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六道の辻と住吉界隈

近所を歩いていると、ときどき放送の声を聞いた。「こちらは住吉区役所です。新型コロナウィルスの影響により、ただいま大阪府に緊急事態宣言が発令されています。不要不急の外出をひかえましょう」みたいな。

不要不急の外出には、買い物や通院、運動のための散歩などは含まれないそうだ。けれどこんな放送は非常事態感が強くて、運動のための散歩でも、ちょっとイケナイコトをしているような気にさせられた。

やな感じ。

近場の散歩ばかりして、「六道の辻」を出発地点に何度か歩いた。

六道の辻は住吉大社の北、道が6つ(現在は7つ)に分かれる分岐点。立派な閻魔地蔵尊の地蔵堂があるところ。

今は住宅街の中だけれど、かつてすぐ西には浜。たぶん、ざざ~んと海の音も聞こえるくらいのところで、東に向かってはすぐ丘(上町台地)への上り坂が始まっていた。その麓に六道の辻。低地を南に行くと住吉大社で、北に行くと玉出方面。

六辻のそばの閻魔地蔵尊には、応仁の乱の前、室町時代(1538年)の銘があるそうだ。

ここ粉浜村は、平安時代、落ちのびてきた源氏たちが農民や漁民として住んだのに始まるっていうところ。こんなに住吉大社に近い場所に落ちのびてきたからには、住吉大社となにか関わりがあったのじゃないかとも思う。


まずはこの辻から、南に住吉大社に向かう道を歩いた。とっても短い距離だけど。

道はすぐ上りになって、チン電(阪堺電車の上町線)の線路を渡る。この先、東のほうでチン電は南海(高野線)の線路上を越えていくから、線路に盛り土しているだけで、元々は平地だったのかな。すぐ下った。

それから左手の高台に生根神社。

車道につきあたり、この車道は東の上町台地に向かって、けっこう急な上り坂になっている。道の向こうは高台に大海神社。

生根神社や大海神社は玉手島に鎮座していたということだった。この西は海、この東は島だった時代があったのかな。

もっと北の西成区と阿倍野区の境界には、激しい段差がある。西成区側の家の4階と同じ高さに阿倍野区の道があるくらい。縄文時代、西成区側は海で、阿倍野区側の陸(上町台地)に波が押し寄せて、その絶壁みたいな境目をつくったのだって(縄文海進)。

このあたりはそれに比べると上町台地との高低差がないけれど、同じようにこの西は海で、玉出島や上町台地に向かって波が押し寄せていたのかな。その後、海はもっと西に後退し、ここは段丘になったのかな。段丘は今は一部は坂道になっていてわかりにくいけれど。

大海神社は住吉大社の境内の北端にあって、あっという間に六道の辻から住吉大社に到着。

住吉大社には門がいっぱいあるのだけれど、いつもは16時までは開いている門が閉まっていた。コロナのため、住吉大社も諸々をとりやめているそうだ。四天王寺は聖徳太子が開いてから初めて門を閉めたとニュースで言っていた。

大海神社の北側の車道を東に上って行くと、坂の途中に一運寺。聖徳太子が開いたと伝わるらしい一運寺の門前を通って進む道が旧道風で、そちらに進んでみた。旧道らしくカーブしながら、ゆるい上りになって、寺の北側を東へ。途中古そうな道と交差して、南海高野線の線路の見えるつきあたりへ。この先も道はずっと続いていたんだろうな。住吉街道あたりに通じていたのかな?

今では線路の向こうには市営住宅(住吉住宅)があって、その向こうは区画整理でつくられた町。旧道はみんな消えてしまっている。


別の日には、閻魔地蔵堂の北側の道を東に上がって行ってみた。すぐのところに旧東成郡と旧西成郡の境の碑があった。このへんが段丘になっていて、その段丘の端が東成郡と西成郡の境になっていたのかな。この段丘の端を北上すると、晴明丘南小学校の西側、西成区と阿倍野区との境へと進んでいく。

右手に生根神社が見えていて、左手にはけっこう急な上りの細道だった。古そうなレンガ塀が見えて行ってみると、高台に大きな旧家が隠れていた。なにか不思議な感じのするところだった。

もう少し進んで右手に現れたチン電の踏切を渡った。南下して行くと歴史の散歩道の舗装のある道で行き止まり、ここを右手に行くと生根神社。

左手にいくとつきあたり、右折して南下。雰囲気のある道だ。一運寺の北の道を歩いていた時に交差した、雰囲気のある道。阿倍野神社あたりと住吉大社を結ぶ旧道だったみたい。

右手に見える改修中のお寺は一運寺のようだった。

住吉大社に行き着いて、住吉大社沿いを進んで、住吉大社の東側を南下。


少し行くと左手奥に松林寺。いつも外から眺めるだけだったのだけれど、門に入った先に公道が続いているみたい。入っていってみると、寺の横に東に向かう細道があり、寺には塀の上に有刺鉄線がはられていた。細道を進むとつきあたり、少し右手の道で更に東に。

久しぶりの太田家住宅が左手にあり、右手には公園。ここはかつての住吉村の村長さんのお宅。江戸時代の頃には油屋さんだったそうで、ここにある太田家住宅はその蔵だったところになるのかな。

南側の公園の向こう、住吉街道に面して店はあり、その建物は、すごい年季が入りながらも最近まで「市民ぎゃらりー」などとして存続していた。住吉街道沿いの店から蔵まで、みんな太田家だったところで、中庭が公園になったのかな。

店だった古い建物が取り壊されたのは知っていたけれど、跡地で工事が始まっていた。蔵の方も中を整理中のようだった。

そのまま東に進むと、左手に東福寺が見えて、正面に住吉駅(南海高野線)。

駅の手前で右折して南下していった。

このあたりは熊野街道や住吉街道にも近いとあってか、駅近でありながら古い長屋や町屋なんかも残る素敵なところなのだけれど、それらもなくなるのも時間の問題って感じがした。

すぐの辻で交差するのが住吉街道。住吉大社から長居公園近くまでが今も残る道で、右折して住吉街道を住吉大社方面へ。油屋さん跡の工事現場前を通った。ここは後に老人ホーム系の建物になった。

すぐの一つ目信号(住之江味噌やハット屋パンのある辻)まで進んで左折。

ここに西之坊。最近知ったことには、このあたりに天野谷寺なる寺があったそうだ。5つの坊があり、そのひとつが西之坊として今も残っているのだって。

このあたりは天野谷と呼ばれるところだったのかな? 天野谷寺は平安時代初期の創建といわれ、住吉大社の寺だったのだって。

昔、神社と寺が一体だった頃、神社にはお寺がつきもので、その1つが天野谷寺だったのかな?

神宮寺(神社にある寺)だった新羅寺の一部が招魂社として残されたということだし、新羅寺もその1つだったのだろうな。

戦国の世には住吉大社は幾度と戦火にあって、いろいろと記録もなくなっているみたいだけれど、戦国時代、大きな寺社は1つの国のようだったそうだ。多くの僧兵を抱え、戦国大名のように戦っていた。

織田信長は多くの寺社を焼いてひんしゅくを買っているようだけれど、当時、大きな寺社は戦国大名とそう変わらなかったんだな。

住吉大社も大きな寺社だから、僧兵もいっぱいいたのじゃないかな。海の神様である住吉大社には味方する海軍もいっぱいいたのじゃないかな。そして僧兵は天野谷寺や新羅寺に住んでいたのかな。


西之坊から南下すると、すぐ哀愍寺。天正2年創建と伝わるそうだ。

「ちぎり地蔵(十徳地蔵)」と書かれてあった。

そのまま南下すると、細江川。その手前、コンビニ(藤澤さんの邸宅跡)のところで左折(四つ辻の手前)して東へ。

「一休禅師牀菜庵跡」の碑のある公園へ。ここにあった庵に、一休さんが暮らしていたそうだ。

各地を転々としていたという一休さんは、晩年、住吉で出会った女性と、住吉で暮らしていたそう。盲目の若く美しい旅芸人で、住吉大社で芸を披露していて出会ったと思われるそうだ。

このあたりも旧家などあって、独特の雰囲気のあるところだった。

一見ただの住宅街だけれど、改めて見ると、このあたりは木々の茂る、谷間もある森だったのじゃないかな、という感じがした。

公園の北側の道が素敵そうで、東に歩いてみると、上町台地に上って行く坂道だった。すぐにつきあたって、左折して北へ。高台で、雰囲気があってうろうろ散策していると、文化財的な古い民家にも2つ出会った。

西の下り坂に熊野街道はあった。その熊野街道よりも高いところにある道だった。雰囲気があって、なんだか知らないところのようだった。

そのまま北上すると、住吉街道を過ぎて、住吉東駅(南海高野線)の西側へ。このすぐ西が太田家住宅ね。それから左手に東福寺、大きな新しいドラッグストア。ここは前には広い工場だったような・・・。

郵便局があって、神ノ木停留所(チン電)。南海高野線の線路の上を通るために、可愛く高台にある小さな停留所。

ここに上ったら、大阪湾の方までもしかして見えるんじゃないかと思って上がってみたのだけれど・・・四方八方家ばっかりで、展望は悪かった。大阪湾どころか、少し先までしか見えなかった。

停留所の向こう(北)には新興住宅。南海線の向こうにはすごいボロ屋が建っていたように思うのだけれど、そのあたりも新しくなっていた。

もう少しで住吉小学校や帝塚山古墳のあるあたり。

ほんの少しの範囲を歩いただけでもけっこう楽しい散歩だった。

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