12話
強化された体力と脚力で、警備員室からなるべく早く離れた。
変身が感知されるのかされないのか結局分からないままで、長居して藍墨達を危険に晒す訳にはいかない。
それにさっきよりも室温が下がっている。とてもじゃないが、あの部屋もいつまでも持つ保証がない。
自然と足に力がこもり、普段より急ぎ目で駆ける……が、俺の足はカメラで映っていた他の魔法少女や朱華の元には向いていなかった。
交戦が殆ど見れなかったため少ない情報しか得られなかったが、しかし得る物もあった。
確かにアレは無尽蔵に湧いているように見える。であればその源泉がどこかにあるはずなのだ。
例えば……倉庫の冷凍室とか。
今となってはフロアもそれと大差ない位に感じるが、氷の魔物であることを考えると、最初はそういった場所にしか存在できなかったはずだ。
「冷凍室、地下2階って言ってたな……」
フェニックスたちになくて、今の俺にあるもの。完璧ではないものの、このショッピングモールの大体の構造が頭に入っている点だ。細かい店舗など分からなくとも、何処か行きたい場所があるならそこだけをピックアップして覚える事など造作もない。
そして今は地上3階。フロアの構造も考えると、地下2階までは結構な距離があった。
……だが、それは一般人の導線の場合。
魔法少女には近道がある。多くはその身体能力と機動力を活かしたもので、度胸さえあればだいたい最短に近いルートを通れる。
「あった!」
目的地に一目散に飛び込み、宙を舞う。俺に飛行能力は無いので、やはり重力に掴まれるが……そのまま吹き抜けの部分から飛び降りて一気に2フロアのショートカット。
1階と地下1階の間の天窓になっている部分を破壊し、さらに1フロア。合計3フロアのショートカットとなり、残すところはあと1つ。
だが流石に地下2階は従業員用のフロアという事もあり、ここから先は近道は出来ないようだった。
「はぁ……行く手を阻んでるつもりなんだろうけど……道案内してくれてるようにしか見えないな。」
魔物は明らかに一方向から押し寄せてきている。その物量には目を見張るものがあるが、今回は俺の都合の良い方向に働いていた。
なんせ、俺の攻撃手段はほとんどが物理だ。
感知される物もないが故に、一方的にアドバンテージを取れる状況にある。
さらにこの状態でもまだ襲いかかってこない所を見ると、変身状態の維持や、身体強化などに使われている魔力程度では襲ってこない様子。
確かにバフの類は発動タイミング以外には魔力は動かないとはいえ、都合が良すぎるような気さえした。
「……まあ、いまは肖っておくか。」
邪魔になる魔物だけ切り伏せてから、発生源と思しき場所まで向かう。魔物の道はやはり地下2階の、さらに冷凍室に通じていた。
刀についた霜を袖で拭いながら、意外ではあったがそこに居ても不思議ではなかった人物に語りかける。
「……なるほどね。魔力を全部感知すれば有無を言わさずに制圧できるのに、感知する魔力に閾値が存在したのは、こうやって使役する人間がいるからか。」
数時間前殺した……というよりは塵にしたはずの敵対組織:ロストの幹部がそこにいた。
「後はお前だけだ。アリスブルー……!」
「ああ……お前か。名前は調べてもらったよ。キチクネビク。」
対立組織であり、魔法少女と同様に変身している彼女らも命名になにかの法則があるのだろうか?
キチクネビクとは、確か北米あたりの神話の生き物だったか。具体的にどういう逸話があるかは知らないが、とりあえず巨大な蛇だ。
そう言われてみると蛇の意匠がある……ヘビのような変温動物がこんな場所にいたら死ぬとは思うが。
「懲りないね、お前も。半日ぶり?」
「黙れ。」
八つ当たりのようにムチを振るう。避けるのに難儀はしないが、狭い空間である以上エリア取りを失敗し続けるといつか追い詰められてしまう。
回避と刀による迎撃を繰り返し、難なく攻撃を捌いた。
「魔法少女風情が……私達の邪魔をするな! お前もどうせ、弱者を助ける事に快感を見出しているだけだろう!」
「……違うよ。俺は俺が助けたい人しか助けない。弱い奴を助けた事はないな。」
「な……!」
「俺は、俺以外の強い人が最も強くあれる場所を守る為に居る。……ああ、お前がここで手を引くなら初めて"弱者"を助ける事になるかな。」
「……ふざけるな!」
あまり学習してないような攻撃が再度繰り返される。先ほどよりスピードこそあるものの、別に脅威には感じなかった。
「もう知ってるだろうが、今回の魔物は魔力を追いかける。圧倒的な物量の前にお前も潰れろ!」
「あんま意味ないと思うけど……気が済むまでやりなよ。」
……
「藍墨、それは?」
「カイロみたい。魔力で動くんだって。」
見た目的にはカイロというより、なんだかタブレット菓子の容器に見える。質感もあいまって、端末の方の意味のタブレットに近づいていた。
触ってみると確かに藍墨の手の温かみの残り香の奥に、人工的な温かみを感じる……が、その熱量はカイロというにはかなりお粗末な物に感じた。
「……コレ、何個か貰っても良いですか?」
「ああ。失敗作を災害用に使えって言われて余ってるくらいだっから、欲しい分だけ持っていっていいぞ。」
「ありがとうございます。貰います。」
……
懐に忍ばせていたソレを取り出し、その辺にいくつか投げ捨てると、予想通り、俺に迫ろうとしていた魔物はそちらに釣られた。
貰ったのは暖を取るためではなく、こいつの使役する魔物を対処するためだ。
「チッ、小賢しい真似を……!」
「どの口が言ってんだ……」
遮るものも無くなったので、とっとと終わらせようと切り払うと、手に伝わったのは氷を砕いた感覚でも、何かを切ったような感覚でもなく、金属同士がぶつかった衝撃。
同時に耳を劈くような音の衝撃に襲われる。自分でやっといてなんだが、狭いとこういう副産物的なダメージも生まれる。
一見すると手で攻撃を防いだように見えたが、そんなはずはない。よくよく見てみると何かを握っている事に気づいた。
形状がナイフ状である事以外に詳細は分からないが、何らかの魔法道具のようだ。
「……へぇ。いい物持ってるじゃん。」
「何も対策してないと思ったか? お前の攻撃はこれで私に届くことは無い。」
さらに数発叩き込むが、意外な反応速度で全て防がれた。ナイフの道具も思ったより頑丈で少し厄介だ。
「ああ、ちょっと舐めてたよ。悪かった。」
このままでは確かに刃は届かないだろう。
「私はこの環境に既に適応している。この状況で膠着すれば、もうお前に勝ちはない。」
確かにそうかもしれない。
意外な事に、身体能力と装備性能は拮抗していると言ってもいいだろう。
であれば……俺の体力がこの環境に削られる前に勝負を仕掛ける必要があった。
1回だけ、魔法を使う。
だが知っての通り、結構な量の魔物に囲まれている以上、ここで使えばいくら囮の道具があっても感知されて一巻の終わりだろう。
だが、その1回で大元を仕留められるならば話は別だ。
刀……いや、裏葉曰く長巻とされるそれを収める。
こうして納刀した時点で自動で発動する装備由来のものの為、もう後には引けない。
問題はここから10秒間、この環境で1歩も動けない事だ。
「はっ……無様だな。」
何体か魔物が破裂し、異常な冷気が俺の身体にまとわりつく。
既に毛先や服の裾などが若干凍りついて来ている……が、そんな事は重要じゃない。
今重要なのは、踏み込んでも届かない位置まで逃げられないようにする事。
最もこいつの場合、そんな程度のことになにか意識する必要はなかった。
「私がなんでこんなに回りくどい手段取るか分かるか? 人の自由を奪うのが心の底から好きだからだよ。」
みぞおちに強い衝撃が伝わる。
魔力で体が強化されてると言っても、俺のそれは防御特化ではないためちゃんとダメージがある。少しの間痛みで息が吸えなかった。
「ぐ……ぁ……!」
だが、彼女自身戦闘の殆どを使い魔に任せている以上、本体のスペックは俺ほどでは無いだろう。覚悟していた痛みよりは数段階レベルが低かった。
「か……はっ……性格悪けりゃ趣味も悪いな。お前。」
「今朝は確かここから変身されたんだっけな? 油断してる所を不意打ちなんて、随分良い性格じゃないか。」
顔を狙ったナイフの突きを上半身だけの最小限の動きで避ける。……ハズだったが、寒さによる感覚の麻痺と、運動能力の低下で少しだけ頬を切っていた。
「綺麗な顔に傷をつけるのは何にも変えられない快感だ……お前もそう思わないか?」
「……そこについては同意してもいい。悪かったな。趣味が悪いとか言って。」
お楽しみの所申し訳ないが……そろそろ10秒だ。
「……さて、謝った事だし、ここは寒いしお開きにするか。」
「は?」
オーダーメイドである俺の武器 《千鶴》は、主に納刀する事で効果を発揮する。
基本的には修復効果が最も恩恵を得ているが……納刀し10秒が経過した場合、その後抜刀から1秒の間攻撃力が増強される。
動かずに待たされるだけあり、単純な破壊力だけ見ても10秒待つ価値は十分ある。
あまりの威力に、剣圧だけでこの閉所から一瞬空気が無くなった。半開きだったドアが暴れ、冷気もそれに伴い出ていった為、冷凍室の冷房がものすごい勢いで稼働を再開した。
肝心のキチクネビクはというと、そんな威力の振りが直撃した訳で、ちょっと言葉では表現出来ないくらいの惨憺たる姿になっていた。
これだったら10秒フルでチャージしなくても良かったかもしれない。が、それはそれ。
「これだけで解決すればいいけど……」
とりあえず部屋に居た魔物は全部霧散したが、その冷気は未だに残っている。冷やす装置を止めたところで、それが齎した影響は直ぐには消えないのだろう。
となると少なくとも何名かは氷から救出した方がいい。
しかし問題として、俺には機動力がない。上から下へは重力という都合のいい乗り物が存在するが、下から上となると文字通り真逆だ。
とは言ってもそれでも行きより時間がかかるだけだ。根本は追い払ったので、特に急ぐ必要も無いだろう……
「……階段どこだっけ。」
このタイミングで言うのもなんだが、俺は道を覚えるのが得意ではなかったりする。




