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今は愛されている

「新年祭ですか?」


誕生日を迎えて十一歳となったオーレリア。彼女は祖父母と屋敷の使用人達に誕生会を開かれて祝われ、フレデリックからもデートの最中に贈り物を渡された。これほどまで祝われたのは初めて。

愛する人々から祝福を受けて喜びに満ちた日から一週間。新たな年を向かえると世界的な祝いが行われる。

カルネアス王国では主要都市で祭りが催され、王都に至っては王城で参賀が催される。平民階級には国王陛下がお目見えして祝賀の言葉を授けるが、貴族階級は登城をして国王陛下や王妃殿下、王族に拝謁することになっていた。

食会や社交ダンス、貴族同士の交友の場でもあるため、貴族の殆どは参加をする。オーレリア自身も、五歳の時から毎年両親に連れられていた。


「私は老体で隠居の身だからね。陛下に用事がなければ行くつもりはないが、今は君がいるからねぇ」


執務机で書類仕事をしていた祖父の後ろでルスタリオ男爵が「こういう時だけ老人ぶられますなぁ」など呟き、振り返った祖父に小突かれる。

オーレリアは仲の良い二人のやり取りを眺めながら、ふと考える。


(新年を迎えてすぐフレデリック様にお会いできるわ・・・でも、カルロ様もいらっしゃるし、王城は・・・)


屈辱と苦痛、悲しみの思い出しかない白亜の城。今のことではなく、処刑された以前のことではあるが、各所に自身が苦悩を受けた場所が存在する。

恐ろしくて辛く苦しい思い出ばかりに胸が痛むが、手でそっと押さえて一息ついた。


(フレデリック様に会えるのよ・・・)


愛する人を思い浮かべれば、自然と体の力が抜けた。最愛の人は彼女の苦しみを拭ってくれる。

考えることもできた。オーレリアはいずれ祖父から立場を譲られる。ルヴァン公爵家の発掘部門の総責任者。祖父に爵位はないが、彼の実績と名声は凄まじい。その跡継ぎとなるオーレリアは責任を継承すべく爵位を賜るはずだ。

ルヴァン家の分家として新たに家門を得る。子爵か、伯爵か、男爵の可能性もあるが、分家を担うことになる。


(私というものを示さないといけないわ)


偉大な祖父の跡継ぎであると、国王陛下に知ってもらわなければ。


「お祖父様の後継として国王陛下に拝謁したく思います」


「そうか。では、招待状に返事をしよう。陛下も君にお会いしたいらしい。可愛い姫君がどれほど聡明に成長したか、気になるそうだよ」


「しっかりとご挨拶しなければいけませんね」


微笑むオーレリアに、祖父の目尻の皺が濃くなる。


フレデリックに関わること、彼に対する愛情以外では、オーレリアは平常だった。

真面目に勉学に取り組み、祖母に倣って社交もこなす。何に対しても優秀で、いずれ完璧な淑女となると誰もが予想できる。違和感など感じない。

だから、分からない。彼女の心の核にフレデリックがいるなど、塗り替えられてしまっているなど誰にも分からない。






誕生日の贈り物があると両親から手紙が届けられた。久し振りに存在を感じたオーレリアは、母の手紙にある「寂しいわ」という文字をなぞる。

時が戻る前、父親は不干渉に近い業務的なやり取りだけをしていたが、母親は分かりやすく愛情を向けてくれた。愛する父親の色と自身の顔に似ている容貌をしているからだろう。

断罪で火刑に処される直前まで、オーレリアは両親の愛を信じていた。あの表情さえ見なければ、素直に「会いたい」と思っただろう。


「会わないわけにはいかないわ」


祖父の屋敷から王都までは馬車で三時間以上もかかるほど距離がある。準備はルヴァン公爵家のタウンハウス、つまりは両親のいる屋敷で行うことになった。

憂鬱な気持ちを抱きながら、オーレリアは祖父母と共に王都に戻った。

夕暮れの街並みを馬車の窓から眺め、祖父母の仲睦まじい様子に少しの癒しを得て、タウンハウスの門を潜る。


「オーレリア!」


従者の手を借りて馬車から降りれば、彼女の名を呼ぶ声が響く。

玄関から近付いてくる兄のアルバが見える。どこか焦っているようで、表情は険しく足は速い。


「やっと帰ってきたんだな」


「開口一番に妹のことか。君は随分と変わったね、アルバ。昔は関心すらない冷たい兄だった」


「お、お祖父様!挨拶が遅れて申し訳ございません」


オーレリアの前に下車をしていた祖父を目にしたアルバは、深々と頭を下げると即座に顔を上げた。

彼の紫色の眼差しは真っすぐにオーレリアへと向けられる。兄に対しても苦しい思い出しかない彼女は、一歩後退してしまった。


「オーレリア、すぐに俺の部屋に」


「何を慌てていらっしゃるの?先ずはジルベールに挨拶しないと」


アルバの言葉を遮って、祖母がオーレリアの背中を優しく押す。それが後押しになった彼女は兄へと声をかけた。


「お久しぶりです、お兄様。暫くお世話になります」


「・・・ああ」


続いて挨拶を交わした祖母は、オーレリアの手を取ってゆったりと歩き出す。立ち尽くしている兄の姿に、彼女は振り返ろうとするが、祖父が並び歩いたことで視界には映らない。



「『お世話になる』など、そんな言い方・・・オーレリアはルヴァン家の、俺の妹なのに・・・」


そよぐ風の力は普段より強く、小さな呟きはかき消されて聞こえなかった。




再開した両親、特に母親は喜びを隠さずにオーレリアを迎えた。祖父母と話す父親を尻目にして、彼女の誕生日の贈り物を見せる。


「喜んでもらえたら嬉しいわ」


「まあ、なんて素敵なドレス」


それはインディゴブルーのドレスだった。フリルとドレープは控えめだが、黒い繊細なレースに飾られたスレンダーラインの落ち着いたデザイン。

寒色ながら鮮やかな青を抑えていて、華美にはならず、優美な印象を受ける。


「私がドレスしようと提案をしたら、ジルベールがデザインを選んでくれたの。大人に近付いたあなたにとっても似合うわ」


うっとりとした視線でオーレリアとドレスを交互に見る母親。

素敵な贈り物に彼女は勿論喜んだ。ただ、父親も関わっていたとは思わなかった。父は、彼女自身には関心がないはずなのに。


「ありがとうございます、お母様。お父様にもお礼をさせて頂きますね」


横目で父親を見れば、祖父母と会話をしているのに目が合った。少し細められたのは笑みを浮かべたからだろうか。表情の乏しい父親に感謝をするべく、オーレリアは歩み寄った。




数刻経って、日暮れ後。

夕食に向かうべく、メラニーを連れて廊下を進むオーレリア。夜の到来で群青に染まる前庭を、窓から視界に捉えていた。


(ここのお庭は日差しが気持ちいい。明日のお昼は読書でもしましょう)


考えながら進む彼女に立ち塞がる者がいた。

気付いて立ち止まれば、アルバがいる。浮かない顔、暗い表情。戻ってからはそのような顔しか見せてない兄に、オーレリアは対峙するように立ち止まった。


「・・・夕食のお呼び出しでしょうか?」


アルバとは会話をしていない。否、以前より会話などなかった。

彼はオーレリアが十四歳を迎えたときから、暴力と暴言しか振るわない。殺意すら感じていた。

その強い感情を浴びせられたことで、今の彼女には恐怖心しかない。歩み寄るべき人ではなく、関わらないようにすべき相手だった。


「オーレリア・・・」


「・・・はい」


アルバの顔が上がり、弱々しい眼差しが向けられる。なぜ、そのように見られるのか分からなかった。

彼は堂々としていてオーレリアのことなど見なかった。暴力の権化となるまでは、路傍の石のように扱っていた。


「誕生日だっただろう?俺も君を祝いたい」


「そう、なのですか?」


困惑してしまう。兄からの贈り物など言葉すらなかったから。

オーレリアの心中を察するなどせず、アルバは踏み込んで近付いてきた。勢いにメラニーが庇おうと前に出ようとするが、オーレリアは「大丈夫」という言葉で制する。

正面で向かい合ったアルバは、紫色リボンと白い包装に包まれた細長い箱を手渡してきた。


「俺は、君の兄だ・・・君のことを家族だときちんと思っている。大事な、大事な妹なんだ」


どこか言い聞かせるような口調。それはオーレリアに対してか、アルバ自身に対してか。


「・・・勿論です。私のたった一人のお兄様ですもの。頂いたものは大切にしますね」


兄の態度から心が籠もっていると理解して、彼女は笑顔を見せて贈り物を胸に抱いた。


「ありがとうございます、お兄様」


「うん、喜んでくれて良かった。オーレリア」


「だから嫌わないでくれ」という小さな言葉。

オーレリアには届かない小さな呟きのあと、アルバは微笑みを浮かべた。




アルバからの贈り物は、銀細工の髪飾りだった。百合の花をモチーフに、花弁を飾る水滴をダイヤモンドで表現している。

それはアルバが本当にオーレリアを思って選んだもの。

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