11話
安全そうな場所を探してコソコソと動いている中、恐らくここの警備員と思しき人に呼び止められた。
そのまま警備室に案内され、事態が解決するまで隠れている事に……なったのはいいが、そこには想定外の人物が居た。
「あ、ありがとうございます。……あ、藍墨!?」
「えっ……なんでここに?」
兄である俺が見間違えるはずも無く、そこにいた人物は千月藍墨本人だ。
「こっちのセリフだよ。周りの人を頼れって言ったよな?」
「なんだ……知り合いか? アンタ、逃げ遅れじゃないよな。魔法少女か?」
「そんなところです。いざ自分が逃げる時にはもう扉が凍ってしまって……」
「あ、あの……お姉ちゃん……ごめんなさい。」
お姉ちゃん呼びは辞めろと……いや、人前だから仕方がないか……俺も我慢が出来ないわけではない。
恐る恐るといった具合で近寄ってくる藍墨は震えていた。流石の俺も寒さが原因ではない事が分かる。
「……いや、放っておいたのも悪かったよ。外までちゃんと連れて行くべきだったな。」
「姉妹か? 良かったな会えて。」
再開を祝われたはいいが、もっと細かい事を言うとこの人がまだここにいるのも変な話だった。
この施設の従業員、あるいは警備員であれば、避難指示が出ている事ぐらいは分かっているはずだが……
「あの……あなたは逃げないんですか?」
「俺? 俺は外に出ていいって指示出てないからなぁ……」
大丈夫かよこいつ。
「まあ、落ち着いた方がいいよ。コーヒーでも飲むか?」
「頂きますけども。」
「妹ちゃんはココアのおかわりは?」
「欲しいです!」
時間が経つにつれ徐々に冷凍室のような寒さになって言ったフロアを歩いていたばかりなので、とにかく熱が欲しかった。
時期外れのストーブにあやかりながら、かなり苦めのコーヒーを頂く。
とても真夏とは思えない光景だった。
「妹ちゃん足かどっか悪いのか? 壁に擦りながら歩いてたぞ。」
「ええ、まあ……去年の事故で、片足が少し。」
「仕事で仕方ないのは分かるが……ちゃんと見てやれよ。」
「そりゃ……自分の妹が一番可愛いに決まってるじゃないですか。」
「……立場上贔屓は出来ない、か。悪いな。変な事言って。」
当然、藍墨と朱華以外に優先するものもそうそうない。
普段であれば変身した際の機動力で、藍墨だけは安全な場所に連れて行ったりもしたが、今回は少し話が違った訳だ。
「さっきの話だけど、魔法少女がやられてここが魔物に壊されたら、俺は食いっぱぐれるから動じる必要が無いわけよ。」
「さっきって……ああ。」
なぜ逃げないのかと確かに聞いた。
それはあまり逃げない理由にはなってない気がするが、それでも言わんとせん事は分かる。
年齢は恐らく倍ぐらいあるため重みは違うだろうが、金を貰って働く立場である以上、その心配をするのはなにもおかしな話ではないと、俺も思う。
「命があればなんとかなるとは思いますがね。」
「魔法少女に言われると耳が痛いが……こりゃ結構分が悪いな。」
「何がです?」
「ほらこれ、生きてる監視カメラで外の様子が見える。」
警備員室の壁のモニター群は、確かによく見るといくつかは正常に動作していた。
さらにその中のいくつかは魔法少女達の戦いを捉えており、ここから様子が伺える。
「魔法でもなんでも使えばいいのになんでこんなになるかね?」
「いえ……多分使えないんです。」
「何?」
「この魔物、魔法を使うとそれに反応して攻撃して来るんです。さっきそれで怪我して……フェニックス?」
「ああ……どうした?」
モニターにはフェニックスが映っていた。
……が、映っているのはいいが、動きがない。
故障か? と思ったが、この手のカメラにあるタイムスタンプは動き続けている。魔物も動いている。つまり、フェニックスだけが動いていない。
よく目を凝らしてみると、カメラの画質で分からなかったが、フェニックスの体を薄い膜のようなものが覆っている。
「まさか……!」
「おい、どこへ行く?」
考えたくは無いが、追い詰められて一か八かで魔法を打ったはいいものの、感知されて氷漬けにされた……辺りだろうか。
「助けに行きます。大事な人なんです。」
「さっき命がどうこう言ってたやつのセリフじゃねえな。落ち着け。」
「止めないでください!」
「止めねえよ。ただ、何をどうするかは考えてからでも遅くは無いだろって話だ。魔法少女はあんなんでも死んでないんだろ?」
「それは……そうかもしれませんが。」
「お姉ちゃん……」
藍墨の声で扉にかけた手の力が緩む。
「……ま。俺も仕事は失いたくねえから、出来れば成功して欲しいわけよ。」
「警備員さん……」
言われて気づく。俺が守りたい人を守るのは自由だが、それ以前に、魔法少女には責任をもって守るべき存在がある。
「ここの警備楽だし。」
「警備員さん?」
……理由はともかく。言ってる事は当然だろう。
だがそのやり取りが、今まで漠然としか認識していなかった一般人が、なんだか身近なものに感じた。
残念ながら俺は一般的な魔法少女やヒーローが持ち合わせているような、博愛じみた責任感や義務感は持ち合わせていない。……が、今のように俺がちょっとでも繋がりを感じてしまうと、どうにも面倒を見たくなってしまう。これは魔法少女になる前からそうだ。
「……なら、責任持って守らないとですね。」
対策が無ければ監視カメラで映っている仲間と同じ結果になるのは目に見えている。
少しだけ、作戦を練ってから出る事にした……
「コーヒー、ありがとうございました。ええと……」
「柳だ。」
「柳田さん。もし本当に路頭に迷ったらうちに来てください。」
「……おうよ。」
「あと、ちょっとの間だけ妹をお願いします。」
「任せろ。戻ってこなかったら俺が貰うからな。」
「ふふっ。殺しますよ。」
道具があっても無くても今まで何度か変身に失敗している。道具無しで変身できる理由も、有りで変身できる理由も、どちらもその手の技術職が頭を抱える程の不具合で、当然の事だがそれを使うだけの俺に解決できるはずも無い。
しかし、守るべきものを再認識した今は、何故か失敗する気がしなかった。
「コード:変身。」
女物だが……俺が唯一信頼を置いている戦装束が、俺の呼び声に応えた。




