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6話

 進まない足でも、歩み続ければ残念ながら目的地にはたどり着いてしまうもので、常々セクハラのような検査、あるいは検査のようなセクハラを受けているオリオンの医療施設までたどり着いた。

 施設の中に入り、いつもの部屋に入るやいなや、部屋の外から騒々しい声が聞こえてきた。


「アリスちゃーーーーん!」

「……げ。」


 聞き覚えのある、聞き間違えようの無い声。

 俺がTS魔法少女である事を知る数少ない人物、裏葉垂だ。


 こちらを視認するや否や全力で抱きついてくる。普段は変身状態な為どうってことは無かったが、今は女だが生身の状態。一回り以上大きい人間に抱きつかれて姿勢を崩さないほど強靭な体幹は持ち合わせて無かった。


 仰向けに倒れ込み、そこに覆い被さる形で裏葉も崩れてくる。


「お、おお……話は聞いたけど本当にアリスちゃんの姿になっちゃったんだ!? さ、最高だ……!」


 個人的に苦手な理由として、向こうは女同士として接触してくる点がある。

 見ようによっては優しさなのかもしれないが、俺も一応、心は思春期の男なので、スタイルの良い女にベタベタされると変な気分になる。


「ど、どいて……」

「あ! ごめんね!」


 姿勢を起こし、対面。なんとか重いと口に出さずに済んだ。

 ……なんだか心做しかいつもより嬉しそうな顔をしているのは気のせいではない気がする。

 それよりも、だ。


「裏葉さん! 俺のことはグレイって呼んでくださいって何回も言ってますよね!」

「ちゃんと改名出来たら呼んであげるよ〜私も早くグレイちゃんって呼んであげたいんだけどね〜。」


 アリスブルーという名前も気に入ってはいないが、アリス呼びはさらに具合が悪い。

例えばフェニックスとかであればこっちとしてもまだ気分が良いのだが、気が付けばこんな名前を付けられてしまった。

 魔法少女としての活躍を重ねていくと、昇進のような形で名前を変えられるのだが……残念ながら俺にはまだその機会が訪れていない。

 初期の名前は基本的には色から用いられる事が多いようだ。


「そもそも今は変身してないから、どちらかというと千月の方で呼んで欲しいです。」

「それも……そうだね。ごめんね! 浅葱ちゃん!」


 ……アウトよりのアウトとしよう。


「ふ、ふう……俺やっぱりこの人怖いよ。」

「そんな事言わないでよ〜!」


 いつも通りのやり取りをしていると、呆れたような顔で朱華は見ていた。


「裏葉さん。今回はふざけてる場合では無いんです。浅葱の身体になにか異常が起きてるはずなので、即刻診て欲しいんです。」

「あー、了解了解! パパっと見ちゃうから、朱華さんは席外しても大丈夫だよ〜。」

「……よろしくお願いしますね。」


 今のやり取りで全てのセクハラを済ませたといわんばかりに、そこからの検査は手慣れたものだった。

 こういう所を見ると、この人が意外と……というとかなり失礼だが、きちんと歴のあるベテランの人間なのだなと思う。

 

「……ふむ。」

「どうですか?」

「一言で言うと……奇妙だね。」

「奇妙?」


 しかしそのベテランが、検査結果のカルテを見ながら微妙な顔をしていたものだからかなり心配になって来た。


「普通、同じ人間でも検査する日によって細かい数値までが一致する事は無いんだよ。」

「それはまあ……そうでしょうね。」

「加えて、浅葱ちゃん以外の魔法少女、朱華さんでいいか。朱華さん達は変身前後でも数値が若干違う。これが普通。」

「なんとなくそれも分かります。」

「でも……今の生身の浅葱ちゃんの検査結果は、アリスブルーの数値と完全に一致している。これは、おかしい。」


 俺を目の前にするとおかしくなる(朱華談)裏葉さんがめちゃくちゃ真面目なトーンで話してる。

 その事からも異常である事が伺えた。


「しかも……道具も無しに変身したんだよね? 今できる?」


「試してみます。」


 ここは俺も気になっていた。

 魔法少女の名の通り、確かに魔法で変身しているのだが、魔法が生まれる前の昔のアニメのように、なんでもかんでも出来るものでは無い。


 生身でも発動できる魔法はいくつかあるが、変身ほどの大掛かりな魔法を発動するためにはまず道具が必要になる。

 無手で発動するには、理屈でいうなら計算機の中身を魔力で再現する……のような緻密な魔力操作が必要なようで、ちょっと想像がつかなかった。


「コード:変身!」


 であれば当然、道具をそもそも紛失した俺があの時変身できる道理はなく、今試してもできるはずは無いのだ。


「やっぱだめですね……あの後数回試したんですが、成功していないです。」

「うう……む……浅葱ちゃんが嘘をつくとは思えない……思えないけど!」

「朱華の道具を借りてもダメだったので、本当によく分からないですね。」

「待って、それはもっと分からないよ! 朱華さんはその後変身出来たんでしょ?」

「はい。」


 時系列で言うと、朱華道具で浅葱変身失敗、朱華道具で朱華変身、道具なしで浅葱変身……の順だ。


 経緯を一通り話すと、面倒くさいものを見てしまった時の大人の顔になった。


「と、とりあえず、そこも含めて報告しておくね。原因とかはとても気になるけど、そこを考えるのは私の仕事じゃないから……」

「よろしくお願いします。」


「はい。任された。でもそれはそれとして……」


 今の流れで別の話に分岐するような事があっただろうか?


「あ、あえ……? 裏葉さん……?」

「仲間を助けるためとはいえ、自分の身体を大事にしない、危ない事をする悪い子にはちょっとおしおきが必要かな……?」


 診察台に押し倒される。

 元々体格差があるのと、今の身体では腕力を含めた膂力も裏葉の方が上なため、身体をちょっとねじる事しか出来ない。


「あ、あの裏葉さん!? 無茶した事はほっ、本当に反省してます!」

「うん。偉いね。でも……1度こうやって、ただの医療班にも力で負ける事覚えて置かないと、また同じことしちゃうんじゃないかなって……」

「しません! 誓います! だ、だからその……」


 両手は片手で抑えられて、力を込めても全く動かない。

 両足も同じく、足をもも辺りにかけられて、重みで膝から下が持ち上がらない。


 どうやっても逃げられない。


 目の前の生き物に抗う術が無いと、本能が理解してしまった。


「だから……何? 言って?」


 いつもとは違う、冷たい、低い声で、耳元で囁かれる。


「どうしたの? 言わなきゃ分からないよ?」


 ギッ……ギッ……と、診察台が軋む音に合わせて、さらに身体に力が加わった。いまですら僅かにも動けないのに、だ。


 勝てない。逆らえない。そんな恐怖の感情に脳が支配されていく。


 力が敵わず、変身もできず、逃げる事もできない状況で、俺が取れた行動はもうひとつしか無かった。


「……ぃ……」

「ん? 何?」

「こ、怖い……です。ご、ごめんなさい……もっもう、絶対、しません……」


 心臓が締め上げられるような恐怖を感じた所で限界。

 そこで急に拘束の力が弱まり、なんとか抜け出すことが出来た。


「あ、ご、ごめんね!? 泣かせるつもりは無かったの! 本当にごめん!」


 診察台から降りて転びながら、どちらかというと転がりながら裏葉と距離を取る。

 そこで、タイミングが良いのか悪いのか分からないが、部屋の扉が開く音がした。


「そろそろ終わりました? って……これ……」

「あ、こ、これは違くて……」


 さっきまで裏葉が纏っていた恐怖はどこかに消えたが、その代わりに朱華がその数倍の感情を纏って現れた所で正気に戻る。が、少し遅かった。


 朱華の視点では、怯えて逃げる俺と、朱華を見て具合の悪い顔をした悪い大人の裏葉が居る訳だ。


「……へぇ。まだ何も言ってないんですけど、何がどう違うのか教えて貰ってもいいですか?」


 ……


「……つまり、変身出来た時の条件をできる範囲で再現したって言うんですか?」

「そ、そうだよ! 私が何もなしに浅葱ちゃんを虐める訳が無いでしょ!?」

「ふーん……」


 朱華は怪訝な目でちらりとこちらを見る。

 まあ、そういう理由であれば先に前もって教えてもらうのは不可能だろうし、最終的に俺の安全に繋がる話であれば問題は無いか……


「お、俺は大丈夫。朱華が思ってるような、変な事はされてない。裏葉さんも俺の事心配してくれたんだよ。」

「と、ととっとりあえず、ちょっと怖い思いしたぐらいじゃ変身出来ないって事は分かったよ。……でも、真面目な話、条件が分かるまでは魔法少女として仕事しない方が良いと思うな。」

「それは勿論、今日は浅葱の休職もぎ取るつもりで来たので。」

「えっ!? そうなの!?」


 2人とも俺の反応が予想外と言わんばかりの反応をしている。


「当たり前でしょうが!」

「こういう時は本人がやる気なのが1番怖いんだよね……それに、道具の紛失時は再支給されるまで何も出来ないんだよ。これは早ければ1週間かな。」

「遅ければ……?」

「道具の扱いが雑とかで技術班に嫌われてると……一生来ないね。」

「……バイト探すか。」


 別に特段嫌われるような事はしていないが、立場上普段の顔を隠しているので、言うなれば好かれる事をしていない。

 それはつまり優先度は他と同レベルなので、順番のケツに並んだ事を意味する。


 順番待ちがどれくらいあるかは分からないが、その間の収入は確保した方がいい気がした。


「どうしてもって言うならオリオンの業務の斡旋はできるけど、別にいらないと思うよ?」

「そうなんですか? ……っていうかもう服着ていいですか。」

「早く着なさい。」


 ……ものすごく視線を感じるが、シャツとジャージ服に手を通す。

 まあ両方こっち見てるなら気のせいか。


「ウチの場合、休職期間中は普段よりは減るけど出してくれるよ。」

「それは……良かった?」

「いい事よ。……でも裏葉さん。」

「なあに?」

「浅葱の性格上、絶対目の前で事件が起きたら突っ込むと思うんですけど。」

「否定しないよ。そこがいい所ではあるんだけどね……」

「……まあ、そこは私がなんとかできる範囲でカバーはするわ。」


 自分に力があるというのに、何も出来ずに見ているだけというのは歯がゆい……

 と、さっき裏葉と話すまではそう思ってただろう。


 魔法少女は……というより今の俺は、変身出来なければ自分よりちょっと背が高い人間にも抵抗が出来ない位の人間でしかなかった。


 そんな非力な存在である事を分からされた直後だ。忘れるにはちょっと早すぎる。


「大丈夫ならしばらく大人しくするよ……この身体に慣れないとだし。」

「そうしてくれると有難いわ。」


 今日一日でも結構段差にぶつけたり、視線の高さが違って軽く酔ったりしている。この辺りは正直魔法少女になってすぐの課題だったのだが、面倒くさがったツケが今頃こういう形で襲ってくる事となった。


「あ、それだったら服とか買い足した方がいいよ! 折角なんだし、毎日ジャージっていうのも勿体ないよ。」

「いや、俺はこれで……」


 裏葉の提案は即刻取り下げた。

 今の俺はあくまで、人間生活をする上で必要だから衣服を着ているだけで、決して、女の服を着たい訳では無いのだ。


 ここだけは死守したい。衣服を追加するなら、出来れば男物かユニセックスな感じの物が良い……と考えていたところだ。


「朱華ちゃん。ちょっとちょっと。」

「……なんですか。」


結論から言うなら、多分ここの会話も無理やり断ち切って帰るべきだったかもしれない。


「あのアリスちゃんを自由に着せ替えできるって考えたら、こんな機会滅多に無くない? やらなきゃ絶対損だよ。」

「それは……そうかもしれませんけど。」

「ここだけの話。アリスちゃんって魔法少女になるとちょっと性格強くなるでしょ? 朱華ちゃんが押しきるなら今のうちだと思うんだけどな〜……」

「……くっ。」


 全部は聞き取れなかったが、なんだか不穏な会話をしている気がする。

 先にお暇した方が良いだろうか? こっそり抜け出そうとしたその時、朱華に手を引かれた。


「別に、唆された訳じゃありませんからね! 友達が毎日ジャージ着るのはどうかなって、思ってましたから!」


 これは、かなり不味い気がする。


「えぁっ? 朱華? ちょっと?」

「買い物に行くわよ。」

「行ってらっしゃ〜い。」


 裏葉に見送られ、朱華に手を引かれながら、近場のショッピングモールへ出掛けることとなった。

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