力と正義
『──覚醒を推奨します。覚醒を推奨します。覚醒を推奨します』
女性の声の機械音声が、何かを繰り返して告げている。
「──イタタタ」
その声に叩き起こされるように目を覚ますと、私はゆっくりと体を動かす。
──全身が痛いけど、動かないところは無さそう。この音声は? インテリジェンスガンの?
フラフラとしながら、手探りでシートベルトを外すと、衝突の衝撃でいつの間にかなくなっているドアのところからタクシーを降りる。
気がつけば、抱えたままのインテリジェンスガンから流れる機械音声が、変わっていた。
『橘カナエ。エマージェンシー継続。グリップを握り、引き金に指をかけることを推奨します』
「え、ガンガールしか、そんなことしちゃいけないんじゃ」
自然と私はピットクリフの声に返事をしていた。稼働しているインテリジェンスガンを、資格の無いものが構えちゃいけないのだ。
そうしている間にも、ようやくはっきりしてきた頭で、私は周囲を素早く確認する。
小心者の習い癖だった。
ひしゃげたタクシー。
折れた電柱。
ぐちゃぐちゃになった生け垣。
そして、衝突の衝撃でタクシーから飛び出してしまったのだろう、少し離れたところには、宝来倫子だったものも。
『特別規定により許諾されます。橘カナエは死亡した宝来倫子より識別呼称ピットクリフを仮継承しています。引き金に指を。エマージェンシー継続』
しつこく、構えることを薦めてくるピットクリフ。
前髪がなくなってしまったことで鮮明に見える世界で、ピットクリフのいうエマージェンシーとやらが、何かわかる。
──あれ。敵かな……
宝来倫子が死ぬ間際に言っていた、次の敵。
私のいる事故現場に、落ち着いた足取りで向かってくる人影があるのだ。
──じゃあ、いいんだよね? これを手にしても?
私は抱えていたインテリジェンスガン──ピットクリフのグリップをじっと見つめる。
蠱惑的で、優美な曲線を描く握り手。
それはまさに正義と力の象徴。
私から、最も程遠かった存在。
──本当に、いいんだよね?ピットクリフがいいって言ってるし……
襲われ、人の死を目の当たりにし、事故にもあった直後だというのに、私の中にあるのは力と正義を手にできるかもしれないという喜びと期待だけだった。
──だって、すぐそこに敵がいるんだから。
どくどくと興奮に高鳴る自身の心臓の鼓動。
手を、伸ばす。
そして私はピットクリフのグリップを、きつくきつく握りしめるのだった。