22話
「普通の雨も降ってきたな……まあ、ここなら大丈夫だろ。」
魔法少女(ただし男)と、魔法少女(ただし敵対組織)が呉越同舟。
お互いの素性についてはもちろん知る所ではない。
共通しているのは、変身さえすればこの状況を切り抜ける方法を考える必要が無い事、お互いに隠し事がある為にここでは変身できない事。
(こいつさえ居なけりゃ……)
(この子が居なかったらな……)
出会って数分で考えている事まで同じなので、この悪役とこの魔法少女の相性はもしかすると良いのかもしれない。
……
「ねえ君。」
「あ、私ですか?」
「そういえば名前聞いてなかったなって。」
「この状況で結構余裕ですね……胡蝶ゆかりです。フリーの魔法少女やってます。」
「魔法少女にフリーとかあるんだ……」
未成年である上に男である俺が言うのもなんだが、こんな若い子すらも魔法少女として働いている世の中なのかと若干気が滅入った。
完全な目測ではあるが、妹と同じくらいだ。
飛んでいる以上白兵戦は恐らく行わない系統だとは思うが、それにしたって危険は危険だ。
妹と一瞬でも重なった以上、少し気の毒に感じていた。
「でもお兄さん、よくこんな場所事知ってますね? 結構魔法に詳しいクチです?」
これは例えばの話。
魔法道具を扱う店は、扱うものに準じたセキュリティを備えている事が多い。
極端な話で言えば、魔物の襲撃で道具の破壊・爆発等が起きてしまうとそれはそれで被害が大きくなるし、魔法道具を悪用する輩に襲撃された場合も甚大な被害が生まれる可能性がある。
もちろんそういった店は避難所としても使用される事があるが、俺たちが居るのはそれとは全く別……
魔法道具があるが為に対魔法のセキュリティを持つ場所。
ただし、大人数は入れない為に避難所としては扱えない場所。
それは逆を返せば、2名入れるなら今の場合に限っては緊急避難ができる場所。
公園の一角。
何気に入場料の支払いがあるが為に、ついでで置かれた警備員の立ち会い所のような、見張り小屋のような……なんて言うんだったか? これは。
ともかく、警備員が使う魔法道具にもそのセキュリティは適応される……という話を聞いた事があったので、借りる事にした。
魔法道具は多分この警棒だろう。魔力を持たない人でも使える魔力充電式だ。
「急に手を引っ張るから盛ったのかと……危うく変身する所だったので、次からはちゃんと話して欲しいです。」
「ご、ごめん。コレの名前が咄嗟に出てこなくて……」
「え、ああ……小屋とかでいいんじゃないんですか?」
「……それもそうか。」
ごもっともではある。正式名称が分からずとも、この場において他に小屋と言って目につくものが無いのであればそんな事は気にする必要が無かった。
「それにしても……流石に狭いですねえ。外から見た時に印象に比べればとマシですが。」
5歳のガキが家賃を気にしそうなスペースだ。こんな時でもなければ有難く感じる事も無いだろう。
「……っくちゅん! し、失礼しました……」
正直俺も少し肌寒いと思っていた所。
途中から降ってきた雨に2人とも濡れてしまっていた。これが夏ならまだマシだったかもしれないが、随分遅い秋が訪れてしまっているので体が冷えてしまう。
「……これ、新品だから使っていいよ。いくら魔法少女でもずっと濡れてたら風邪引くでしょ。」
魔法少女とか関係なしに、それを放置するような人間では無い。
心配にもなるし、解決できる方法があれば進んで提示する。
相手が自分より強い……かどうかは分からないが、そこに身体の強さとかはあんまり関係ないと思う。
「持ち歩いてるんですか?」
「運動してるからね。」
「お、お兄さんの分は……? 流石にこれをこの後使うって言われたら、その、物凄く失礼ではあるのですが……」
「タオルぐらいなら何枚もあるよ。」
「そ、そうですか……危うく失礼な事を言う所でした。」
「それは言ったも同然だろ。」
背中を向けながら自分の髪も拭き取る。
運動と言えば聞こえはいいが……いやまあ別に明かす必要は無いか。カバンを漁られると木の棒と軍手と変えの靴が出てきてしまうのでもう言い訳つかないが。
……普段も稽古の一環でランニングとかするからあながち大嘘でもない。言わない方がいいこともあるのだ。
「洗って返すのと新品で返すの、お兄さんはどっちの方が都合がいいですか?」
「余ってるくらいだから要らないよ。
半畳程のスペースしかないので、立っていれば2人でも問題ないが、流石に2人ともが腰を下ろす程の余裕は無かった。
壁にはパイプ椅子が掛けられて居たので、それを広げればギリギリ1人は休めるだろう。
「2人は座れないな……君が座りなよ。」
「い、いえ! この状況なら私は仕事中なので、休む訳には……」
「戦闘役は君でしょ。疲労は溜めない方がいいよ。」
「それはそうですが……」
「それに女の前で男が座るってのも何だかなって感じだしさ。」
「……そこまで言うなら。」
座るのかと思えば、こちらに向けて来た。
「どうぞ。」
「話聞いてた?」
……さっきから思わず口がだいぶフランクになってしまう。
彼女も恐らく善意100%なんだろうが、こう、大人というか、男としての配慮を全然無視してくるなぁ。
「折衷案です。お兄さんが座って、私がその上に座ります。」
「それでいいなら俺はいいけど……さっき俺を制圧しようと一瞬思った割に不用心じゃない?」
「そのお詫びと紳士な態度のお礼と、休みたいのは事実でしたからね。合理的な判断をしただけです。」
「じゃあ、お言葉に甘えて。」
これは1秒で判断ミスだという事に気づいた。
俺も走った直後で疲労はある。今後の事を考えると全てを胡蝶に任せるのは危ないかもしれない。
第一プランは胡蝶というよりは魔法少女ピアニーに任せてもいいかもしれないが、第二第三の可能性を考慮すべきだ。
例えば、この件の元凶とピアニーが遭遇した場合、俺は変身するまで完全にお荷物になる。
だから、選択肢を幅広く取る……という意味ではあながち間違いではない。
しかし……それは机上の空論。あくまで仮設の域を出ていない話。
何事も仮想環境ではなく実機での動作が全てとされている……実機での動作結果はこうだ。
膝の上に、妹ぐらいの年の女の子。それもさっきまで同じく走っていた子を乗せるとなると……精神的に来る物がある。
女の姿で女と接するよりはベクトルも違い、絶対値的にもはるかにマシだが……それでも、男としてここから先はそれ相応の覚悟が必要なようだ……
「ふむ……事態解決までこのままというのは流石に窮屈ですね……」
「……」
「とりあえず変身出来るまでは見ですね……お兄さん?」
この子からすると窮屈止まりかもしれないが、俺としては窒息しそうなくらい苦しかった。
「……え、お兄さん息我慢してます!?」
「し、しなくていいのか……?」
「あ……っはっはは……! そんな事したら失神するに決まってるじゃないですか! ふふ……」
至って真面目にお互いの身を守る手段として選んだのだが……
胡蝶の反応は意外だった。
笑った事に対してではない……それに少なくとも、胡蝶の目は間違いなく笑っていなかった。
胡蝶は体の向きをこちらに向けたかと思うと(この時点で絵面が相当ヤバいのだが……)
手を俺の首に伸ばしてきた。
「もう……そんな手があったんですね。」
俺が多少別の事に気を取られていたとはいえ、それでも何の違和感も抱かせる事もなく。
まるで冷蔵庫の飲み物を取るような自然な流れで首を、気道を抑える形で掴んできた。
胡蝶が魔法少女といっても変身していない以上、精々が子供の力だ。
普通であれば息苦しくなったとしても抵抗できないなんて程ではないだろうが……耳を疑うような言葉が俺の思考をさらに処理落ちさせた。
「――コード:変身。」
……変身!?
まだ10分経っていないんじゃないのか!?
「悪いですが……お兄さんにはちょっと眠ってもらいますね。」
「けほっ……! な、何を――!」
変身した姿は魔法少女とは系統の違う禍々しい容貌。
そんな状況に直面したせいか息を吸いなおす暇もなく……直後、小屋が水没した。




