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第3話:人狼

 物価が高すぎて店でまともな食事もできないことが分かっていたため、バレンシアたちは宿に大きめの部屋を取り、そこで待ち合わせをすることにしていた。

 正門から続く表通りに面した三階にある部屋を取り、バレンシアはそのバルコニーの手すりにオレンジ色の布を巻き付けた。その間にランディは天井裏などをチェックし、ボブはブリーズ・フィールドという魔法を部屋に張った。


「なんの魔法?」

「音の流れを制御する魔法なのだ。これの範囲内で話していることは外に漏れないのだ。外の音も聞こえなくなるのだけどね」

「盗聴防止には最適ね」

「ランディ。あんたは戸口に立って見張りを頼むよ」

「承知でさー」

「なにかあったら、その椅子を蹴り飛ばして動きで教えな!」

「任せてくだせえ!」


 そんな会話をしている間に部屋のドアをノックする音が響いた。

 ランディはドア脇に寄り、懐に手を差し込みながら小声で質問した。


「どちらさんで?」

「俺だ。ユクシーだ」


 ランディはドア・チェーンをかけたままドアを開き、そこにいるのがユクシーと確認してから再びドアを閉め、ドア・チェーンをはずしてドアを開いた。


「もう少し合い言葉的なものを考えた方がいいか?」

「面倒だ。お互い声くらい分かるだろ?」


 薄汚れ、疲れた様子のユクシーはぶっきら棒な調子でそう応じてから、バレンシアの招きに応じて部屋の奥に入り込んだ。


「うお……」


 ブリーズ・フィールドに入った瞬間の違和感にユクシーは顔をしかめたが、それが盗聴防止の魔法であろうことを察し、なにも言わずに席についた。


「先入りお疲れ様。水しかないが飲むかい?」

「この物価高で下手なものを頼まれているより水で十分だよ」


 バレンシアは水差しにあった水をカップにつぎ、ユクシーに差し出した。

 ユクシーは二日ほどクラウツェンの先入りし、バレンシアたちに先駆けて情報収集を行っていた。


「それで、そっちはどうだった?」

「まず、駐機場にあるドラグーンの大半は帝国籍だと思う。ケープ・シェルや盗賊都市の連中は、船の飾りに金はかけないと思うからね。フォートレスまでは見られなかったから、艤装特殊作戦騎が混じっているかは分からなかった」

「それ以外に帝国籍だと思った理由は?」

「船員の訛りかな。帝国公用語が飛び交ってたからね。辺境共通語はあまり聞けなかった。話しかけてきた奴も、最初帝国公用語で話しかけてきたしな」

「話しかけられたの?」


 驚いたアルフィンにユクシーは嫌そうな顔をしつつ肩を竦めて見せた。


「俺は子どもに見えるからな。狩人の子がドラグーンを珍しがって見ていると思ったんだろう」


 そう言ってユクシーは自虐的な笑みを浮かべた。確かにユクシーは一六歳の実例よりも、二、三歳ほど若く見える。体格も細いせいで子どもに見られたのだろう。


「羽ばたき式飛行艇なんて大陸でも腐るほど飛んでるってのが、帝国人には分からないんだろうな」

「それで他に変わったことは?」

「ああ。荘園がいくつか売りに出ているらしいよ」

「荘園?」

「といっても未開拓区画だけどね。新首長が資金集めのために北西部の区画拡張に乗り出したらしいって話だよ。ドラグーンの半数は、おそらくは荘園が目当てだと思う」


 荘園とは統治者が開拓地区を分割譲渡し、開拓を所有者に任せるシステムだった。もちろん、開拓された荘園を売買することもあるが、未開拓地はなにが出てくるのか分からず、当たれば一攫千金の大儲けが期待できた。過去には、荘園から小規模の遺跡が発見され、価格が大暴騰したことがある。


「ただ、きな臭いね」

「どういう風に?」

「そうだな……帝国の侵攻があるかもしれない」

「なんだって!?」

「なにを根拠に?」


 詰め寄ったバレンシアとアルフィンをドウドウと馬をいなすように手で抑え、ユクシーは言葉を選びながら話を続けた。


「帝国産の物資が大量に入り込んできているんだ。毎日、価格が安くなってきている」

「毎日安く……」


 アルフィンはあの市場で感じた違和感を思い出した。


 ――エタニア産キュルビス二〇ギーン――


 地元キュルビスの約七分の一の価格で売買されており、さらに安い小麦が来週には入ってくると喧伝していた。


「なんでそれが侵攻につながるの?」

「極端に安い品を出されてしまうとクラウツェン側の農家は困ってしまう。そのためクラウツェン首長が帝国産の食品に関税を掛けて価格調整をするか、輸入停止措置を取るかもしれない。あるいは、ある程度帝国産の食品が広まったところで供給をストップする」

「ストップすると……また民衆が困るんじゃない?」

「そう。そこでクラウツェン首長の横槍で食糧輸入が断たれた、民よ放棄せよって呼びかけたら?」

「え……?」


 唯一とも言える食糧の購入元が絶たれたら、民衆はその放棄に乗るかもしれない。ただでさえ治安が悪化しているのだから、一度火がついてしまえば、反乱が起こるのは早いだろう。


「まぁ、そこまで巧くいかなかったとしても、引っかき回すくらいはできるだろうね。侵攻を考えていないとしても、帝国にとってクラウツェンは目の上の瘤だろ?」

「確かに戦争に持っていかないとしても、引っかき回すくらいはできるだろうね。バジュラム襲撃のせいで、ただでさえ混乱しているんだから……」

「耕地面積の三割が二度と復興できないレベルで焼かれて、二割が延焼。三割が踏み荒らされたので、ことしの収穫は例年の二割以下らしい」

「今年がそれじゃ、来年も大して変わらないでしょ?」

「だろうね。とにかく、国力はかなり減退すると思う」


 黙って聞いていたバレンシアが聖地がある方を指さしてユクシーに訊ねた。


「あの謎のレリクスについて、首長は民衆にどう説明した?」

「レリクスの能力は土壌を肥沃にしている物だったらしい。で、それは民衆に説明したようだよ。ただし、あの不定形生物はバジュラムの攻撃のひとつだったと説明しているようだけどね」

「そりゃ、無理があるだろ。アイツを焼き殺したのは他ならぬバジュラムだよ?」

「まあ、その説明を信じる信心深い奴らと、そうじゃない奴らで街は割れている感じだね」

「むー……」


 想定外の街の荒れ模様にバレンシアは頬杖をついて考え込んだ。

 街を荒らしたバジュラムについて追跡情報を得られるだろうという考えでクラウツェンに立ち寄ったわけだが、ロクな追跡隊を出している様子もなかった。得られたのは、偶発的遭遇で得た情報のみ。


「クラウツェンはバジュラムを追うつもりはないと見てもいい……」


 バレンシアがそこまで言いかけた時、激しい勢いで椅子が蹴り飛ばされてブリーズ・フィールドの中に飛び込んできた。

 襲撃!

 全員がそう察して椅子から立ち上がった時、ドアを破って飛び込んできたナニかが頭を持ち上げた。


「人狼!?」


 飛び込んできたのは半獣化して血走った目をこちらに向けて睨みつけている魔物だった。

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