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第7話:本当の祈りの舞台

「真東の荘園……?」


 それは今回分譲予定の荘園地域の一角だった。

 バジュラムが出現した場所であり、薙ぎ倒され、炭化したジャイアント・シダーの巨木が散乱し、地面まで焼かれた土地だ。区画の中ではジャイアント・シダーを斬り倒す苦労こそないものの地面は溶け固まった溶岩と炭化した土になっており、地下資源採掘も遺跡発掘の見通しも立たない最も人気のない土地だった。

 なぜそんな土地をこの妖精族の女が欲しがるのか? マラクはどうにも理解出来ず説明を求めるようにバレンシアを見たが彼女も腕組みをして首を傾げている始末だった。


「なぜ、あのような場所を欲しがるのかね? ある意味、呪われた場所だとは思わぬかね?」

「ふふふ。呪われているのは、あの場所ではなく、こちらではないですかぁ?」

「なに?」


 ベルが手で示した場所は城壁内の市街地だった。


「精霊の腐臭が漂っていて……怒りの精霊が満ちあふれていますよぉ……ふふふふ」


 腐臭が漂い怒りの精霊が満ちあふれているというクセにクスクスと笑って見せるベルに、マラクは底知れない恐ろしさと狂気じみたものを感じて思わずたじろいだ。


「別に私利私欲で欲しがっているわけではありませんのよぉ。ちょっと……新たな精霊殿が必要かなぁ……って思ったんですわぁ。ふふふふ」

「しかし精霊殿は街中にまだ……」

「あんなものに……価値はありませんのよ」


 あんなものに価値はないと言われマラクはムッときた。

 中央の聖地精霊殿こそ焼かれて失われたが、城内の各所にはクラウツェン装飾技術の粋を集めた集大成的な精霊殿がまだまだ多数作られている。それに価値がないということに納得がいかなかった。

 反論しようとしたマラクの前に小麦の袋を担いだネビルが出てきた。


「ちょいとすまんな。相棒は言葉が足らないと昔から言われていてな。ふんわりとした物腰はいいんだが、時としてなにを言ってんだか分からないことが多々ある」

「まぁ、失礼なぁ」


 ネビルの褒めてんだか貶してんだか分からない物言いに、ベルはプンとして横を向いた。

だが、ネビルは気にした風もなく言葉を続けた。


「だが、コイツは他の魔術師と違う視点を持っていて、感じられないものを見聞きすることができる。精霊声とかな」

「その娘がエヴァンゲリストだとでも言うのか? しかし……」


 エヴァンゲリスト――伝導師とは、一般の人間が理解できない精霊の声を理解し、伝え導く能力を持った人間のことだった。より深く精霊の言葉を聞くためには儀式が必要であり、精霊の求める賛美歌などを捧げる必要がある。そのため歌を捧げる者がディーヴァとなる。

 しかし、精霊が生存するために必要だから産み出しているエーテルを魔術師は利用して魔法を使う。エヴァンゲリストはそれを不敬と思うが故に魔術を忌避する。つまり、魔術師が精霊の声を聞くことはできないというのが通説だった。


「コイツの精霊との交流能力は持って産まれたギフトだ。だからこんな浮世離れした話し方をしちまう」

「それもまた失礼なぁ。ぷんぷん」

「とまあ……こんな感じだが、言ってる内容についちゃ俺が保証する。コイツの言うことに間違いはねえ」


 白面鬼にそう保証されてはその能力に疑いを持つということは失礼過ぎるものだった。

 売り出してもほぼ売れ残ることが確定している土地であり、そこに精霊殿を建てるということであれば問題はないように思えた。


「精霊殿を建てるというのであれば良いでしょう。しかし、それ以外の目的での利用は認めませんがよろしいか?」

「はい。結構です。ふふふふふ」


 嬉しそうに何やら思案しはじめたベルの姿に不安を感じたが、マラクは見張りをつけることもせず、そのまま馬車に乗ってその場を後にした。


「さあ、アルフィン、ユクシー。手伝ってくださいねぇ。うふふふ」

「まあ、構わないけど」


 なんとなく不安も感じたが、二人に否やはなかった。

 分譲されている荘園地はかなり広大な場所だった。約二三エーカー(東京ドーム約二個分)の面積であり、これが畑なら相当耕し甲斐のある場所になるのだろうが、そのすべてが焼き払われて炭と化していた。


「地面はガチガチだ……。そこ、足を切るから気をつけた方がいいよ」


 ユクシーが溶岩が冷え固まった地面を注意深く観察しながら先導し、危なっかしい足取りのアルフィンとベルの手を取って支えた。

 それはかつて土だった物や岩だった物。あるいは魔物や樹木だった物が混じり合い、溶け固まった真っ黒で荒涼とした世界だった。


「どれだけの温度だったんだろう? ここ……土がガラスみたくなってるわ」

「こうして見ると……バジュラムと戦って生きていたことが奇蹟に思えるな……」

「そうだね……」

「特にお前とネビルな」

「な、なんでよ!?」

「あの怪物に肉弾戦を挑むだなんて、頭のネジが二、三本飛んでる程度の話じゃないぞ!」

「分かってるよぉ。反省してるって……」


 まだそれを言うかとアルフィンは口を尖らせたが、どれほど言っても養父同様に無鉄砲極まりなく行動して言うことを聞かないのだから、ユクシーでなくとも何度でも事あるごとに説教したくなるというものだった。


「そういうユクシーだってアイオライトと戦ったり無茶しまくってるじゃない?」

「俺は……死なないから大丈夫」

「そう言って父さんも死んだんだから、気をつけてよね」

「分かってるよ……」


 アルフィンが父さんと言った後、遠い目をしてジャイアント・シダーの森を見つめた。

 森からあふれ出た魔物たちの奔流から、自分たちを守ってエスパダの中で亡くなった実の父親のことを思い出したのだろうことは、ユクシーにも分かった。


「お父さんのことを思い出していたの?」

「まぁ……ね。とは言っても、父さんの思い出の姿って、ほぼエスパダなのよね……。六歳だったもの……仕方ないわ」

「すまないね……。お父さんの形見を乱暴に扱ってて」

「フォートレスだもの、傷つくのは当たり前でしょ。なに気にしてるのよ」

「まぁね……」

「色々弄ってるし、もうユクシーのエスパダでしょ。それでいいのよ」

「そっか……」

「二人とも、置いて行っちゃいますよぉ~」


 いつの間にかベルが先に進んでいたため、二人はあわてて彼女の後を追った。


「この辺……ですかねぇ……」


 そうベルが指し示した場所は、荘園地の最奥のジャイアント・シダーの森に接する際のような場所だった。

 そこからは別の魔術師たちの協力が必要だった。

 ユクシーとアルフィンが伝令に走り、大勢の魔術師たちがかき集められた。

 土系魔術師たちがストーン・ウォールを駆使して地面を切り出し舞台をせり上げ、巨大な柱を立ち上がらせる。それは溶岩石だけで造られた素朴で荒削りな舞台だった。

 次に風系の魔術師たちと水系の魔術師たちが岩を削り、磨いてゆく。

 瞬く間に舞台は仕上がっていった。


「あんなものを精霊殿とでも言うのか……」


 遠目にその作業を観察していたマラクは、煌びやかな装飾が施されている自分たちの精霊殿と見比べ、その落差にため息しか出てこなかった。

 比べようもないほどの違いに、未だに精霊に対する不敬さしか感じずにはいられない。

 だが魔術師たちはベルの指示に従い真剣な面持ちで舞台を造りつつある。


 そして、ベルの精霊殿はわずか二日で造り出された。


 精霊殿の完成を祝ってディーヴァが来ると聞きつけた民衆は、遠巻きに新たに造られた無骨な精霊殿の周りに集まった。

 すでに舞台裾にはバジュラムによる死を免れたクラウツェンのディーヴァたちが、横列を作って並んでいた。プリマを演じられるようなディーヴァはあの惨劇で死亡しており、揃っているのは若く幼い見習たちばかり。

 これは大して期待できない。

 観衆はガッカリした面持ちで舞台に火が灯されるのを半ば義務的に待っていた。

 夕刻。傾いた陽射しが真西から舞台に差し込んだ時、そこに独りのディーヴァが舞い降りた。

 舞台上は水系魔術師たちが振りまく水蒸気で白く霞んでいた。そこでパチパチと火花が爆ぜた後、突如としてディーヴァが出現したのであるから、観衆からどよめきが起こった。

 長い髪と白い薄絹を振り乱し、広い舞台で激しい踊りを魅せはじめたディーヴァは、大願成就や実りを祝福とするディーヴァ・シーヴェルだった。そして、舞台袖の幼いディーヴァたちがコーラスを奏でる中で歌い出したのは、歌声は当代随一とされるケープ・シェルのディーヴァ・アレンシアだった。

 二人の歌姫の共演に観衆は目を奪われた。

 それだけじゃない。舞台に立ち込めていた霞はそこから流れだし、観客たちの周りも包みはじめた。

 風系魔術師が摩擦火を空中に放ち、さらに炎系魔術師が大気中で火花を爆ぜさせる。

 土系魔術師と水系魔術師たちの祈りが植物を這わせ、溶岩だけだった真っ黒な石柱の表面には、いつの間にかびっしりと緑の苔が葉を茂らせていた。

 そのディーヴァたちの官能と幻想が混じった歌声に、そして魔術師たちの祈りになにかが応えていた。

 観衆に混じっていたエヴァンゲリストたちはその声を聴き、涙を流しながらその場に膝を突き、集まった精霊たちに祈りを捧げた。

 簡素で粗末でしかなかった舞台は、苔や蔦が茂り、今や緑の生きた精霊殿と化したのだった。


「これは……私の方が……不敬であったか……。お許しくだされ」


 参列していたマラクは集まった精霊たちに感謝の祈りを捧げながら、懺悔をもらした。

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