救援
「動くものを遠くから撃つのって、難しいのね」
モールの二階に設置されたテラスから下を覗きこんで私は呟く。
そこには点々とワーウルフの死体が転がっていた。そのどれもがピットクリフによって撃ち殺したもの。ただ、残念なことに、それぞれ一撃とはいかなかった。
一番ひどいのだと、倒すのに五発も費やしてしまったのだ。
「最初に腕に当たったのが良くなかったんだよね。それで敵の動きの軸がぶれちゃって。なんとか太ももを撃ち抜いて足止めしたから仕留められたけど……」
私は一番苦戦したワーウルフの死体を遠目に眺めながら、独り言を呟く。そして、ちらりと手にしたピットクリフをみる。ピットクリフに、訊きたいことがあるのだ。
ただ、また機密事項ですとぴしゃりと距離されるのが嫌で、なかなか声をかけられずにいた。
『橘カナエ』
「あ、うん。わかってる」
そんなタイミングでピットクリフが私の名を呼ぶ。
それに答えながら、私は右手に持ったピットクリフを自身の顔に掠めるように背後へと向けると、体を横に回転させ、後ろに倒れこみながら引き金を引く。
私の頭があったところを通り過ぎる何か。
それは背後に迫っていた敵のワーウルフの、爪による攻撃だった。
それをなんなくかわして、ワーウルフの額にピットクリフの銃撃を撃ち込む。
額を撃ち抜かれたワーウルフがそのまま衝撃で背後に倒れ込む。
それはくしくも、私とワーウルフが鏡越しに正反対の動きをしたかのようだった。
『お見事です、橘カナエ』
らしくない、ピットクリフからの称賛。
それで今なら訊けるかなと、私はおずおずとピットクリフへと質問をしてみる。
「ピットクリフ。あの、残りの弾ってどれくらいあるの?」
『残魔素量は34%となります』
出来れば何回撃てるのか訊きたかったのだが、まあいいかと思い直す。
少ししたらまたピットクリフに尋ねてみて、自分で計算しようと心に決める。
そんな噛み合わないやり取りをピットクリフとしているときだった。それまで聞こえなかった音がする。それは一種のモーター音のようだった。
「もしかして、ドローン?」
『救援のガンガールが現在敵性存在の集団と戦闘中です』
「あー」
撮影用のドローンをつれたガンガールが戦っているようだ。
こんな音をたててたらそれは耳のいい敵なら寄ってくるだろうなと納得する。
「ピットクリフ、その救援の人はすぐ来そうなの?」
『現在、苦戦中です』
「え、あー。そうなんだ」
『はい』
嫌な感じの沈黙。それでなんとなく察してしまう。
「あの、もしかして助けに行った方が良かったりする?」
『推定される橘カナエの戦闘データから算出しますと、救援のガンガールの生存確率は飛躍的に上昇します』
「あ──はい」
私は気に入ってきていたテラスの狙撃場所からしぶしぶ出ると、床の汚れを迂回して歩き始める。
『救援のガンガール──円上ルリの場所へのナビを──』
「あ、大丈夫。このドローンのうるさい音のところでしょ。わかるから」
私はピットクリフの案内をとめる。
会話の音を敵に聞かれると、せっかくの不意打ちのチャンスが減っちゃうと思ったのだ。
ただ、なんとなく急げと言われた気がして、私は足音を殺しながら小走りで向かうことにした。