怒れる男と恋人達の逢瀬
最初はアルバの視点です。最初というか殆どですが。
乱雑に石を積み上げて作られた砦の一室。指揮官の部屋は多少整えられているとはいえ飾りなどなく、陽の光も入らないことから武骨で薄暗かった。
アルバは石の暖炉に火を灯し、熱と光を室内に灯す。焚べられている木の枝が弾けて火の粉を飛ばした。
騎士服と厚手の外套を身に着けた彼は、燃え移らないように暖炉から離れる。暗い顔で振り返れば、拝する主が横柄な態度で革のソファに座っていた。
カルロの険しい顔は怒りから。王太子の職務として、西の国境に建つ全ての砦を視察しているのだが、ずっと同じ表情を浮かべていた。今まで足を運んだ砦の指揮官達を緊張させる酷い顔をしている。
十六歳を迎えたカルロは、すでに大人の騎士と変わらない体格となっていた。身長は百八十を越し、筋肉質だと黒い軍服を着ていても目視できるほど逞しい。今は上着の前面が開けていることで、黒地の肌着から分厚い胸板が覗けた。
烏の濡羽色の艷やかな髪は短髪に切り揃えられ、前髪も上げていることから非常に整った精悍な顔立ちを強調させている。ただ、鮮明な赤い瞳も相まって凄まじいほど迫力があった。
オーレリアが目にしたら失神してしまうだろう。
繊細な妹を思い浮かべながら、アルバはカルロの脇に控える。
ソファの背もたれに両腕を乗せ、筋肉で太い足を組んでいるカルロが、鋭い眼差しで睨み付けてくる。
「このような視察に何の意味がある」
「王太子であるカルロ殿下を眼前にすれば、兵士の心身も引き締まるというものです。視察というものは他国への牽制だけではなく、我が軍の兵士の士気も」
「無意味だと言っている!十年経とうが侵略などされないのに私が僻地を回るなど意味がない!国が乱れても隣国は手を出してはこなかっただろう!!」
「殿下、声を控えてください。他の者に聞かれてはいけません」
「聞いたところで理解できると思うか!?このような場所に私やお前のように『記憶』がある者がいるとでも言うのか!?」
アルバは怜悧な美貌の顔を呆れで歪めた。オーレリアと似た美しさを持つ彼はどのような表情を浮かべても容貌は崩れず、彼女の顔を思い出させる。
カルロは盛大に舌打ちをして顔を背けると、目の前にあるテーブルから銀のカップを奪うように手にした。満たされていた葡萄酒を躊躇なく煽る。
(これ以上は荒ぶらないでいただきたい)
そう内心で思っても、カルロは空になったカップを壁に向かって投げた。金属が打ち付けられる音が室内に響き、両手で頭を抱えたカルロの唸り声が轟く。
「ああぁぁっ!!くそぉ!!おかしいだろう!!この僻地巡りも奴の奸計か!!父上を懐柔して私をオーレリアから離そうとしているのか!!なぜ!!どうして『前』と状況が変わっている!!」
怒号は止まない。
時を戻してすぐ、カルロの心には怒りが灯った。様々な火種が投じられたことで、その怒りの炎は次第に大きくなっている。
そう、時を戻した。
カルロは、一人の女のせいで臣下達と共に国を乱し、真に愛する人を処刑してしまったことで「時の砂」を用いた。迎える絶望を回避するために、愛する人オーレリアをを取り戻すために時を戻した。
アルバも時戻しをその場で目にしたからか、記憶が残っている。カルロに協力をすることで、迎えた結末を変えたかった。
それなのに上手くいかない。時を戻す前と変化があったせいで、経験した通りに事が運ばなかった。
全ての始まりはオーレリアが婚約者選びの茶会に参加しなかったことから。その時からズレが生じている。
「オーレリア・・・」
唸るように妹の名前を呼ぶカルロ。
異常な執着心を持つのは仕方がない。幼馴染。側仕え。側近として常に身近にいたから、彼のオーレリアに対する愛情は知っていた。
だが、地を這うような声に流石に怖気を感じた。カルロの強過ぎる想いは、妹を害するものではないかと感じている。
(これ以上苦しめたくはない。あのような最期を迎えたんだ。次こそは幸せな人生を歩ませたい)
カルロの気持ちに答えて王妃になることが、オーレリアの幸せだと思ったのはすでに昔のこと。
逞しい体で迫ってくるカルロを、異性と関わりのなかったオーレリアは非常に怖がった。泣いて嫌がって、反抗したから傷付いてしまった。
妹の痛々しい姿を目にしたことで、今はカルロと結びつけるべきではないとアルバは思っている。
しかし、カルロは拝する主。側近として仕えて、協力すると宣誓している。
(俺に資格はないが、時の砂が使えれば)
オーレリアは狂愛を抱く王太子から逃れられただろう。
何にも怯えずに夢に向かって進み、真に愛するというフレデリックと結ばれるはず。
(フレデリック殿下と先に出会われたことも変化だったな。何が起因したのか分からないが)
「アルバ」
鬱々とした暗い声に呼ばれた。一瞬カルロの声には聞こえず、返事を躊躇ってしまう。
アルバは目線を下げる。睨み付けてくる赤い瞳とかち合った。
「お前は私に協力すると言った。偽りではないな?」
「・・・勿論です。我が主は貴方様、カルロ殿下ですから」
「オーレリアは私の妻だ。時を戻す前はそうだった、そうなるべきだ・・・でなければ、私が時戻しをした意味がない」
ギョロリと赤い瞳が動く。どうやら暖炉の火を見ているようで、瞳の中に火が灯って見えた。
「私のオーレリアを取り戻す。私は彼女と長い人生を歩むのだ。愛し合って寄り添い、寿命を迎えて死した後も共にいなければならない。それなのに他の男のものなど、フレデリックのものになるなど許せん・・・どんな手を使っても奴には渡さない」
アルバは目にしたから知っている。フレデリックへの怨嗟は時を戻す前から生まれた。
今のカルロにとってフレデリックは憎悪の対象。血を分けた弟とは見ておらず、倒すべき仇敵となっている。
激しい炎を宿す主の瞳は、赤々と燃えていた。
ルヴァン家の馬車は、地方都市の郊外にある屋敷の鉄門を潜る。煉瓦造りの道を少し進んで玄関に辿り着くと、馬車は停車した。従者が御者台から降りて馬車の扉を開く。
オーレリアは高揚する気持ちを抑えつつ、扉から体を出した。従者の手を借りてステップを降りると、彼女は目の前にある屋敷の本館を眺める。
六代前の国王が隠居地として二百年前に建築されたものだが、荒れた様子はなく、小さな庭園も含めてしっかり整備されていると分かる。ただ意匠はやはり古いもので、当時の雰囲気を感じさせられた。
(フレデリック様が手軽に使用されているけれど、こちらは歴史的建造物よ。あの柱のデザインはカルヴァン王政時代に流行ったものだけれど、この屋敷の建築年数とは時代が少し合わない。デザイナーの趣味なのかしら?それとも発注された国王陛下の趣味?気になるわ。叶うなら見学したいけれど)
「オーレリア」
名前を呼ばれてハッとする。
オーレリアが視線を落とせば、フレデリックが口元を手で押さえて含み笑いをしていた。
「ご、ごめんなさい!素晴らしいお屋敷を眺めていたらぼんやりしてしまって!」
「ふふ・・・そうだね、一応この屋敷は国の重要文化財に指定されている。僕が使わないときは歴史資料として一般公開しているものだ。君が気になっても仕方がないね」
「一度拝観したことはあるわ。当時の家具や生活用品の資料館になっているのね」
「見せられるところはね。僕達王族が使用する区域は入場禁止になっている。僕が恋人でないかぎりはね」
差し出されたフレデリックの手に触れる。指を絡めるように握られたオーレリアは、そのまま身を寄せた。
「見学できるの?」
「一緒にお茶をすることは見学になるのかなぁ。僕がいる部屋は普通だよ」
「二百年前の家具と部屋なのよ?普通ではないの」
恋人らしく寄り添って談笑する二人は、フットマンに開かれた優美な装飾のある玄関の扉を潜った。




