための品だわ」
「この世界で一番君を愛しているのは僕なんだから、愛の証は常に身に付けていてほしい」
「世界で一番なんて・・・」
フレデリックからの愛は何より喜ばしい。胸がときめきで高鳴り、体温が上がっていく。やはり、下腹部の妙な疼きも感じてしまうが。
赤い顔をしたオーレリアは、フレデリックの左肩に頭を乗せると、頭を動かして擦りつく。見下ろしてくる夕日色の瞳が、彼女だけを見ていることに喜びを感じた。
「私もフレデリック様を一番愛しているわ」
「そうだろう。では、この髪飾りは外そう。君の髪に飾るものは僕が選んであげる」
「それは駄目」
「・・・どうして?」
目が細まる。彼は仄暗さのある眼差しになったが、視線を落としたオーレリアには見えない。
「お兄様にも愛情をいただけたと思い出になるの。お兄様は冷たい方だけれど、愛する人は情熱を持たれるのよ。その人だけを愛して、私へは家族の愛情すら失われてしまう・・・あ、その、見たわけではないわ。お兄様はまだ婚約者がいらっしゃらないもの。これから通われる学園で素敵な方に出会われると思う。その人に夢中になってしまうと、私なんて言葉を交わす価値もなくなるのだと、考えてしまって」
体験したのは過去、時が戻る前のこと。思わず口が滑ってしまったオーレリアは、何とか取り繕おうと言葉を紡ぐ。
ただ、以前のアルバの態度を思い出したことで、語気は弱まっていった。弁解もできない。
フレデリックには憶測で兄を貶める妹だと映っただろう。
「そうか・・・そうだね、君は愛されるべき人だった」
落とされた声は優しいものだった。彼女が視線を上げれば、フレデリックは声と同じく優しい表情を浮かべているが、なぜか憂いを帯びていると感じた。
「フレデリック様?あ・・・」
額が合わさり、視界には彼の夕日色の瞳をした目しか映らない。
「安心して、オーレリア。君は愛されている。アルスター殿とリヴァリス夫人は勿論、君の両親も、アルバは・・・僕としては愛情なのかは分からないけれど、君が感じているのならきっと愛情だ。君は皆に愛されている。皆、君を愛しているよ」
「皆は、大袈裟ではないかしら」
「断言する。皆、君を愛してる。君が生きていて、幸せそうに過ごしていることを喜んでいる・・・でなければ」
生きていることを、幸せであることを喜ばれている。
その言葉に話が飛躍してはいないかと思う。オーレリアが死に至るのは未来のことだ。これから起こるもので、今の年齢では死を感じるような事柄はなかった。
「オーレリア、幸せになろう」
「・・・ええ、勿論よ」
フレデリックは顔を歪めたようで、眉間に皺が寄っていた。悔恨と苦しんでいるように見えた。
「フレデリック様、どこか痛いの?苦しそうだわ」
「いや、違う。絶対に君を幸せにすると決意しただけだ。オーレリア、必ず僕が君を守るからね」
最後に「愛しているよ」と吐き出すように言った彼。必死さを感じたオーレリアは何も言えずに、抱擁を受け入れるだけだった。
ただ抱き合って過ごしても構わなかったが、オーレリアはフレデリックの様子に居た堪れなさを感じた。
気分を変えようと、屋敷の案内をしてほしいと強請った。屋敷は勿論、納められている家具類も文化財。歴史資料として興味深いものばかりだからだ。
そして、あわよくばフレデリックの沈んだ気持ちも浮上してくれれば、と考える。
「こうしようか。次のデートは商業街に行って、君に相応しい髪飾りを買おう。僕が選んで付けるから絶対に外さないでね?」
「高級宝飾店は駄目よ。あと、ずっとは無理。入浴と就寝では外すわ」
「それ以外はずっと付けてくれるんだね?」
「衣服に合わせてお兄様の髪飾りも付けます。でも、あなたと一緒のときはあなたの髪飾りを付けるわ」
会話をしながら歩いていくうちに、フレデリックは明るさを取り戻していた。どうしてもオーレリアに髪飾りを贈りたいようで、何度も提案をされる。
愛情を注いでくれる恋人は、彼女にとても甘い。何でも与えて、何でも叶えようとする。
嬉しく思いながらも、相手はカルネアス王国の第二王子。恋人のためと、国庫から自身に振り分けられている公費を過剰に使ってしまう気がした。
国民の血税を無駄にさせないように、オーレリアは自分が抑えようと考える。
「君は真面目だね、そこも好きだよ・・・では、次週のデートでは商業街の散策で決まりだね」
お互いが納得する着地点に辿り着いたことで、彼女は安心して頷く。
その腰を抱いて歩いていたフレデリックは足を止めた。現在、二人が歩いていたのは、光を取り込むように大きな窓がはめられている廊下。
その終わり、木製の両扉の前で彼は立ち止まった。扉は分厚く、重厚なデザインの銀細工で装飾されてされている。
「鍵は掛かっていないよ、ほら」
片手で銀の取っ手を掴んだフレデリックは、扉を押し開いてオーレリアを中に招き入れた。
彼女の目に映るのは、バルコニーに至る大きなガラス窓のある図書室。天井まで届く本棚は隙間なく書物で埋まり、巻物を収納する棚もある。部屋の中央には大きな机と椅子が四脚。植物の優美な彫刻が掘られていて、オーレリアはすぐに国宝だと分かった。四百年以上前、お墨付きを得た家具職人が上納するために造った調度品。
「ここにあるのは王家が所有する歴史書の写しだ。この屋敷の主人だった僕の先祖が、隠居後の暇潰しのために納めたって聞いている」
気後れしていた彼女だったが、囁かれた言葉にアメジストのごとくと瞳が煌めきを宿した。




