何故か皆に恨まれて殺された
お話を書くと長編になりがちなので、頑張って前後編に留めたいと思います。
この世界は神々が作り、一国に一柱が降臨したという。
いずれはカルネアス王国となる地域には時の神が降りて、当時の代表者に神器を与えた。それは時の砂という時間を操る砂時計。
神からの下賜を代表者は掲げ、王としてカルネアス王国を建国した。時の砂は王家の象徴たる国宝。一度も行使されたことはないが、王家の者なら扱うことができた。
カルネアス王国第百三十代国王カルロの王妃であったオーレリアは、絶望と満身創痍の中、処刑台に向かう最中に時の砂を思っていた。
(もし、使えたのなら)
国王の寵姫と呼ばれるバーバラの毒殺を指示したとして、オーレリアは拘束された。
ただ茶会に招かれて、共に僅かな時間を過ごしただけなのに、紅茶を飲んだバーバラが喀血した瞬間、冷たい石畳に押し付けられた。実家から連れてきた侍女のメラニーは、連れ立っていたせいで実行犯として即座に斬り殺された。
あまりに素早いバーバラの護衛達の動作に、これは仕組まれたことでは、と呆気に取られてしまうほど。
寵姫などと言われているバーバラは国王の側妃というわけではない。学生時代の学友で、当時王太子だったカルロの側に侍るようにいた女性だった。求婚は断り、愛人として噂されている社交界の中心人物。
国王カルロだけではなく、王弟の第二王子、オーレリアの兄、現宰相、現将軍すら虜にした美女。
オーレリアは十歳の時にカルロの婚約者になり、彼女なりに歩み寄っていたが、彼の愛情の全てをバーバラが奪い取っていった。
二歳上のカルロはオーレリアを蔑ろにして、時には謂れない罪でオーレリアを責めた。愛するバーバラを害する悪女だと。
学園に入ったときは顕著になり、全学生を味方につけてオーレリアを悪女に仕立て上げた。
可愛らしいバーバラを虐げる醜女。
純粋なバーバラを蔑み、これ見よがしに優秀だと見せびらかす傲慢な女。
天真爛漫なバーバラと違い、陰気でしきたりに煩い融通の利かない頑固者。
オーレリアはルヴァン公爵家令嬢であったことから、婚約は破棄されることはなかった。カルネアス王家にとっても、ルヴァン公爵家にとっても結び付きを強める重要な婚姻だったからだ。
頑固で傲慢な醜女が、身分をひけらかして王太子の婚約者に居座り、愛する二人を引き裂こうとしている。
オーレリアは更に悪女だと罵られ、下位の貴族子女すら罵声や侮辱をしてくる。
家同士の取り決めで、真面目で愛国心があることから素直に従っただけなのに。
いずれは王妃として王を支え、国に仕える。だから勉学もマナーも一生懸命にしただけなのに。
美容にも気を使っていた。両親から譲り受けた美貌を、国の顔となるべく衰えさせずにいただけなのに。
もう、カルロには親愛すら抱けないのに。
どうして罵声や侮蔑されて、カルロとバーバラを引き裂く悪女と言われなければならないのか。
カルロの側仕え、現在国の中枢を担う臣下達は勿論、兄のアルバさえオーレリアを罵った。時には暴力すら振られた。
国王と父からの命で、婚約解消は叶わないのに。
国の貴族達の仇敵のように扱われても、オーレリアは学園を卒業するとカルロと結婚した。決めれていたから従った。
初夜はカルロが彼女に拳を振るったことで終わり、白い結婚を義務付けられた。
婚姻とともに王位に就いた彼は、オーレリアに公務を任せて、バーバラと睦み合う日々。兄のアルバも、第二王子も臣下達もバーバラの愛人のように侍り、愛を乞うだけ。
「私が国を支えなければ」
そんなことなど考えるべきではなかった。何もかもに素直に従うべきではなかった。従わずにいる道など見えなかったから、どうにもできなかった。
大勢の罵声がオーレリアに降り注ぐ。国は彼女を邪悪で淫蕩で強欲な悪魔だと国民の声を使って罵ってきた。
拘束のあと、地下牢に放り込まれたオーレリアは無数の囚人から暴行を受けた。悪魔を痛めつければ刑が軽くなるという兵士の言葉に、囚人達は嬉々として彼女を嬲った。
心身とも傷付けられて苦しめられ、満身創痍となったオーレリアは火炙りの刑に処される。
粗末なシミーズを着ただけの彼女は木の十字架に括り付けられた。
「悪女め!」
「悪魔が!!」
「死ねぇ!」
学生時代から浴びせられた罵声。ただの単語ながらオーレリアの胸を抉る。大勢の人間に向けられた悪意や殺意が正面から向けられているから。
「私は、何もしていないのに」
「今さら何を言うか、醜女が!!」
側にいた兄のアルバが拳でオーレリアの顔を殴った。口の中が切れて血の味が広がっていく。
衝撃でぼんやりした視界に、憎悪と顔を歪めた夫のカルロと寄り添うように抱かれているバーバラ。化物を見るような目で蔑む両親の姿が映った。
(私は、ただ、国のためにあなた達に従っただけなのに)
「時の、砂・・・」
一度だけ見たあの神器を発動させれば。
その思いは油を浴びせられ、火が放たれたことで痛みと苦しみに塗り替えられた・・・───。
───・・・温かい。
そう感じてオーレリアは目を開く。彼女の視界には、薄桃色のレースのカーテンが開かれ、柔らかな陽光が窓から注いでいる光景だった。
まるで、ルヴァン公爵家にある自室のような。
オーレリアは目を見開き、上体を起こす。彼女の動きにカーテンを開いた侍女が驚いた顔で近付いてきた。その侍女はメラニーで、どこか若い。まだ十代の少女に見えた。
「おはようございます。飛び起きてどうされたのです、オーレリアお嬢様。怖い夢でもご覧になりましたか?」
お嬢様。まるでルヴァン公爵家にいた時のように呼ぶ。結婚してからは王妃殿下だったのに。
「え、えっと・・・!?」
オーレリアは視線を彷徨わせて、自身の体へと目を向けた。体がおかしいとすぐに気付く。女性の理想とメラニーが褒めてくれた体型を失っていて、かつ幼児のような。
「お嬢様?いかがされましたか?」
心配そうに覗き込んでくるメラニーに、オーレリアはハッとして顔を向けた。
頑張って、引き攣らないように微笑みを浮かべる。
「おはよう、メラニー。不思議な夢を見たせいで、頭がぼんやりしているの。お顔を洗いたいわ」
「まあ、そうでしたか。すぐに洗顔の用意を致しますね」
メラニーはキビキビと動き、銀のタライに入った温水と、歯ブラシを用意し始める。
オーレリアは身を預けていたベッドから降りると、周囲を見渡して、タライの用意された洗面台に向かう。
(やっぱりルヴァン公爵家の私の部屋だわ。でも、ベッドは子供の頃に使っていたものだし、私の体も目線が低くて手足も短い。胸もなくなっていて・・・子供に戻っている)
何より、優しい笑みでオーレリアを出迎えたメラニーがいる。殺されたメラニーが若返っている。
(私の願いを時の砂が叶えてくださったのかしら?)
理由は確かではないが、鏡に映った顔が現状を教えてくれた。
まっすぐと伸びた美しい金の髪。おっとりと見える垂れ目。その目は長い睫毛に縁取られた希少な紫色の瞳でアメジストのような煌めきがある。白い肌は陶器のように艷やかで傷はない。
十歳の頃のオーレリアの顔が鏡に映っていた・・・───。