メロンパン
【この作品を読む時の注意点】
・なんちゃって異世界トリップモノ
・パンがメイン
・異世界は異世界だけど、イメージ的には19世紀のヨーロッパ
・訪れる客は毎回変わるけど、常連の人は出てくるかも?
ルルー・フォン・トゥルヴィオンは、オルレイン王国に存在する名門貴族の頂点に君臨する一族.......トゥルヴィオン家の末娘である。
トゥルヴィオン公爵家は、オルレイン王国の先々代の王こと、ジャン・ポワール・オルレインの王弟である、ルイ・フォン・トゥルヴィオンが独立したことにより、誕生した。
そのため、トゥルヴィオン家は貴族の頂点とも言える爵位、公爵の称号をもっており、その影響力は王家に次ぐものとされている。
そんな一族の下に生まれたルルーは、幼いながらにその影響力を理解しつつ育った。
ルルーには兄が一人、姉が二人おり、兄はトゥルヴィオン家の跡取りとして育てられた一方、ルルーは姉二人と共に公爵家の令嬢として相応しい教育を受けていた。
しかし......当のルルーにとって、その教育は苦痛以外の何でもなかったのか、トゥルヴィオン家の考える『素敵なレディ』という考え方に対し、いつも反発していた。
その結果、ルルーは男装しては屋敷を抜け出すことがしばしばあった。
彼女が行く先は、決まって王都ヴァリにあるカフェで、ルルーはいつもそこでコーヒーを飲んでいた。
ところがある日、いつものようにルルーがそのカフェに行くと、臨時休業になっていたため、どうしたものかと思っている時.......ルルーの視線の先にあったのは、見たことのない店だった。
「こんな店.....あったっけ?」
その店は、ルルーがよく使っている言語とは全く別の言葉で書かれた看板が掲げられているだけではなく、クリーム色の漆喰の壁に、職人ならば唸るほどの上品なガラス窓がついていて、一言で言うならば、一風変わった店であった。
そんな店にルルーが興味を抱かないはずもなく.....彼女は店に近づくと、窓から店内を覗き込んだ。
店内には、木の籠に入れられたパンが所狭しと置かれていたものの、そのパンは全て色も形も違うものばかりで、店内を見たルルーの興味はますます湧くのだった。
「.......入ってみようかな?」
意を決して、店の中に入るルルー。
店の中は、思わず食欲をそそるパンの匂いが充満していて、そのパンの匂いを嗅いだルルーは、目を丸くした。
「いらっしゃいませ!!」
そんなルルーに対し、声を掛けたのは......オレンジ色のエプロンを腰を纏った女性の店主であった。
「あ、えっと......ここは?」
ルルーがそう尋ねると、店主はニッコリと笑い、こう言った。
「ここは大麦ベーカリーというパン屋です!!」
パン屋と聞き、目を見開くルルー。
何せ、このパン屋はルルーの暮らす世界のパン屋と違って、個性豊かなパンがあるのだから、無理はなかった。
「パン屋.......」
しかしながら、好奇心の方が勝ってしまったのか、ルルーは店内をくるりと見渡した後、こう呟いた。
「それじゃあ.......一個だけでも買おうかな?」
その言葉を聞いた店主はニコリと笑うと
「ありがとうございます」
ルルーに向けてそう言った後、こうも言った。
「あと、パンを取る時はトレーとトングを使ってくださいね」
トレーとトングという聞き慣れない単語に対し、首を傾げるルルー。
そんな彼女に対し.......店主は、トレーがパンを置く板、トングがパンを掴む道具だと説明したところ、ルルーは驚いた顔になりながらも、興味津々な様子でトレーとトングを手に取った。
そんなわけで、店内でパンを買うことになったルルーだったが......何せ、店で売られているパンの種類があまりにも多く、あまりにも魅力的なため、ルルーはどのパンにしようか迷っていた。
「どれにしようかな....」
トングをカチカチと鳴らしながら、一つ一つのパンを見ていくルルー。
ちょうどその時、ルルーの目に映ったのは..........ムロンに似た姿のパンで、元々ルムロンが好きだったルルーは、そのパンに惹かれたのか.....そのパンを、メロンパンをトングで掴んだ後、トレーに乗せた。
「ねぇ、これを買いたいのだけど」
ルルーがそう言うと、店主は
「お会計ですね、かしこまりました」
と言った後、ルルーをレジのところまで案内した。
そして.......会計を済ませた後、店主はメロンパンを袋に入れ、ルルーに手渡した。
「ありがとうございました」
店を出たルルーに対し、店主はそう言うと、ペコリと頭を下げた後、彼女に向けて右手を振った。
そんな女性を見たルルーは、恥ずかしそうに手を振り返した後、メロンパン入りの袋を持ち、お気に入りの公園へ向かった。
公園に向かう途中、ルルーは時々香るメロンパンの匂いを嗅ぐと、自然と頬が緩んだのか、ニヤニヤと笑っていたのだが、すぐ我に返り、元の顔に戻すものの......足取りは軽やかになっていた。
そして、公園のベンチに座ると......待ってましたとばかりに袋を開け、メロンパンを取り出した。
「......美味しそう」
メロンパンの目を前にして、うっとりとした様子でそう言うルルー。
そして...満を辞して、そのメロンパンを一口食べた。
その瞬間、ルルーの口の中に衝撃が走った。
「何これ!?美味しい!!」
ルルー自身、何故、メロンパンがルムロンのような見た目になっているのかが気になっていた。
だが、その謎はメロンパンを食べた瞬間に解明された。
そう、ルムロンのようにデコボコしたところの正体は、サックリとしたバター香るクッキー生地だったのだ!!
「クッキーをパンの生地にするなんて......贅沢なパンね」
そう呟いた後、もう一口食べるルルー。
メロンパンを一口食べ、噛み締めるたびに、クッキー生地とパン生地の甘みと香りが口いっぱいに広がるものの、このパンにはルムロンの風味は無い。
しかし、それでもルルーはこのパンを食べ続け......あっという間に、メロンパンを食べ終えてしまうのだった。
「しまった!?一瞬で食べ終えちゃった....」
いつの間にか食べ終えてしまったことに対し、後悔を滲ませながらそう言うルルー。
それと同時に、ルルーの中でまた食べたいという欲が出来たのか.........こう呟いた。
「......またあの店に行こうかな?」
今のところ、あのパン屋に行っているのはルルーだけ。
そう思うと、ルルーは自分だけの秘密を見つけたような気分になったのか、フフッと微笑んだ。
そして、背伸びしてベンチから立ち上がると、怒られるのを覚悟の上で、屋敷へと帰って行った。
後に、彼女が大麦ベーカリーの常連となったのは、言うまでもない。
今回はここまで