継承と配信
私がピットクリフのグリップを握った瞬間、ピットクリフから機械音声が一気に流れ出す。
『仮継承者橘カナエの継承意思を確認』
『仮継承者橘カナエの適正判定開始。──適正を確認。橘カナエを本機ピットクリフの正式継承者として承認します』
手のひらに吸い付くようにピタリと収まったピットクリフのグリップ。
何故だか初めて握った気がしない。
『正式継承者の確定により、中断していた配信を再開します』
「──え、配信? 再開?」
『現座標周囲五百メートル内の全ての監視カメラへ干渉。戦闘配信スタートします』
「う、ふぁ……」
突然のことに、変な声が出てしまう。
そういえばたまにガンガールの戦闘配信が音声のない定点視点で配信されているものもあったなと、思い出す。
──ガンガールの戦闘って、全て配信するのが義務なんだっけ。え、こんなぼろぼろの姿が配信されちゃってるの……前髪無くなっちゃったのに……
しかし、悠長にデコだしに動揺している暇はなかった。
先ほど見えた敵性存在がすぐそこまで迫っていたのだ。
私は、ピットクリフから警告されるより先に、動き出す。
動くことで全身に感じる痛み。先ほどの交通事故の余波。しかし、それは動きを阻害するほどではなかった。
痛みを全て、意識の外へと押し出す。
そうして動き出したことで、開けた視界に一気に情報が流れ込んでくる。
──敵は一体。見た目は、──良かった。完全な人型じゃない。
基本的には、敵性存在は人に似ているほどに強いとされているのだ。宝来倫子を殺したタクシー運転手のように。
私が今、相対している敵性存在は、二足歩行をしていて、体は人間のようだが、頭部に、手や足は犬っぽかった。
『敵性存在、種別呼称ワーウルフの情報は必要でしょうか』
「え? そんなのいらないよ」
私は驚いて素のままピットクリフへと返事をしてしまう。
これから戦うのだ。
こうして見ていれば相手の情報なんて、いくらでも読み取れるのに、何でそんなことを聞かれたのか、一瞬、本気で不思議だった。
──あ、そうか。ガンガールによってはインテリジェンスガンの分析情報を共有して戦う人もいるのか。
私はワーウルフを観察しながら、回り込むように、ぐちゃぐちゃになった生け垣側へと走り込む。
──ワーウルフの瞳孔の動きをみるに、明らかに嗅覚と聴覚優位で情報を得ているみたい。あ、来る。
衣服をまとっていない細身ながら引き締まったワーウルフの体。そのため、そのワーウルフの筋肉の動きは、丸見えだったのだ。
筋肉が躍動する直前のさざめきで、簡単に次の動きがわかってしまう。
──服着てないとかって、すごい不利なんだ……
こうやって誰かが裸で戦うのを、直に目視するというのが初めてだったで、その情報量の多さに驚いてしまう。
それは、電車で次に誰が降りるか見てとるより何倍も簡単だった。