美しく飾られて
姿見に映るのは、誕生日に贈られたインディゴブルーのドレスを着たオーレリア。メラニーを始めとした侍女達が、着崩れやヨレがないように整えていく。
着こなした優美なドレスに、オーレリアはゆっくり回転すると、スカートの裾が広がるように舞った。
新年を迎えた。夜明けと共に人々は祭りに騒ぎ楽しみ、先刻は国王陛下が平民達へとお目見えをして祝賀の言葉を送った。
これから貴族階級に向けた参賀が行われる。オーレリアは両親やアルバの乗る馬車ではなく、祖父母と馬車に乗って登城する。
参賀のために選んだのは両親からの贈り物のドレスだった。
「よくお似合いですわ」
「お嬢様の美しさをより良く引き立てていらっしゃいます」
純粋に褒め称える侍女。夢を見るような蕩けた視線を受けて、オーレリアは気恥ずかしさを得た。頬を赤らめる彼女の愛らしさに、侍女達は感嘆の息を漏らす。
「お嬢様、髪飾りはどちらに?」
その美しさを熟知しているメラニーですら、職務の合間にその顔を綻ばせていた。自慢の姫を飾り立てる喜びを噛み締めているのだろう。
朱に染まる肌のまま、オーレリアはメラニーの手で開かれたガラスの蓋の箱を覗き見る。どれもルヴァン家が御用達としている宝石職人の作品だった。
彼女はメラニーに視線を向ける。上目遣いとなっているが、本人は分かっていない。
「お嬢様は美しくも愛らしく、可愛らしいご容姿をされていますもの。どれを選ばれても大変似合いますわ」
「・・・意味が重複していないかしら?」
それにあと数年、十四歳を迎えれば、容姿は人より劣っていると分かる。オーレリアを目にした者達、フレデリックやカルロ、アルバからも醜いと言われ始め、目にした貴族達も口々に囁き始める。
『バーバラ様に比べてなんと見窄らしい』
『王太子妃、次期王妃となる女とは思えない。醜い顔だ』
『お前は我がルヴァン家の娘ながら不細工極まりない!これが妹など虫唾が走る!人目につくような真似はするな!ルヴァンの格が落ちる!』
過去に投げ付けられた暴言を思い出して、オーレリアは振り払おうとゆるゆると首を振った。
『醜女が僕とバーバラの邪魔をしにきたのか。見た目通り不愉快な女だね。二度と視界に入るな、醜い姿を目にしたことで吐き気がする』
「・・・っ」
だが、以前のフレデリックに吐き捨てられた言葉を思い出して硬直する。
あの時の彼はバーバラとの逢瀬の最中で、教育を受けるべく登城したオーレリアが、休憩に庭園へと足を運んだことで出くわした。
白い大理石のガゼボの中で、明らかに睦み合っていたという気崩れた姿。無垢だったオーレリアは、ただただ謝罪をして逃げるように立ち去った。
この先、バーバラに出会ったフレデリックは美しい彼女に心を奪われるはずだ。醜いオーレリアなど嫌悪の対象になる。以前がそうだったから、これからも。
「お嬢様?」
「ご、ごめんなさい。どれも悩ましくて考え込んでいたわ」
フレデリックと決別する恐ろしい未来に胸が痛むが、自分のためにと尽くしてくれるメラニー達の手を煩わせるわけにはいかない。
オーレリアは箱に陳列された髪飾りを眺め、また首を振る。
「髪飾りは別の、是非身に着けたいものがあるの」
ドレッサーに歩み寄ると白いケースを手にして、メラニーに中身を見せるよう傾けた。
それはアルバから贈られた百合の花を形作った髪飾り。深い青に清廉な銀は合うだろう。
何より、兄からの初めての贈り物が嬉しくて、人に見せたいという欲がある。
「アルバ様からの贈り物ですね」
「いいかしら?ドレスに合うと思うのだけれど」
「ええ、素晴らしい組み合わせですわ。では、他のアクセサリーも銀で統一しましょう」
ドレッサーの椅子に腰を下ろせば、メラニーがブラシで髪を梳いた。横に流れるように優しい力で梳かされて、オーレリアの艷やかな髪は右耳の下で纏められる。黒のリボンに巻き込むように百合の花の髪飾りが飾られた。
「・・・私のお嬢様はまさしく女神でいらっしゃいます。銀の百合の花も覚めるような青も美貌を際立たせておりますわ」
「そんなに褒めないで、恥ずかしいわ」
「思ったことを口に出したままです」
鏡に映るメラニーの微笑み。引かれたオーレリアも口元を綻ばせた。
「メラニー、お嬢様のネックレスはどちらに?」
「ペンダントタイプか、ビブネックレスか。迷いますね」
「用意されたものを全て持ってきて。お嬢様のお姿に合わせるわ」
(そうだわ)
オーレリアはドレッサーの上にあったジュエリーボックスの扉を開く。ネックレスが吊るされて保管されているが、そのうちの一つを取り出した。
台座が繊細な銀細工で飾られた宝石は、ティアドロップにカットされている。その石の色は夕日の色。
「こちらを身に着けたいのだけれど」
「まあ、ガーネットでしょうか?」
「オレンジ色で綺麗ですわ」
「でも、ドレスは青と黒で構成されていますわ。色味が合わないと思いますけれど」
「お誕生日にフレデリック様に頂いたものなの。どうしても身に着けたいのだけれど、駄目かしら?」
メラニーを含む侍女達へと振り返る。
愛しい人からの贈り物は必ず身に着けたい。フレデリックの色を纏いたい。今だけは、彼はオーレリアの恋人だから。
懇願する顔は、やはり上目遣いで人の心を掴むものだった。
「・・・一点のみの差し色とならば大丈夫でしょう」
しっかりと頷いたメラニーは、彼女からネックレスを受け取って首にかけてくれた。
「黒手袋はやめましょう。彫刻された太めの銀の腕輪と、細工の彫られている銀の指輪に変更します」
テキパキと動き始めたメラニー達。肌色を整えるため薄く化粧を施されれば、オーレリアの姿は完成した。
「まあ!なんて可愛いのでしょう!」
祖母は頬を緩めて、オーレリアの姿を褒め称える。祖父は満足だと目尻に皺を浮かべて頷いていた。
別の馬車に乗り込む両親は、母親は美しく着飾ったオーレリアの側にいられないことを嘆き、父親には無言で見つめられる。
そして、兄のアルバは眺めるように見つめて。
「髪飾りを身に着けてくれたのか」
「お兄様からの贈り物ですもの」
微笑むオーレリアに、アルバは口元を緩めて、顔を伏せたからだろう。目に映ったらしいマンダリンガーネットのネックレスを睨み付けた。
「その宝石」
「どうかなさいました?」
フレデリックからの贈り物とは公言していない。これは拝謁予定の彼に向けてのメッセージのようなものだ。
オーレリアの心を示すために無理を言って飾ってもらった。
「色が・・・いや、君が選んだのなら俺は何も言わない」
「ただ」と呟くが、アルバは口を閉ざした。何かを振り切るように首を横に振って、オーレリアへと微笑む。
「良く似合っている。君は綺麗だ、オーレリア」
「・・・ありがとうございます、お兄様」
社交辞令か、欲目か。
それでも今は喜ぼうと彼女は礼を述べた。今のアルバは以前とは違う。きっかけは不明だが、もしかすればオーレリアと離れて暮らしたから、寂しさを感じて態度が軟化したのかもしれない。
だから願う。バーバラという本当に美しい人を目にした兄に、本当のことは言わないでほしいとオーレリアは願う。実の兄であるアルバを、嫌っているのではないのだから。
淡い願いを抱きながら彼女は馬車に乗り、王城へと向かった。
よもや、まだ新年祭に辿り着かないなんて・・・。