銃を突きつけられて
プシューと気の抜けた音をたてて開く、電車のドア。
私は自宅の最寄り駅から朝の電車に乗り込むと、伸びた前髪の隙間から車内をさっと見回す。
座席は全て埋まっていて、ちらほらと立っている人もいる。
小中高一貫の女子高へと向かうために乗る、いつもの時間の、いつもの車両。
──三駅先で一気に混むから、次の駅か、その次の駅で降りる人を……
私は一瞬のうちに、横並びの座席に座っていて、さらに次の駅で降りそうな人に当たりをつける。
乗り込んだ歩みを止めないようして、ドアのところから車両内を歩いて行く。
極力邪魔にならないようにリュックは前に抱えている。少し前屈み気味に小さくなりながら、誰からも注目されないように気をつけて、横並びの席のうちの一つへと向かう。
その座った人の座席の前の、つり革を手にして場所取りを完了すると、ほっと息を吐く。
──たぶん、ここで正解のはず。
改めて、視界をおおう前髪の隙間から、座席に横並びに座っている人たちを見ていく。もちろん、周囲から変に思われないよう細心の注意を払ってだ。
小学生の時から何年も、同じ時間の同じ車両に乗り続けてきた。そのお陰か、こうやって見ると、この車両に関してだけは、誰がいつ降りるか、なんとなくだけどわかるのだ。
──なんの特技もなくて、学校でもボッチな私の、これが唯一の取り柄ってとこかな。はぁ、このままずっと電車に乗っていられて、学校につかなきゃいいのに。
登校前の憂鬱な気持ちで電車に揺られながら、車内の壁に映ったサイネージ広告をぼんやり眺める。サイネージには、銃を持った華やかな女性達が、軽やかに敵を倒していく配信動画が流れていく。
──あ、新しいインテリジェンスガンがロールアップされたんだ。契約するガンガールを公開募集かー。学校ついたらきっとその話題で持ちきり、なんだろうな。はぁ……
教室でポツンと座った私の回りで、皆が楽しそうに話している姿が容易に想像できてしまい、学校に行きたくない憂鬱な気分が上乗せされていく。
そうしているうちに、電車が減速を始めた。
それに合わせて、目の前に座る人がピクッと姿勢をかえる。
駅で電車を降りようとする直前に、座った人間がとる特有の姿勢。
──よしっ。今日もビンゴ。
電車が停車し、ドアが開く。
目の前の席の人が立ち上がり、ドアに向かう。それを邪魔しないように、私は体をずらすと少しだけ嬉しい気分になりながら目の前の空いた席に座ろうと、一歩、踏み出す。
その時だった。
開いたドアから早足で乗り込んでくる女性がいた。
座ろうと椅子に背を向けた私の目の前に、その女性がくる。
何かを片手で取り出し、それを私の顔に突き付けながら、その女性が颯爽と立ち止まる。
「はーい、ストップストップ。えっと、橘カナエさん、ね。貴女には敵性存在の疑いがかかっています。大人しく同行してくれるかしら?」
「──い、インテリジェンス、ガン? え、ガン、ガール?」
座りかけの姿勢のままピタリと動きを止めて、私はバカみたいにアワアワしてしまう。額に突き付けられたものを寄り目になって改めて確認する。サイネージ広告に映っているものと、それは全く同じだった。
──やっぱりインテリジェンスガン、だ。私が敵性存在? そんな、どうして……
「あら、大人しくてとても素晴らしいわ。大丈夫よ、とりあえずはまだ、疑いだからね。まずは電車を降りましょうか。はい、こっちよ」
目の前の、自信満々で、配信動画で見るよりもいっそう綺麗な、銃を手にした女性。
彼女は有名人だった。
私でも配信で見て知っている伝説的なガンガール、宝来倫子。
史上最年少で敵性存在の最多撃破数を叩き出して以来、ガンガールの中で常にトップランクで活躍を続けている存在。
彼女の持つ、拳銃型のインテリジェンスガンとともに、その姿は配信で常に注目の的だった。
そんな雲の上の存在の宝来倫子に言われるがまま、私は電車を降りる。
法と正義の象徴たるガンガール。さらには超有名人。
そんな相手に逆らおうなんて気持ちは、小心で陰キャな私には、これっぽっちも起きない。
不自然に長い時間、開いたままの電車のドアを私たちが通る。
たぶん、宝来倫子のインテリジェンスガンが電車のシステムに干渉して、私たちが降りるまで電車を止めて、ドアを閉まらないようにしていたのだろう。
私たちが電車を降りたことで、プシューと気の抜けた音をたて、背後でしまる電車のドア。それは、まるで私の平凡な日常の終わりを、告げているかのようだった。