16話
魔法少女として働くにはいくつか条件がある。
変身道具を使って変身が出来るというのが当然ながら大前提ではあるのだが、それは運転で言うところのアクセルを踏める程度の段階。
むしろ何故それが免許より先に来ているのかというのはかなり構造上のミスを感じるが……そこで人類の半分以上が振り落とされてしまう以上、魔法少女志望の場合適正テストとしてやらせてみる事になっている。
俺の場合、その現場は隕石による火災現場の救命行為によるものだったが。
さてそこからが問題だ。
あなたはセンスがいいので、人間を守る力を与えましょうと言われて、全員が全員その通りに力を使う訳では無い。
もちろん倫理的な面もあるが、実は技量的な部分が大きい。というのも魔法少女というのは若い人間(さらに言うと俺以外は女性)がその大半を占めるからだ。
俺でも、と言うとかなり強く出てるが、要は制御が難しい。身体強化の魔法のせいで、変に力を入れてしまうと逆に自分の体を傷つけてしまう……等で済めばまだいい方。
街に被害が出るなど、世間の防衛装置である魔法少女にはあってはいけないのだ。
「この本前も読んだな……」
……などという一般論は流石にもう頭に叩き込んでいる。既に知っている知識を定期的にインプットするのは大事だが、かといってそんな頻繁に行うものでもないと思う。
と、持ち込みOKの筆記でバツを付けられるほど適当に仕事はしていない。早々に手持ち無沙汰になってしまった。
こんなに楽勝なのに今回少し渋っていたのは、なにも筆記含めてテストに不安があるからではない。
着せ替えイベントさえなければ、外に出ること自体は案外楽勝だったからだ。
では何が心配なのかというと、今いるここは要は魔法少女の巣窟。
アリスブルーという存在を知る人間が多すぎるからだ。
もちろん具体的な素性まで知っている人間は極わずか……今回の場にはいない可能性すらあるが。
不登校の生徒を見に来るような野次馬は絶対に居る。それを懸念していた。
そんなに知名度があるか? と言われると、ある。どちらかと言うと悪名の方が比率的には高い気もするが……
普段は何をしているのか分からない魔法少女。
と言うだけでもかなり臭いのに、その相方は知名度も人気も実力も高いフェニックスだ。
男女問わず人気の彼女とぺーぺーの魔法少女が行動を共にしていると、妬まれる事が実際あった。
と、まあ色々な事情もあり、今回はちょっとだけ変装してみた。
ぼーっと窓に映る自分を眺めてみる。
アリスブルーという名前は変身後の髪色から来ており、その変身後の姿から装備やらなんやらが外された姿となった今も同様だった。
が、今回はそのトレードマークさえなければ問題ないだろうと思い、変装魔法で黒髪に変えてみた。
ついでにメガネも。これに追加で髪でも結べば万全だろうと思ったが、俺には出来なかった。こうなるのであれば藍墨の髪で練習しておくんだったなと少し反省。
時間を置いてから改めて見ても、アリスブルーには見えない。これなら大丈夫。
「……?」
と、思っていると、何やら窓越し……と言うよりは、窓の反射を介してこちらを見ている人がいた。
「!」
目が合うと伏せられる。おそらくだが、間違いなくこちらを見ていた。こちらを見ているのと目の芯の部分が合うのではかなり行動のニュアンスが違う。
もう少しで休憩時間になるはずなので、暇があれば確認してみよう。俺に何か用があるのかもしれないし。
忘れないように頭のど真ん中に置いておいて、後で聞いてみる事にした。
「あの……何か?」
「あ、ごめんねジロジロ見ちゃって。始めてみる子だったから新人さんかなって思っちゃって……」
言われて気づく。ここに来るのが初めてということは、つまり実戦経験のない魔法少女であるという事。
実際この無駄な変装中の姿でも、アリスブルーの姿でも来たことがないのだからその読みは当たっている。事実だ。
特段嘘をつく必要もないが、しかしどうやっても嘘というか、綻びが生まれる。
初めてと言えば、既に活動している事は伏せなければならない。
初めてではないと言えば、活動していてもおかしくは無いが、当然、嘘を言っている。
1番最悪なのが、「ここに来るのは初めてですけど1年は働いてる……」などとうっかり口が滑った場合だ。そういう指示を受けているのだから仕方ないとは思う……
無免許魔法少女がどれ程のものかは分からないが、分からないが故にどういう目で見られるか分からない。
「……あ、はい。初めてです。」
「……本当? なんか今変な間が……」
「いえ、テストは受けてないけど1度来たような気もしたので……」
「あー、私も似たような感じ。社会科見学だったかな? それで1回来たけど、ああいうのはカウントしないよねぇ。」
ここって社会見学とか受け入れてるんだ……
言われてみるとたしかに小中と共に男女で別の見学先だった。詳しくは覚えていないが……
「筆記試験はどうだった? 見た感じ凄く余裕そうだったけど……」
「一応回答自体はすぐ終わりましたね。合っているかはさておき……」
「あっはは、まあ結果は分からないもんだよね。」
多分、向こうは気にして無いかもしれないが、めちゃくちゃ警戒が表に出てしまっているかもしれない。
それは好意による接触であったとしても、なんだか失礼な気がした。
だったら一旦それを払拭してからの方が、お互いのためになるだろう。
「あの……ところであなたは……?」
逆だ逆。こういう時は自分から名乗るのが礼儀だろう。
「あ、すみません。おれ……私は千月浅葱です。」
「あ……ごめん! 名乗ってなかったね!」
彼女はこちらに向き直った。
「私は紺野那由多。魔法少女アリスブルーだよ。」
「……は?」
……は?
紺野那由他:魔法少女アリスブルー……?




