13話
結局、施設の深部にいたため救出されたのは最後となった。
「さむいさむいさむいさむいさむいさむい……」
「はぁ……あんたも結構損な役回りね。」
「道覚える余裕なかった……さむい……ふるえが……」
急いでいたのもあるが覚えるつもりで歩いていなかったので、マイナス50度はあろうフロアをさまよっていた。
厄介だったのが一部の魔物は魔力からではなく水から作られていた。おそらくキチクネビクの討伐と同時に融解したソレの上を走り回ってるうちに服が水浸しになり、そのまま凍結……という、なんだか魔物にやられるより屈辱的な結果になってしまった。
「お、お姉ちゃん……大丈夫?」
「あ、あああ、あす、藍墨……!」
暖かい……これが人の持つ温かみか……!
「あぇっ!? つ、冷たい! ご、ごめんなさい心配かけて!」
「い、生きててよかった。お姉ちゃん心配で……」
強度は違うとはいえ、より危険な場所から救助された俺が無事だったんだから大丈夫だろうというアテはあったが、いざ姿を見ると安堵せずにはいられなかった。
「本当にごめんね……でも、冷たいから抱きつかないで! 心配かけたのはお互い様なんだよ!」
そこに関しては返す言葉もなかった。
「っていうか、お姉ちゃんって呼んでいいの?」
「……人前でだけにして。」
……待てよ。今俺自分から「お姉ちゃん」って口走ったか?
「……今回はお互い助けられた訳だけど、報告は比較的軽傷の私がやっておくわ。」
「ああ、ああああり、ありがとう。」
「唇まで真っ青よ。とりあえずこれ以上冷えないように温まっておきなさい。」
なぜこうも立ち直りが早いのか。考えるまでもなく本人の持つ属性だろう。
そんな不死鳥の代名詞を持つ彼女を凍らせる今回の魔物は中々に危険度が高く感じるが、俺のように魔力に依存しない戦い方をする魔法少女には討伐自体はあっさりと完了される辺り、やはりこの辺りのバランスというか、相性は露骨に出てしまう。
因みに俺は属性を特に持ってない。全員が全員そんな分かりやすい特徴や属性を持つわけではないのだ。
……
『というのが今回の報告です。』
「なるほど。ありがとうございます。」
『魔法少女の回復に協力したいので、少し早いですがここで通信を終わらせて頂いてもよろしいですか?』
「ええ、お願いします。今回は特にフェニックスの力が役に立つでしょう。」
『はい。では。』
紫煙妃。人材としての魔法少女の情報を全て管理する存在がわざわざ魔法少女の仕事の報告を直接受けているのには理由があった。
ひとつは彼女自身の希望。報告書という形にローカライズされたものではなく、魔法少女本人の口や文章等から、事の顛末による能力の把握でなく本人達の性格面も把握するのが目的。
もうひとつはアリスブルーの存在。
彼……彼女は今のところオリオンのトップシークレットだが、かといって貴重な人材を大事にしまいこんでいる訳にもいかない。
故に、紫煙の希望などなくとも、彼女が関わった事件は全て彼女に取り次ぐ事となっている。
「フェニックスの報告は分かりやすくて良いですね。……それに引替えアリスブルーはなんというか、こう。脈略を立てるのが苦手なんでしょうか……」
様々な人間と直で話す機会が多いだけに、相手の能力を把握するのは彼女の魔法と言っていい領域にあった。彼女曰く、アリスブルーはあまり会話が得意ではないが、それでもマシな方だそう。
「道具なしでの変身か……技術的に可能なのか?」
「有り得ません。 多少であれば生身でも魔法は使える者は居ますが……外部からのアシストがなければ、変身の前段階である装備の召喚の時点でつまづくかと。」
魔法を空で発動するのは、言うなれば暗算をするようなもの……と、魔法少女達は言う。
しかし、変身程の大掛かりな魔法を空で行うには、誰かが言ったが……地球の外に出すようなロケットの計算を暗算で行うようなもの……らしい。
変身魔法というのはその見た目の通り、かなり大規模な魔法だ。
分解していくと肉体の強化、装備の召喚、衣服と装備の交換、衣服の転送、武器の召喚……と、ここまでが共通のプロセスだ。
生身で行えるのはせいぜい肉体の強化ぐらいだろう。……魔法ではなく手で着替えるのであれば、衣服と装備の交換も可能ではあるが。
「どうした? 裏葉。」
「アリスちゃん本人が私に報告してきた事があったの思い出してね。」
「……聞きましょう。」
「要点は2つ……3つかな? フェニックスちゃんの道具を借りたけど、変身出来なかった。フェニックスちゃんはその道具で変身できた。その後、道具なしで変身した。」
紫煙は顔を微妙に、ビデオ通話越しでは分からない範囲でしかめる。
こういう翻訳が生まれるから、又聞きでの報告が彼女があまり受け入れない理由だった。
「……不調でない誰かの道具を借りても変身できないとなると……干渉が考えられますが。」
「干渉ってなんだっけ?」
「2つ以上の道具を持った状態での変身を阻止する安全装置です。が、アリスブルー本人が持っていないのであればまた別の理由でしょうね。」
考えれば自然な事だが、同じ魔法を同じ相手に同時に発動するというのは結構危険な行為だ。
破壊力が生まれるという危険性ではなく、単純に魔法が途中で止まってしまう可能性もある。
極端な話、片手だけ強化された挙句服が転送され、魔法少女装備が召喚出来ない。のような、中途半端にしか魔法が適用されない事もある。変身道具には、それを防ぐ機能が付いていた。
「アリスブルーの変身ログは?」
「昨日の今朝……変身解除させられた一件ですね。それ以降はありません。」
「となるとやはり変身はできていないんじゃないか……?」
「そうなると彼女は生身で極寒の空間を駆け回り、ロスト率いる魔物達とやりあい、勝利を収めた事になりますが……」
「化け物だな……そんな存在の方が信じられん。」
加えて、今朝フェニックスと共闘して倒した魔物もカウントされる。
魔物も命である以上、魔法以外の手段でも当然討伐自体は可能で、さらに言えば魔法を使わずに討伐してしまうと何か不具合があるという訳でもない。
しかし、純粋に魔力から生まれた生命体である以上、単純に非現実的極まりないのだ。
「……もう少し情報が欲しい。無手での変身はよそにはバレていないんだな?」
「はい。本人も見られるとマズい……という認識は元々でしょうが、とりあえずその認識はありました。なので、機能が備わっていない道具を使うように言っています。」
「私が渡したよ~。」
「……それがいいだろう。一般人には分からん。」
「それと……これは私個人の意見なのですが。」
「なんだ?」
「一時的に彼女を前線から外そうと思います。」




