第2話:市場とギルド
一度バリシュに戻ったバレンシアは、アルフィンと連れ立ってクラウツェン精霊首長国の城内を見て回ることにした。お供として、ボブとランディが付き従った。
「人通りは昔同様にあるかな……」
街をゆく人々を見ながらアルフィンは呟いた。なにか胡散臭いとバレンシアから聞いていたから警戒していたのだが、バレンシアがどんなことに胡散臭さを感じたのかまでは分からず緊張を解くことができない。
確かに元スラム街の住人たちと思しき粗末な身なりの人たちは大勢いるので、治安の面は今まで通りとはいかないだろう。
活気があるかというと、それについては微妙だった。
市場がある通りには鉄格子の門が作られ、出入りが制限されていた。そのため、市場周りは閑散とした印象があり、人々が格子にしがみつき、警備兵たちに文句をいう声が遠くからも聞こえてくる。
「交易商のものはこっちから入れ!」
交易商人専門の入口が設けられており、そちらの門はより警備が厳重なせいか市民は群がっていなかった。バレンシアとアルフィンは顔を見合わせてひとつ頷くと、カダス商会という肩書きを使って交易商人専門の入口から市場に入り込んだ。
「どうしてこんな門を?」
「物価が上がって盗難が多いためです。商人の方にはご不便をおかけしますな」
「なるほど……」
食品物価が五〇倍にも跳ね上がってしまえば、食べる物に困って盗みを働く者も出るだろう。盗難を防止するために門を作り、出入りを厳重にしているというわけだ。
実際、市場には誰が買えるのか? と疑いたくなるくらいの高値が野菜につけられていた。ケープ・シェルだったら一玉が三ギーンくらいで買えるコールが、ここでは一五〇ギーンもする。安宿に一泊素泊まりで二五ギーンくらいだから、コール一個で六泊もできてしまう値段がついていた。
そんな高価格だから、ほとんどの店は客も寄りつかず閑古鳥が鳴いていた。
ただ、一区画だけやたらと賑わっているエリアがあった。それは、輸入業者が店を出している区画だ。
「妙ね……」
「妙だねぇ……」
超高額キュルビスを見て眼をまん丸にしていたボブは、アルフィンとバレンシアの言葉に彼女たちの視線を辿った。ソレを見てボブも疑問符の浮いた顔をして、先ほどのキュルビスと見比べた。
人だかりのある店で見えたのは『エタニア産キュルビス 二〇ギーン』という値札であり、先ほどみた超高額キュルビスには産地は書いていない。おそらくは地元のものだろう。
「なんであんなに安いのだ?」
「安いっつっても、限度を超えた値段だがなぁ……」
やはりキュルビスも平時なら三ギーン前後で買えるものなので、二〇ギーンはぼったくりも甚だしい高額価格だった。しかし、水運で運んできたことなどの輸送費を考え、この超物価高の時であるなら、約六倍という値段は安値と言えるだろう。
「皇帝陛下が災害に遭われたクラウツェンの民を憐れみ、価格をなるべく抑えて販売するようにというお達しだ。来週になれば、もっと便が増えて安い麦などが入ってくるから、今はこの値段で我慢してくれ! さあ、買わないか? 今はウチが一番安いよ!」
売り子のかけ声が聞こえてきた。皇帝と名乗っているのは、現在の世界ではエタニア皇帝だけしかいない。
「緊急時に儲けようと思って、行商人を送り込んできたってことっすかねぇ……」
ランディは素直にそう受け止めたが、バレンシアもアルフィンもなにか裏があるように感じていた。
「民を憐れむなら、タダで配ってやればよいのだ」
「そこにつけ込むのが商売だろう?」
「商売……」
ランディの商売という言葉にアルフィンは引っかかりを覚えた。商売なら来週には安いものが入ってくるなどと言うだろうか? そんなことを言えば、来週まで我慢して買い控えようとするのではないか?
「なにか裏がありそうだけど……。わかんないわ……」
「まあ、帝国が胡散臭いのはいつものことだからねぇ……」
一通り市場を見て回ったが、とてもじゃないが購入できそうな価格のものはひとつもなかった。こんな価格で補給するくらいなら、ケープ・シェルに戻って買い直した方がマシとなる。少なくとも移動できる足があるバレンシアたちにとって、緊急で必要とならない限り、買う価値がなかった。
その後、バレンシアたちはこの街のシーカーズ・ギルドに立ち寄った。わざわざクラウツェンの市街にきた本来の目的はこちらだった。
ギルドホールは予想以上に混んでおり、ホールに置かれたテーブルでは様々な情報のやりとりが行われていた。そうしたテーブルの隙間を縫うように歩き、ギルド員がいるカウンターについたアルフィンは、シーカーのギルド証を見せ、話を切り出した。
「あの傷ついたバジュラムの行方が知りたいんだけど。最新情報はある?」
「ございますが、料金は一万になります」
「高っ! まぁ、いいわ。教えて」
渋々お金を出したアルフィンに、若い男性ギルド員はいくつかの資料を手元から出してカウンターの上に広げた。手元にあるということは、それだけ質問されることが多い証拠だった。
「東へ東へと向かっていますね。目撃場所は、ココとココ、それとココです」
「傷が治っているって聞いたんだけど、ホント?」
「ええ。斬られたはずの腕もいつのまにかくっついているとのことですね。ココでの目撃の際は、両腕が使えたとのことです」
両腕が使えるようになったという目撃場所には、あの襲撃事件から一ヶ月ほど経った日付が刻まれていた。つまりバジュラムの自己修復機能があったとしても、腕がつくまでに約一ヶ月はかかる計算になる。
「腹部の傷は?」
「それはずっとついたままですね……」
つまり腕の傷よりも腹部の傷の方が重傷であり、それは修復できていないことになる。
さらに東を目指しているということは、さらなる東の奥地――大陸内陸部に、バジュラムの目的地があるということだ。
「何人くらい、アレを追っていると思う?」
「さて……ここのギルドに訪ねてきたシーカーは貴女を含めて一五人です。ギルドを使わずに調べる者もいるでしょうからね」
「なるほど……」
少なくともバジュラムを追う者たちが単独の可能性は低いから、最低でも一四組のパーティが追っていることになる。
「ありがとう。助かったわ」
アルフィンは礼を告げてカウンターを離れ、バレンシアに耳打ちした。
「おそらく、大陸内陸部にバジュラムの修復施設があるわ」
「内陸かい……」
バレンシアは行きたくないというように重いため息をついた。