26話
あれから多分丁度一年経った気はするが、胡蝶と関わりを持った理由とかは特に考え付いていない。
……那由他にどう説明しよう。
「ああ、久しぶりですね……ええと、お姉さんでいいですか?」
「勘弁してよ……那由多は多分、俺の事情知ってるから……」
「事情……? ですか?」
嘘だろ?
何のことだ?といわんばかりに疑問符を顔に浮かべていた。
何ならもう顔に直にハテナマークが描かれていたレベルかもしれない。
「……ま、入ってください。お姉さん。」
そしてその状況になってしまったということはつまり、交渉の余地なくなし崩し的に俺の呼び方が決まってしまったという事だ。
「ちょ、ちょっと待ってください。もしかして先輩のその……本当の姿をあの方は知って……?」
「あー……まあ、そうなる。色々あって。」
「……私、今のは聞かなかった事にしておきます。面倒くさいので。」
多分、那由他の立場的にはあまり聞き逃せない事だとは思うのだが……
まあ、面倒くさいなら仕方がないか。
そんな面倒くさい事はよそにおいておき、胡蝶の家に上がり込んで今日訪れた目的を話した。
「……ええと、今回はそちらの紺野さんにも教えて欲しい……? 一体いつから私はお姉さんの先生になったの?」
「紹介だけでもって言われて。」
「改めまして紺野です。無理を言ってしまいた。」
「あ、どうも。胡蝶です。」
なんだかよそよそしい自己紹介を挟んでから再び本題に戻る。
「まあ……私の元に色んな手札が集まるのは喜ばしい事ですが……そのですね……」
「……もしかして都合悪かった?」
いつもと違ってなんだか胡蝶のテンションが低い。
あの後数度訪れている為、朱華を除けば交友関係は深く、いわゆる好感度・親交度の類のステータスもそこそこに溜まっていると思える人物なのだが……
もっとも、その度にあまり公にはできないような魔法の使い方をしたりされたりという、あまり可愛い関係ではないのだが。
「いえ……ぶっちゃけると……女になっちゃったお兄さんにそんなに興味が無いんだよね……」
「……ホントにぶっちゃけるじゃん。」
興味がない……という一言は意外と……いや、当然のように俺の胸に刺さった。
「私が目をつけてたのは変身前後の容姿の変容度合いによる隠密性と、近接戦闘の才能と、戦ってる相手すら助ける馬鹿みたいなお人好しの性格だけであって……別にアリスブルーが好きかと言われると別に好きじゃないかなぁって……」
「そうだよな……ごめん。付け入るようなお願いして……」
「私も弱みに付け入ってるからそこは良いんだけね……」
「いやいやいや! 先輩ベタ褒めじゃないですか! 大好きじゃないですか! 押せば行けますって!」
那由他が変な事を言っているが、今は無視だ。
「はぁー……いや、他でもないお兄さんの頼みだから吝かではないんだけどもね?」
「無理にとは言わないよ。魔法を扱う以上少なからず危ない事だから、モチベが無いなら湧いた時にでも。」
魔法に関してはやる気が出ないのならやらない方が良い。
これは危険性の問題もあるのだが、魔法の結果が気持ちで左右されるものだからというのもあった。
「うーん……その、ですね? モチベというか……正直、好きな人が女になっちゃって元に戻れないって言われると……来るものが……ありましてねぇ?」
え……?
「え……? すっ、ひ……? あ……お、俺……?」
「……紺野ちゃん。あんなお兄さん見たことある?」
「ナイナイナイナイです! うっわ……滅茶苦茶可愛い……顔がいいだけに何しても映えるな……」
……なんだか室温が高すぎる気がしてきた。
出された茶を飲み、薄手とはいえ上着が邪魔に感じて来たので脱ぐ。
「……って、何でそんな「好きな人」だけで生娘みたいな反応してんですか先輩!? 先輩には朱華先輩が居るでしょう!?」
「わ、私もてっきり彼女とそういう関係になってる物だと……調査した感じそんな風な関係図になりましたし……!」
「はっ、朱華……と? い、いや全く……その……ええと……無い。」
「こ、好意を示された事は……?」
「……ない、な。1度聞いたら多分、脳みそが変質してそれだけ覚えてると思うから。」
「怖いです先輩。」
男に戻れなくなったあの日から恋愛とかそういうのはかなり絶望視していたため、急にそう言った色恋話が舞い込んでくると想定外の事で脳がフリーズしてしまう。
「ま、マジですか……あ、や、待ってお兄さん、こっち見ないで……彼女持ちだと思ってたから言えたのであってさっきのはその……あー、恥ずかし。」
「……うるさいな。」
「……」
き、気まずい……
「あー! もー! 私を差し置いてなに気持ち悪いイチャつき方してるんですか!」
「と、とと、とはいえです。まあ……今のお兄さんは私の癖では無いので、戻る手立てが見つかったら協力はしますよ。今の腑抜けたお兄さんを負かしても気分は良くないでしょうし。」
「助かるよ。」
「……いや先輩、ここ絶対怒るところですよ。ナメられてますよ。」
……正直あんまり聞きたくないというか、かなり聞きたくないのだが、胡蝶の態度があまりにも露骨なので、ちょっとだけ、牽制の意味も込めて質問をしてみた。
「な、なあ胡蝶。そんなに今の俺と関わりたくない……?」
「うーん……実を言うと……はい。」
「こ、この……表に出なさい! 先輩に謝らせてやる……!」
……確かに、普通に考えると気持ち悪い存在以外の何者でもないかもしれない。というのは薄々思っていた。
最初はまだ良かった。魔法少女として働く時だけなら、魔法少女活動が日常という程の過酷な環境でも無い限りは公私を分別出来ていた。
……だが、女の姿で日常に入ってくると考えると、恐らく、嫌だと思う人は多数いると思う。
「う、うぅ……負けました……」
だがもし……もしもだ。
仮に朱華が男の時の俺を、仮に、仮に好いていたとして。好きでいてくれたら、という願望ではなく、好感度がMAXであっても、という仮の前提の上での話だ。
朱華が今の男に戻れなくなった俺を見る事が……実は、物凄く不快だったとしたら……?
実際の所、迷惑は物凄くかけている。
以前から先輩後輩の立場で世話を焼いてもらうことはあったが……おそらく最近は度を越している。
朱華は面倒見が良いから、人が良いから、最初俺の指導役になった時も嫌な顔はしなかった。
でも、顔に出さなかっただけだとしたら?
……本当は嫌だったら?
「せ、先輩? なんかこの世の終わりみたいな顔してませんか……?」
「……那由多。俺って男に戻った方が良いと思うんだ。」
「え? ま、まあそれはそうかもしれません。今後健康面でもどういう影響が露呈するかも分からないという話を――」
「悪い。俺ができるのは胡蝶を紹介するまでだ。そこから先の交渉は任せてもいいか? 俺じゃどうも微妙みたいだし、ちょっと別件を思い出した。」
「え、でも――」
「……分かりました。あとは自分で何とかします。」
「ありがとう。」
居心地の悪さはとっくに感じなくなっていたが、何かに急かされるような焦燥感に背中を押され、俺はその場を立った。
「胡蝶さん、でしたっけ。」
「なんでしょう?」
「……わざと、先輩を揺さぶりましたね?」
「なんの事でしょう?」




