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第6話:交渉

分かりづらい部分があったため加筆修正しました。

 執務室でマラクは頭を抱えていた。

 なぜこうなったのか、と――

 前首長の下で外務長官をしていたとはいえど、マラクは単なる御用聞きであり、首長の言葉を外に伝え、外の言葉を首長に伝えるだけのパイプ役だった。そんな役回りを演じて首長の仕事ぶりを見ていたからこそ自分の実力を過信することもなく、ただの御用聞きとしての立場に甘んじてきた。

 しかし、三ヶ月前にすべてが変わった。

 前首長をはじめとする主要な官僚がみなバジュラムの手にかかり亡くなってしまった。いや、亡くなったという言い方は正しくはない。消滅してしまった。亡骸は灰すら残らず、祭壇諸共消滅したのだ。

 所用のためにあの祭儀の場に居合わせなかったマラクは難を逃れた。しかしその後に待ち受けていることを考えたら、それが幸運とは言いがたかった。

 官僚のすべてが失われたに等しく、行政が立ちゆかない状況の中で最上位の官位を持っていたマラクが臨時首長に推されてしまったのだ。

 降って湧いたようなこの悪運を幸運と言う者もいるだろう。だが、現実は最悪な状況の責任者を押し付けられただけにすぎない。

 住民たちからは安全と住居を要求され、商人たちからは商売の自由を要求される。気づけば生活物資が欠乏し、食品価格が暴騰し続ける有り様だった。経済のコントロールを失った市場は混乱を極めた。

 高騰する価格に強盗が頻発し、商人からは取り締まりが要求される。そのために市場への出入りを厳格にした。足りない物資を補うためやむを得ずエタニア帝国からの大量輸入にも許可を出した。すると今度はエタニアが不当に物価を下げようとしていると国内の商人たちから突き上げがくる。

 ただの御用聞きでしかなかったマラクには、もうどうすることもできず頭を抱えるしかなかった。


「申し上げます! 緊急事態です!」

「なんだ? 申してみよ」


 執務室のドアの向こうから、取次が声をかけてきた。許可の声に失礼しますと言ってから部屋に入ってきた取次は、とても慌てた様子だった。


「ケープ・シェルの商隊が、勝手に南門駐機場脇の道筋で店を開いております!」

「なんだとっ!」


 また頭の痛いことをする奴が現れたとマラクは渋面を作りしばし考え込んだ。


「馬車を回せ! 直々に詰問する!」

「はっ!」


 マラクは威厳を取り繕うように煌びやかな外套をまとい、執務室を後にした。

 馬車に乗り南門に向かう道筋を走らせると、多くの人々が馬車と同じ方向に小走りに走って行くのが見えた。

 そして南門を出たマラクが見たものは、道端や駐機場の空きスペースに座り込み、流民のごとく食べ物を貪り食べている人々の群れだった。


「これは……いったい……」


 二〇隻近いドラグーンが駐機場に並び、それぞれの船で商会旗がはためいていた。その中に見知った船――バリシュがあり、この問題の元凶とも言えるカダス商会の商会旗がはためいているのが見えた。


「この商隊の責任者はどこか!?」


 馬車を降りたマラクは声を荒げながら叫んだ。

 するとすぐそばの屋台で焼いた肉を売っていた娘――バレンシアが、粗末な衣服を着た子どもに肉の刺さった櫛を手渡しながら返事をした。


「私だよ! カダス商会のバレンシアだ」

「貴様、誰の許可を得てここで店を出しているか!?」

「ん? 駐機場の管理官の許可は得たし、市場の出店料もちゃんと払っているよ」


 マラクの馬車を見てあわてて飛んできた女性管理官は、オロオロしつつも首をカクカクと何度も上下させて頷いた。


「ほぅら許可は得た。文句はないだろ? こっちは忙しいのさ!」

「許可を得たのなら、なぜ市場で商売をせんのか!?」

「はぁん? あんな場所で商売になるわけないさね。市場に門をつけて入場制限をするなんてバカげてるよ!」

「貴様ら商人と商品を守るためにしたことだろうが!」

「違うね! あんたら行政の怠慢を形にしただけさ。ちゃんと価格統制を図っていれば、こんなことにはならなかったのさ。餓えて物が買いたくても高くて買えないから盗みをする! 税金ちょろまかすだけが生きがいの行政官なんざいる意味がないのさ!」

「このあばずれが……」


 マラクが怒気に顔を真っ赤にした時、静かな脅し文句が肉を焼く屋台から飛んできた。


「それ以上ウチのお嬢をバカにしてみろ。魔窟のハーバートが鍛えた刃を味わうことになるよ」


 それは肉を焼くトングを右手に持ちつつ、左手で投げナイフを弄ぶバネッサの声だった。


「あんた、気づかないかもしれないが、あたしの間合いに入ってんだよ。試して見るかい?」

「ふはははははっ! 首長も現場に出ればただのオッサンだなぁ」


 そう笑いながら現れたのは体格のいい人族の男性。左腕を鈍色の金属パーツ――レリクス・アーマーで覆った男だった。


「豪腕のアロテウス……。お前がなぜ……」

「はっはっは……。ちょいと小遣い稼ぎにクイントス商会の護衛としてついてきたのさ。面白い話しになっていたからなぁ」

「なんだと……」

「こちらのお嬢さんが、商人として最低限の仁義を持ってクラウツェンの民を救おうとケープ・シェルの商会に声をかけまくったのさ。難民に寄付しようなんて偽善なら、誰もが協力はしなかっただろうさ。だが、商人として適正価格で物を売ることで、その後に起こるであろう反乱を阻止しようと説いたんだ。こりゃ燃えるぜ? あぁん?」

「反乱……だと!? いったい……いったいどういうことだ!?」


 マラクはあわてて周りいる民たちを見回した。

 先ほどまで道端に座り楽しげに談笑しながら食事をしていた者たちは、黙ってマラクに冷たい視線を向けていた。その目には冷たさだけではなく、憎しみも入り交じっていた。


「簡単な話だ。俺があんたの首根っこを掴んでひっくくり、そこに首だけ出して埋めたとしよう。片方にノコギリを置き、もう片方にスコップを置く。あんたを許したい人間はひとすくい土を掘り、憎い人間はノコギリを引く。どっちが多いだろうなぁ? あぁん?」


 恐ろしい拷問風景を脳裏に描き、マラクは身震いして一歩退いた。

 こんな眼差しを自分に向けるクラウツェンの民たちが、その選択を突きつけられた時、どちらを取るか想像できたからだ。


「脅しはそこまででいいよ。実際、反乱が起きるかどうかなんか分からない。だけど、帝国のやりたいようにクラウツェンを操られちゃケープ・シェルの商人たちは困るのさ。北原に抜ける道がなくなっちまうからね」

「帝国が……我が国を操る……だと?」

「このまま帝国に価格操作されたら、遅かれ速かれそうなるだろうね」

「それは……」


 安値で食糧を供給してくれる帝国は、事あるごとに皇帝陛下のご温情を伝えてくる。クラウツェンの行政府がこの体たらくでは、民は皇帝の温情にすがりつきたくもなるだろう。


「帝国が私を退けて傀儡政権を作るというのか……?」

「そのつもりがあるように見えたのさ。だから私らはそれを阻止しようとした。ただそれだけだ。餓えてる人を放っておくのも忍びなかったしね」

「この程度の船団では一時の飢えしか満たせ……」

「誰がこれだけしかこないって言った? 船団は次も来るし陸路からも来る。去年のケープ・シェルの収穫は豊作で余剰もあり、今年の見通しも明るいそうだよ。だから輸入は継続的に行われる。あとはあんたが帝国の輸入締め上げをすれば良いだけさ」

「それは……」


 なにか言おうとしたマラクをバレンシアは手で制した。


「まぁなにもしなくても帝国もバカじゃない。価格競争ではどう考えても輸送費コストでケープ・シェルにはかなわないからね。まぁ、あんたが甘んじて帝国の足がかりになるって言うのなら、話は別さ」


 バレンシアの説明にまだ納得できないというようにマラクは頭を振った。


「クラウツェンが……帝国の大陸制覇の足がかりにされるというのか? だがケープ・シェルとて帝国によって作られた植民都市ではないか!?」

「まぁ半世紀もほったらかしになっている上に、バジュラムが襲ってくるというのに援軍すらよこさない宗主国に従うバカがいるかって話しよね。あんたがどっちにつくかは好きにすりゃいい。だけど、この店を畳めというのなら、たぶん民衆があんたを袋だたきにするさね」

「はっはっはっはっ! それは確かな話だな。俺が保証しよう。今日の飯を食わせてくれない首長など首長の資格がないからな!」

「くっ……」


 痛いところを突かれてマラクは深いため息をついた。

 しかし食事を続ける民衆を見てマラクは頷き、バレンシアを見た。


「許可しよう。私がおろかだった。店を続けてくれ……」


 黙って成り行きを聞いていた民衆はワッと歓声を上げた。

 それに勢いづけられたバネッサが盛大に油を注ぎ、火を焚き上げた。


「ほら、張り切って焼いていくよ!」


 後に、この時の功績を讃えて、ケープ・シェルとクラウツェンを結ぶこの街道に、バレンシアの名前がつけられることになる。もっとも、そんな大それたことになるとは、本人は知るよしもなかった。


「あはん。首長さまぁ。お願いがありますのぉ……」


 馬車に乗って帰ろうとしたマラクの背中にベルがそう声をかけて呼び止めた。


「私に……? どんな願いだね?」


 呼び止めたベルがバレンシアの中まであることを知っているマラクは、少し警戒しつつ彼女の願いを訊ねた。


「真東の荘園をわけてくださらない? ふふふふ……」

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