29話
「……今日はこの辺にしておこうかな。」
似たような事を繰り返しているとすっかり日が暮れてしまった。
ギリギリ藍墨には怒られない時間だろうが、今からでも一言言っておいた方が懸命かも知れない……
それにしても、当然と言えば当然だが全く手がかりがない状態と言うのはやはり無理があった。
やはりいくら何でも考えが無さすぎたか……そう考えていると、藍墨に連絡を送った直後のスマホに着信がかかった。
「げっ。」
別に悪い事をしているつもりは無かったのだが、「朱華緋鳥」の名前を見てが行の音が出たと言うことは何かしらやましい事が心の底にあったのだろう。
無視するという手も考えついたが、十中八九より面倒臭くなるので大人しく通話に応じた。
『浅葱!? 今どこに居るの!?』
「別に。ちょっと……ええと、隣町だなここ。」
『なんでそんな所に……あんまりにも遅いから心配してたのよ。』
「野暮用で気づいたらこんな所にこんな時間だった。」
嘘を考える能力がないので、隠し事をしながら答える事にした。
実際の所の最終目標は男に戻る為ではあるのだが、現実は何をすればいいのかも分かっていない。
じっとしていたくない、いられないから適当にふらついているだけなのだが、そこまで正直に言ってしまうと俺でも怒ると思う。
なので、心配させないような、当たり障りのない選択肢を選んだつもりだったのだが………
『もう……心配ばっかかけさせないでよ……』
「……別に心配してなんて言ってないよ。」
『な……! ちょっと!』
衝動的に通話を切った。
……あれ? 今のって切ってよかったのか?
でもなんかこう、頭にものすごく血が登ったというか……
……いやいや! そんなしょうもない事気にしてる場合じゃないんだよ。
これは多分会話相手にムカついたとか、そういうアレじゃない。
「……お前、誰?」
最初から気付かなかった俺も大概な気はするが、いつの間にか誰かに見られていたからだ。
別に見つかるのはいい。俺は要は人探しをしている訳なんだから、誰かしらと接触する必要はあるのでむしろその手間が省けて良いのだが……
「それはこっちのセリフですの。侵入者が居ると聞いてみれば電話でヒスってる女だなんて、はあ……」
ちょっとタイミングが悪い。若干気まずかった。
「別に、怒ってないけど。」
「怒ってる人は皆そう言いますの。さ、私も面倒事は苦手ですので、事を荒らげる前にお帰りくださいませんか?」
「怒ってないってば……!」
「はぁ。手負いの人間を攻撃するのは本当に気が引けますのよ……」
手負い? ……何を言っているのか分からない。
本当にコイツは俺に話しかけているのか?
そんな疑問が浮かぶ程に身に覚えが無かった。それに別に怒ってないし。
とはいえ、ここに居るという事は非正規の組織の人間だ。であれば、ちょっと雑に扱っても別に問題は無い。
元々邪魔するならちょっと叩いて分かってもらっていたので、向こうがその気ならむしろ好都合というものだ。
武器の召喚から先を行うとログが残ってしまうため、やはり今回も魔力強化のみで制圧しようとしたのだが。
「はい。ストップですの。」
「な……!? ぐっ……!」
体が、動かない?
力が入らない訳ではなく、身体そのものが謎の力でその場に固定されたような感覚がある。
幸い直ぐに謎の拘束は緩んだので、一時的に距離をとる事にした。
「……そのまま帰ってくださる? 別にあなたに恨みはありませんの。」
「俺も恨みは無いな……」
どうやら視線が直接届かなければさっきの効果は及ばないようだ……それも確定情報ではないが、少なくとも今の所は大丈夫だ。
それよりも気になるのは何をされたのか、だ。
さっきの一瞬で身体の記憶が呼び起こされたのだが……俺はコイツと会ったことがある。
正体は掴めないが、あの全身が強ばって動けなくなる奇妙な感覚には覚えがあった。
……だが、どこで?
この暗いビルの中で節電中なのか、電気もつけずに顔を付き合わせた為ハッキリとは見えなかったのだが……
正直、ハッキリ見たとしても顔に覚えはないと思う。
なので、頼りになるのは攻撃? 魔法? を食らった感覚のみなのだが……
流石に体の自由を一瞬とはいえ完全に奪われる力を相手にもう一度調べるなんて余裕は無い……!
俺の感知魔法にも引っかからないという事は考えられる原因は2つ。
俺が視認できない程に早いか、そもそも魔法では無い……例えば物理的な毒とかだが、そんな都合のいい物は多分無いと思う。
そうなるとあとはまあ、回復魔法とかは感知しないが、現状を考えるとありえない択だろう。
「次は外しませんの。捕まって、他の人が来てしまったら……私には責任は取れませんの。」
外す。という事は狙いを定めるような力のようだが、そんなものは例えば「殴る」という行為を分解した時にも「狙いを定める」という工程が含まれているので、あまり情報にはならなそうだ。
無音という音が満ちた空間に足音が響く。
歩いて近づいてくる、という事はやはり視線が通っていないと成立しない、あるいは距離が関係する方法を使っているという読みは当たっているようだ。
それが近づいてくるという事は宣言通り、もう一度発動する準備が整っていると見て良いだろう。
……マズいな。変身するべきか?
痛手を追うくらいならちょっと面倒臭い処理をした方がいい気もする。
……が、流石にそろそろ見逃されないラインが迫ってきているような気もするので、もし魔法の完全禁止が言い渡されてしまったら目的が何もなせなくなってしまう。
「な……!」
「動くな、ですの。考え事なんて随分余裕なんですのね。」
「いや……そろそろ帰ろうかと思ってさ。」
どういう仕組みか分からないが足音は今も鳴っている。聴覚に頼りすぎたか。
しかし動くなとは言われたが、まだあの拘束は来ていない。今度こそ見逃すまいと神経を張り詰めているが、真後ろというのはなかなかに具合が悪い……!
「動くなと言いましたの。まあ、もう動けなくなってますの。」
言われた通りだ。
力が入るとか入らないとかそういうベクトルではなく、身体がそのまま停止しているような感覚。
加えて、先ほどよりも身体のかなりの芯の部分を捕まれているせいか、魔力すらも動かす事が出来なくなっていた。
魔力が動かせない、使えないという事は魔法も使えず、身体強化やその他諸々のバフ類も消えてしまう……のだが……
「ぁ……痛っ……!」
ある程度であれば、魔力を使って体の不調……特に痛みだけであれば抑えて無視する事が出来る。出来ていた。
最初はなんだかちょっとお腹が痛いな……ぐらいの物だったのだが、無理やり押えて活動し、今になって魔力で抑えることが出来なくなったら再び襲われる事となった。
「ぐぅぅ……うぅああ! いっ……いたい……」
正直理屈はこの際もうどうでもいい。
体そのものを大きめの杭で貫かれているような鈍い痛みが、拘束されると同時に襲いかかってきた。しかも痛みの圧力が徐々に増しているような気がする。
殺人的な痛みだ。
……痛みで人でも殺しそうな方。
「ちょ、ちょっと……!? これはそう言うダメージを与えるようなものじゃ……ないんですのよ……?」
「うぅぅ……っぐぅぅ……!」
脂汗が滲み出る。
体が動かせないのが余計に悪さをして、身を捩って楽な姿勢を探す事もできない。
今までに経験したことの無い痛みだ……
死にかけて魔法少女になった時でさえ、もう少しマシだった! あの時の焼けているのに徐々に体の感覚が無くなっていくような底冷えしに
恐怖はないが、ただただ痛みに襲われる純粋な恐怖があった。
「もう! こうなるから怪我人の相手は嫌なんですの! こんなの引き渡せるわけもありませんし……」
『――! ――――!」
「本当に間の悪い通信ですの……少々お待ちくださいですの! 今ちょっと手が。」
「っぐ……! むぐ……!」
口に手袋を突っ込まれて塞がれる。
……なんだ? 何が目的なんだ?
……
足音が迫ってくる。今度はさっきよりも上品な感じ。
この状況を考えるともう手詰まりのように思える……が。
「……侵入者は?」
「逃げられましたの。空気も読まずにいい所で通信なんかするからですの。」
「……追い出したならそれでいい。」
綺麗に、品の良さを保ちつつ元来た方向へと足音が遠ざかって行った。
俺はと言うとそんな状況を認識できているのだから、少なくとも逃げてはいない。
遠隔で偵察できるような道具も魔法も持ち合わせていないため、これは自分の体で得た情報という事になるが、そうなるとひとつ不可解な事がある。
何故、先程まで俺を捕まえようとしていた人間が俺を庇っているか、だが……
「さて、拘束を解除する代わりに言う事をひとつ聞く約束でしたの。」
「約束は守る……けど、ちょっと待って。まだお腹が痛い……」
若干……いやかなり屈辱的だが……貸しを押し付けられる形で助けられてしまった。
なんか俺、魔法少女の類が相手だとずっとこんな戦績な気がするな……
「……とりあえず、今日のところは帰って下さいな。勿論、これは命令権は使いませんの。」
「し、従う……!けど、本当にちょっとだけ待って……動けない……!」
「はぁ……」




