敗北した女勇者は魔王に翻弄される ~くっ、殺せ! こんな辱めを受けるくらいなら死んだほうがマシだ!!~
「くっ、殺せ! サディエルっ! こんな恥辱を与えるくらいなら一思いに殺せっ!!」
「ふっ、この程度で参っていては先が持たないぞ? ミリーナ」
サディエルに弄ばれてミリーナはあまりの恥ずかしさから顔を真っ赤にしている。
(なぜこうなったんだ・・・)
ミリーナはサディエルの計略により恥辱を受けていた。
◆◇◆ サディエル視点 ◆◇◆
魔族たちの国デーモンブルグ、その中央にある巨大な城の最深部の広間に魔王サディエルが待ち構えていた。
勇者ミリーナは仲間たちと共にサディエルを討伐するためやってきた。
「魔王サディエル! 貴方を倒して世界に平和を取り戻す!!」
「ふっ、笑止。 勇者ミリーナよ、我を倒すなど不可能と知れ」
「やってみなければわからないでしょ! みんな、いくわよ!!」
ミリーナは腰に差している聖剣を抜くとサディエルに攻撃を開始した。
戦いは熾烈を極めサディエルが優位に立っている。
「ミリーナ! このままではやられる! 突破口を開いてくれ!!」
「わかったわ!!」
ミリーナはサディエルに刺突による突進攻撃を仕掛ける。
サディエルは聖剣を弾くとミリーナを横へと吹っ飛ばす。
その直後、巨大な火球がサディエルを襲う。
「くたばれ! 魔王!!」
火球が当たる直前、サディエルが展開した魔力防壁に阻まれる。
そして、その攻撃にサディエルが激怒した。
「貴様ら! 勇者を盾にするだけでなく切り捨てるというのか!!」
ミリーナの仲間たちは戦いが始まってから常にミリーナを盾にして攻撃を仕掛けてくる。
だが、先ほどの火球はあきらかにミリーナをも巻き込む攻撃であった。
「何を言うかと思えばそんなことか」
「どんな手を使ってでもお前に勝てばいいんだよ」
「そのための犠牲なら勇者も喜んで受け入れるだろ」
「どうせこの戦いが終われば平民である彼女は用済みなんだからな」
「っ!!」
仲間たちからの本心を聞いてミリーナは言葉を失う。
サディエルは冷徹な目でミリーナの仲間たちを見る。
「・・・見下げ果てた奴らだ」
「勇者などいなくても俺たちだけで十分なんだよ!!」
ミリーナの仲間たちがサディエルに一斉に襲い掛かる。
「愚かなり」
サディエルは【火魔法】を発動すると1つ1つがサッカーボールくらいの大きさの火球を自らの周りに大量発生させた。
「「「「?!」」」」
「死ぬがいい」
火球がミリーナの仲間たちに襲い掛かる。
避けようとするが火球は意志を持っているかのように動き、それぞれに命中した。
「ぐわあああああぁーーーーーっ!!」
「ぎゃあああああぁーーーーーっ!!」
「ぬおおおおおぉーーーーーっ!!」
「ぎょえええええぇーーーーーっ!!」
断末魔の叫びをあげるとミリーナの仲間たちは肉片1つ残さずにこの世から消滅した。
「ふん、愚者に相応しい末路だな」
サディエルはミリーナに向き直る。
「さて、勇者ミリーナよ。 我とまだ戦うか?」
「貴方を倒さない限り世界に平和は訪れないわ!」
「それは人間族が勝手に危機感を持っているにすぎん。 我は別に世界を手に入れたいなどと思ってはいないのだからな」
「そうかもしれない・・・だけど私は勇者として貴方を倒すわ!」
「ならばかかってくるがいい」
再び戦いが始まるもすぐに決着がついた。
仲間のサポートがなくなったミリーナはサディエルの攻撃に耐えられず防戦一方だ。
体力の限界か地面に聖剣を刺し、片膝をついて荒い息を吐いている。
「はぁはぁはぁ・・・」
「お前の負けだ、勇者ミリーナ」
「まだ・・・まだだ! 私はまだ戦える!!」
「ならば最後の希望を砕くまで」
パリイイイイイィーーーーーン!!
サディエルは魔力を圧縮して造った剣でミリーナの聖剣を破壊した。
「なっ?! 聖剣がっ?!」
「勝負あったな」
「・・・殺せ」
「いいだろう」
サディエルは【創造魔法】で首輪を作るとミリーナの首に嵌めた。
首輪に触れたミリーナが動揺する。
「なっ、なんだこれはっ?!」
「生殺与奪の権利は勝者である我にある。 それはお前の腕力や魔力を封じる首輪だ。 ついでに自害もできなくしてある」
「こ、こんなの卑怯よっ!!」
サディエルを殺すこともできず、自ら命を絶つこともできず、生き恥を晒し屈辱を味わうミリーナ。
「覚悟しろ。 これからお前を悶え殺してやる」
パチンッ!!
サディエルが指を鳴らすと広間の扉が開き、そこからメイド服を着た美しい女魔族たちが数名入ってきた。
メイド長エルメアが代表してサディエルに声をかける。
「お呼びでしょうか、魔王様」
「お前たちに勇者ミリーナを任せる」
「畏まりました」
メイドたちはミリーナの両脇を掴んで拘束する。
「な、何をするっ?! 放せっ!!」
「失礼いたします」
メイドたちは一礼するとミリーナを連れて広間から出て行った。
「さて・・・どう化けるかな?」
サディエルは楽しそうにミリーナが連れていかれた扉を見ていた。
◇◆◇ ミリーナ視点 ◇◆◇
「放せっ! 私をどうするつもりだっ!!」
暴れるミリーナをメイドたちは拘束してどこかに連れていこうとしている。
これから自分が何をされるのかという恐怖がミリーナを襲う。
しばらくするとある部屋の前で止まり、扉を開けて入っていく。
「それでは始めなさい」
「「「「「はい」」」」」
メイド長エルメアの一言でメイドたちが一斉にミリーナの服を剥ぎ取り始める。
「きゃあああああぁーーーーーっ!!」
悲鳴を上げながら抵抗するもメイドたちにより着ている服を全部剥ぎ取られ、ミリーナは一糸纏わぬ姿にされてしまった。
「何するんですかっ!!」
「まずはその身体を清めさせていただきます」
「エルメア様、この衣類はどうしましょうか?」
「不要なので処分しなさい」
「畏まりました」
言うが早いかメイドの一人がミリーナの服や下着をその場で燃やしてしまった。
「あああああぁーーーーーっ!! 私の服があああああぁーーーーーっ!!」
「ご安心ください。 ミリーナ様に合う服をすぐにご用意しますので」
「そういう問題じゃなくてっ!!」
「連れて行きなさい」
「「「「「はい」」」」」
「ちょっ、待ってえええええぇーーーーーっ!!」
抵抗も空しく隣接している部屋に連れていかれた。
「え? ここは?」
「浴室でございます。 さ、ミリーナ様の御身を清めなさい」
「「「「「はい」」」」」
メイドたちが風呂桶にお湯を入れるとミリーナのところまでやってくる。
「え? ちょっとっ?! 何を・・・」
「失礼します」
湯加減を確認した上でメイドたちはミリーナの身体にお湯を丁寧にかけていく。
「うわっ?! 温かいっ!!」
「湯加減はどうでしょうか?」
「ちょ、丁度良い・・・です」
「それはようございました」
全身にお湯をかけられると今度は布でミリーナの身体を丁寧に拭き始めた。
「ちょっ?! 何を・・・」
「ミリーナ様の御身を磨かせていただきます」
「なっ?! やめっ! そこはダメっ!!」
ミリーナは拒否するもメイドたちは頭の天辺から足の爪先まで布で拭いていく。
するとミリーナの身体からどんどん汚れが落ちていった。
それを見たミリーナはあまりの恥ずかしさに顔を赤らめる。
全身の垢を落としお湯をかけてこれで終わったと安堵したのも束の間、今度は石鹸を取り出した。
「ま、まだあるのっ?!」
「何を仰いますか? これからが本番でございます」
メイドたちは石鹸を泡立てるとミリーナの身体を泡だらけにする。
石鹸からは仄かに柑橘系の香りが漂ってきた。
「あ・・・なんだかとても良い香り・・・」
「こちらは魔王様が開発された石鹸でございます。 柑橘系の果物を織り交ぜて作られたものです」
「そうなんだ・・・」
「頭のほうはどうでしょうか? 痒いところはございませんか?」
「とても気持ちいいです・・・」
ミリーナはすっかり気分が良くなり頬を緩ませている。
お湯で石鹸を洗い流すと見違えるような肌へと変わっていた。
パサパサした金髪も潤いを取り戻しツヤツヤとしている。
「はぅ・・・気持ち良かったです・・・」
「満足されたようで何よりです」
このあと、湯船に浸かり心身共にリフレッシュしたミリーナ。
浴室を出るとメイドたちにされるがまま身体中を布で綺麗に拭いてもらう。
次に連れてこられたのは衣裳部屋だ。
最初に下着なのだが、そこにある下着を見てミリーナが固まる。
(な、なにこれ?!)
それは平民であるミリーナとは縁遠い美しい装飾が施されたブラジャーやショーツなど布地が少ない下着ばかりが用意されていた。
普段ミリーナが身に着けている下着は上はシャツで代用し、下はドロワースだ。
「こ、こんな布面積が少ない物なんて無理ですよ!!」
「そうは申されましてもミリーナ様の衣類はすべて処分しましたので」
「あ゛」
先ほどメイドの一人がミリーナの服を目の前で燃やして灰にしたのを思い出す。
つまり今のミリーナには用意された服以外着るものが一着もないのだ。
「こ、これを身につけないといけないの?」
「魔王様が考案された物ですが着心地はとても良いです」
そう言うとメイドの一人が服を着崩して身に着けている下着を見せた。
それは目の前にいくつか用意してある下着の1つと同じ色と装飾だ。
「は、恥ずかしくないんですかっ?!」
「初めの頃はたしかに恥ずかしさはありましたが、慣れれば意外と快適です」
メイドたちはミリーナに色々と合わせていった結果、純白の下着を身に着ける。
それからドレスも下着と同じ美しい装飾が施された純白のドレスを着ることになった。
「とてもお似合いでございます」
「は、恥ずかしい・・・」
「それでは最後の仕上げに参りましょう」
「まだあるんですかっ?!」
「これでも少ないほうです」
メイドたちによって今度は化粧室に連れてこられた。
椅子に座らされるとメイドたちは各部位ごとに分担して取り掛かる。
櫛で髪を梳かす者、顔に化粧する者、爪にマニキュアを塗る者、靴を履かせる者などなど。
最後に唇に軽く口紅を塗って完成した。
「ミリーナ様、どうぞこちらへ」
エルメアがミリーナを姿見の鏡の前に立たせる。
「こ、これが私?」
鏡に映った姿を見てミリーナは驚いていた。
その容姿は貴族の令嬢どころか国の王女にも負けないほど美しくなっていたのだ。
自分の姿に見惚れているとエルメアが話をする。
「それでは魔王様のところへ参りましょう」
「え? 今なんて言ったの?」
「では、行きましょう」
「ちょっ、ちょっと待ってえええええぇーーーーーっ!!」
ミリーナの抵抗も空しくメイドたちによりサディエルのところに連れていかれるのであった。
◆◇◆ サディエル視点 ◆◇◆
メイドたちにミリーナを任せて二時間が経過した。
「そろそろかな」
通路からミリーナの抵抗する声が聞こえてきた。
しばらくすると扉のノック音が響く。
コンコンコン・・・
『魔王様、ミリーナ様をお連れしました』
「入れ」
『失礼します』
扉を開くとそこには純白ドレス姿のミリーナが恥ずかしそうに立っていた。
「おおぉ・・・」
サディエルは思わず感嘆の声を上げる。
「み、見るなっ! 見ないでくれっ!!」
ミリーナはあまりの恥ずかしさからか顔を手で覆って下を向く。
サディエルはミリーナに近づくとその手をどかして顔が見えるように上げさせた。
「っ!!」
「こんなに美しいのに見るなというのは無理だな」
「お願い・・・見ないで・・・」
ミリーナはサディエルから視線を逸らす。
震えているミリーナの身体から仄かに柑橘系の香りが漂ってくる。
「ん? 爽やかな香りがするな」
「い、嫌ぁ・・・」
「魔王様、口に出すのはどうかと」
「ふっ、たしかにそうだな」
メイド長エルメアの苦言をサディエルは素直に受け入れた。
満足したサディエルはメイドたちに声をかける。
「お前たち、ミリーナをよくぞここまでに仕上げた」
「「「「「ありがとうございます」」」」」
サディエルに対してメイドたちは一斉に頭を下げる。
「魔王様、この後のご予定はいかがいたしましょう?」
「そうだな・・・食事を用意しろ」
「畏まりました。 すぐにご用意いたします」
メイドたちは一礼すると広間から退室した。
サディエルは腕の中にいるミリーナを見て思考に耽る。
(この世界に転生して数百年。 まさか我好みの女性に出会うとはな・・・)
サディエルは異世界転生者である。
前いた世界は化学が発達しており、衣類や日常品を手掛ける職に就いていた。
商品の開発途中で不慮の事故に遭い命を落とすが、次に目が覚めると中世ヨーロッパ風の世界に魔族のそれも王族の赤子として転生していた。
突然の出来事に驚くもせっかく拾ったこの命、この世界で生きていこうと決意する。
ここにサディエルとして第二の人生が始まった。
親譲りの莫大な魔力と前世の記憶を持ったサディエルは幼い頃からその才能を開花させていく。
サディエルは多くの者に認められ、若輩の身でありながら父王より魔王として世襲された。
魔王になってサディエルが最初に手をつけたのは生活の向上である。
前世と比較して生活レベルがあまりにも低いからだ。
ほかもそうなのかと間諜を送り込み確認させたが、どの国も生活レベルに差はなかった。
このままでは先に自分が参ってしまうと感じたサディエルは生活レベルの向上を第一に政策を開始する。
前世の記憶を駆使して衣類や日常品を発展させた。
その結果、サディエルの手腕で繁栄した魔族の国を妬み、すべてを奪おうと人間族は神に選ばれた勇者を次々と送ってきたのだ。
(毎回男勇者ばかり攻めてくるからな・・・殺せば神託で次の勇者が選ばれるし・・・)
勇者を殺した際は人間族に送りこんでいる間諜に次の勇者についての情報を催促している。
今までは勇者に選ばれるのは男性で、身分も貴族や平民、たまに王族が選ばれていた。
しかし、間諜の報告によると此度の勇者の名はミリーナ、この世界での歴史上初の女性でしかも平民だ。
(ミリーナ・・・女勇者か・・・どんな娘だろう?)
予想外な事とはいえミリーナに興味を持ったサディエル。
ミリーナは王命により魔王討伐へと旅立つ。
その際に王より選ばれた高位貴族の実力者たちがつけられた。
彼らと共に城まで攻め込んできたミリーナを一目見てサディエルは・・・惚れた。
(何この娘超絶可愛い! ちょっと神様、この娘と命を懸けて戦えとか酷くない?)
サディエルは魔王然としているが本心では惚れたミリーナとは戦いたくない。
だが、勇者と魔王の運命なのかミリーナとの戦いが無情にも始まってしまった。
戦いが進むにつれてサディエルは妙な違和感を抱く。
(従者たち最初こそミリーナをサポートしていたが今はしていない?)
サディエルの疑念は見事に的中し、ミリーナを巻き込んだ攻撃をしてきたのだ。
実はこの世界にいる人間族の男性は男尊女卑の傾向があり、さらに貴族は自分よりも身分が低い者を疎んでいた。
彼らは表向きは従者として同行するもいざとなれば魔王と共にミリーナを闇に葬ろうと画策していたのだ。
(おい! 我のミリーナに手を出すとはいい度胸しているな!!)
この時サディエルは表面上は冷静であったが彼らの言葉を聞いてキレた。
彼らを瞬殺するとミリーナは残された力でサディエルに戦いを挑む。
(ええい、こうなったら心を折るしかない)
聖剣を破壊したことでミリーナは負けを認めた。
ミリーナの力を抑止し、自害できないように自由をある程度奪う。
(あとはどうやってミリーナの心を射止めるかだな・・・)
ここから先はサディエルの手腕にかかっていた。
◇◆◇ ミリーナ視点 ◇◆◇
サディエルに手を掴まれ顔を無理矢理上げさせられたミリーナ。
目の前にはサディエルの顔があった。
(っ!!)
ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ・・・
あまりの顔の近さに胸の鼓動が五月蠅いほど聞こえてくる。
(ち、近いっ! 近すぎるっ!!)
サディエルに見つめられたミリーナは恥ずかしさから目を逸らした。
それから身体に残る石鹸の香りにサディエルが気づくとつい言葉にしてしまう。
(匂いなんて嗅がないでっ!!)
体臭を嗅がれたミリーナは恥ずかしさから穴があったら入りたい気持ちだ。
そんなミリーナを置いてサディエルはメイドたちに食事の用意をするよう命令した。
メイドたちは一礼すると部屋から出ていき、残されたのはサディエルとミリーナの二人だけだ。
(え? もしかして魔王と二人きり??)
思わぬ展開にミリーナの胸の鼓動はさらに速さを増した。
「食事ができるまで話でもしようか、勇者よ」
「ま、魔王と話すことなんてないっ!!」
ミリーナの言葉にサディエルは一瞬悲しい顔をするがすぐに魔王然とした顔に戻った。
「なら身体で語らうもまた一興」
言うが早いかサディエルはミリーナの腰に手を回すと引き寄せた。
「な、な、な、何をっ?!」
「言葉で語らうのが嫌ならこれしかあるまい」
「こ、こんなのもっと嫌だっ!!」
ミリーナは離れようと空いている手でサディエルの胸板を押して抵抗するが、力を封じられているため思うようにならなかった。
「ふふっ、我の手の中で抗う仕草を見ているとなんとも可愛らしいではないか」
「か、か、か、可愛いだなんて魔王に言われても、う、う、う、嬉しくないんだからねっ!!」
否定するも異性から初めて可愛いと言われたミリーナは顔だけでなく耳まで赤くしてあきらかに動揺していた。
サディエルの言葉に翻弄するミリーナ。
(先ほどからストレートに言いすぎよ!)
このままではサディエルの思う壺と感じたミリーナはなんとか逃げ出そうとする。
それよりも早くミリーナの顎に手を当てて上向きにするとサディエルが顔を近づけようとしてきたが・・・
コンコンコン・・・
『魔王様、お食事のご用意ができました』
扉越しにメイド長エルメアの声が聞こえてきてサディエルはムッとした顔になる。
「チッ! なんとタイミングが悪いことか・・・」
『魔王様?』
サディエルはミリーナから離れるとエルメアに返事をする。
「わかった。 案内しろ」
『畏まりました』
エルメアは扉を開けると一礼した。
「では行くか」
サディエルはミリーナの手を取るとエルメアがいるほうへゆっくりと歩き出す。
「なっ?! 何を・・・」
突然手を握られて混乱するミリーナ。
それに対してサディエルは気にせずエルメアのあとを歩いていく。
(て、手を繋いで歩くなんて、こ、これではこ、こ、こ、恋人みたいではないかっ?!)
恥ずかしがるミリーナだが、そこであることに気づいた。
(手に力があまり入っていない。 それに歩幅を私に合わせてくれてる)
サディエルのさりげない気遣いにミリーナはなぜか嬉しさを感じていた。
「こちらでございます」
エルメアに案内されてやってきたのは来賓をもてなすための大きなホールだ。
広間の中央にはテーブルクロスが敷かれた円形のテーブルが一卓と豪華な椅子が二脚、黒タキシードを着た老年のサーブが一人、右側には楽団が、左側には調理器具が載った机と料理長とメイドたちが控えている。
サディエルが入ってくると同時に楽団が演奏を始めた。
音量は控えめでクラシカルな曲がホール全体に流れる。
エルメアが道を譲るとサディエルとミリーナは中央のテーブルまで歩く。
到着するとサーブが一礼して上座の椅子を引いた。
「どうした? 席に座るがよい」
「え? あ、はい・・・」
ミリーナは引かれた椅子に座った。
サディエルもサーブに引かれた椅子に座る。
サーブは一礼すると料理を運んできた。
料理の入った皿を音も立てずにミリーナ、サディエルの順番に置く。
「前菜、シーザーサラダでございます」
ミリーナは固まった。
(これどうやって食べるの?)
平民であるミリーナはテーブルマナーなど知らない。
サディエルを見ると提供されたサラダをナイフとフォークを使って器用に食べていた。
「ん? どうした?」
「え、えっと・・・」
食べ方がわからなくて途方に暮れているとサディエルがフォローする。
「ああ、そういうことか。 食事のマナーなど気にせず食べるがいい」
「そうはいっても・・・」
「ならば我が教えてやろう。 基本は一番外側の食器から使っていく。 まずはテーブルの一番外側にあるナイフとフォークを手に取るがいい」
ミリーナはサディエルに言われた通り一番外側にあるナイフとフォークを手に取る。
「基本はフォークの上に少量の食材を乗せて口に運んで食べる。 大きいものはナイフで一口ほどに切り分けるのがポイントだ」
サディエルが見本を見せるとミリーナもそれに倣って食べる。
(美味しい・・・美味しいんだけど・・・)
堅苦しすぎるのかミリーナはあまり味わうことができていなかった。
なんとか前菜を食べ終えると食器を下げられて次の皿が置かれる。
「スープ、コンソメスープでございます」
(これなら楽勝ね)
ミリーナはスプーンを取るとスープを飲み始めた。
途中までは問題なかったが最後の方になるとスプーンではすくい難い。
気まずそうにサディエルを見る。
「スープは基本手前から奥へ動かしてすくうといい。 残りが少なくなってきたら片方の手で食器を軽く傾けてスプーンですくえば最後まで飲むことができる」
サディエルのスープのすくい方を見て、苦戦しながらもスープも完食する。
それから次の料理が運ばれてきた。
「魚料理、鮭の蒸し焼きでございます」
ミリーナはスープの時と同じ轍を踏まないように先にサディエルを見た。
「魚料理それとこのあと出てくる肉料理は左から一口大に切って食べるといい」
サディエルが実践するとミリーナもそれに倣って食べていく。
サラダ、スープほど苦戦することなく平らげる。
「肉料理、牛肉のTボーンステーキでございます」
サディエルを模倣しながら食べていくミリーナだが、Tボーンステーキの食べ方に不満を感じた。
(骨に肉がくっついている。 もったいない・・・)
平民であるミリーナにとって肉はごちそうである。
できれば骨ごとしゃぶりたいくらいだ。
「デザート、ショートケーキでございます」
サディエルが普通にフォークで食べているのでミリーナも同じように食べる。
(! 何これ! すごく美味しいんですけど!!)
ミリーナは作法など無視して次から次へと口の中に入れていく。
今まで出された料理の中で一番美味しく食べていた。
「ドリンク、レモンウォーターでございます」
一口飲むと口の中がさっぱりする。
落ち着くとこれらの料理を作った料理長がやってきた。
「魔王様、いかがでしたでしょうか?」
「六十・・・いや七十点だ」
サディエルの一言に料理長が微妙な顔をする。
「勘違いするな。 我一人ならば百点だが・・・」
そこでサディエルはミリーナを見る。
料理長は減点された理由を即座に理解した。
「申し訳ございません。 ミリーナ様のことを考慮しておりませんでした」
「気にするな。 お前なりの最高級のもてなしに我は満足している。 勇者も忌憚なく料理の感想を述べるがいい」
「わ、私ですか?!」
突然振られて動揺するミリーナ。
「お、美味しかったです・・・」
それだけ言うのが精一杯だった。
◆◇◆ サディエル視点 ◆◇◆
(ヤバい! ミリーナ超可愛い!!)
二人きりになったサディエルとミリーナ。
会話を拒否されたので身体を密接させるサディエル。
そこから逃れようと藻掻く姿がまた愛らしい。
このまま自分のものにしたいと動こうとしたとき、運悪く食事の用意が完了してしまう。
(はぁ・・・空気を読んでほしいところだが折角用意してくれたのだ、待たせる訳にもいかない)
サディエルは思考を切り替えてミリーナを丁重にエスコートする。
その道程ミリーナが少しだけ嬉しい顔をしていたのだが、サディエルは先を歩いていたため気づくことはなかった。
案内されたホールには中央に一席あり、サディエルとミリーナが入室すると同時に楽団の演奏が始まる。
席に着くとそれを合図に料理が運ばれてきた。
前菜のサラダを口に入れて食べているとミリーナが困った顔をしている。
(ん? どうしたんだろう・・・あ! もしかして)
サディエルはマナーなんて気にせず食べるように促すもミリーナの手は動かない。
そこでサディエルは自分が知る限りのテーブルマナーをミリーナに教えることにした。
いきなりではあるがサディエルは懇切丁寧に食べ方を教えていく。
ぎこちないとはいえミリーナもなんとか完食することができた。
(前世でテーブルマナーを学んでいて本当に良かった)
料理長から感想を求められたのでサディエルは素直に意見を述べた。
さり気なくコース料理を指摘すると気づいたようで料理長はミリーナに頭を下げる。
(次からは手軽に食べられるものにしておくべきだな)
料理長を下がらせると気を取り直して食後のドリンクを一口飲んでからミリーナに話しかける。
「さて、勇者・・・いや、ミリーナよ、少し話をしないか?」
「わ、私の名を軽々しく呼ぶな! それに魔王と話をするなど・・・」
「サディエルだ。 我のことは今後魔王ではなくサディエルと呼べ」
お互い勇者、魔王と役職ではなく名で呼び合うことを提案するサディエル。
(勇者、魔王って堅苦しすぎるんだよな。 まずはお互い名前で呼び合えるような関係に持っていこう)
「な、なぜ魔王と馴れ合わないと・・・」
「サディエルだ」
サディエルが語気を強くしてミリーナに訂正を求めた。
「サ、サディエルと馴れ合うつもりはない」
「かといってミリーナを殺そうとした者たちの言が正しければ人間族の国にはミリーナが帰る場所などないだろう。 現に我が助けなければミリーナは死んでいた。 仮に我を倒して凱旋しても待ち受けるのは迫害を受けてからの死だぞ」
「・・・」
先ほどの戦闘を思い出したミリーナは暗い顔で俯く。
「ミリーナよ、人間族のために戦うのを辞めて我と共にここで永遠に暮らそうではないか」
「わ、私は・・・」
「急いで決めなくてもよい。 今は整理する時間も必要だろうからな」
サディエルが右手を軽く上げるとメイド長エルメアがやってきた。
「魔王様、いかがいたしましたか?」
「ミリーナを客間に連れていけ」
「畏まりました」
「疲れているのだろう、ゆっくり休むがよい」
サディエルの命令でメイドたちはミリーナを連れてホールから出て行った。
サディエルとミリーナの戦いから一ヵ月が経過した。
あれからサディエルはミリーナに猛アタックしているが良い返事は貰えずに苦戦していた。
(急いては事を仕損じる。 少し方向性を変えるか)
ここ一ヵ月サディエルとミリーナは城から一歩も出ずに過ごしていた。
そこでサディエルは気分転換も兼ねて町にミリーナを連れ出すことを思いつく。
「さて、町に連れ出すとしてどこへ連れて行くかだな」
サディエルは町にある施設を1つ1つ思い浮かべる。
「女性が喜びそうな服飾や宝飾品か、甘味などの嗜好品か、それとも演劇や演奏、庭園などの娯楽か・・・悩むな」
コンコンコン・・・
『魔王様、朝食のご用意ができました』
扉越しにエルメアの声が聞こえてきた。
「もうそんな時間か・・・行くとしよう」
扉が開くとサディエルはエルメアと共に食堂へと向かう。
食堂に入るとすでにミリーナが席について待っていた。
「おはよう、ミリーナ」
「・・・お、おはよう」
サディエルが挨拶するとミリーナもぎこちないが挨拶してくれた。
(初めの頃は挨拶しても無視されたからな・・・返事してくれてすごく嬉しい)
サディエルは1つ誤解していた。
ミリーナは無視していたのではなくどう対応すればいいのか困っていただけであると。
運ばれてきた料理を見るとミリーナでもマナーを気にせずに食べられる物ばかりだ。
料理を食べ終えて食後のドリンクを飲んでいるとサディエルがミリーナに話しかけた。
「ミリーナ、これから町を見に行かないか?」
「え?」
突然の誘いにミリーナは驚き困惑する。
しばらくして返ってきた答えは・・・
「い、行きます」
「そうか、なら準備をして出かけるとしよう」
サディエルがエルメアを見る。
「お任せください。 ミリーナ様をどこに出しても恥ずかしくないよう仕上げてみせます」
「頼んだぞ」
メイドたちはサディエルに一礼する。
「では一時間後に城を出る。 それまでに準備しておけ」
「「「「「畏まりました」」」」」
ミリーナはメイドたちに任せて、サディエルも準備するために自室へと戻る。
それから一時間後、サディエルはエントランスホールにいた。
普段の魔王然としたローブみたいな服装ではなく、白いシャツに黒のジャケット、群青のジーンズとカジュアルな恰好をしている。
(前世の記憶を総動員させて作った服装だからな)
前世の世界で愛用していた服はこの世界にはないので、記憶を頼りに服飾を生業にしている者に特注で作らせた物だ。
お忍びで町を歩くのに着ていたらいつの間にか注目されて民たちに広がっていた。
それは上着や下着などの衣類だけでなく、料理や日用品など多岐に渡る。
今ではサディエルがこの世界に持ち込んだ技術により魔族の生活はどの種族よりも豊かになっていた。
そのせいで人間族に嫉妬されてちょっかいを受けるようになってしまったのだが。
「魔王様、お待たせしました」
思考に耽っているとエルメアが声をかけてくる。
その後ろにはピンクのワンピースを着こんで顔を赤らめているミリーナがいた。
(おおおおおぉ・・・か、可愛いっ! 可愛いぞっ! ミリーナ!!)
あまりの可愛さに一瞬我を忘れるサディエル。
それに対してじろじろ見られて居心地が悪いのか視線を逸らすミリーナ。
「・・・」
「その服とても似合っているぞ」
「───(かあああああぁ・・・)」
サディエルの誉め言葉にミリーナは顔を見られまいと下を向く。
そんなことはお構いなくサディエルはミリーナに近づくと手を取る。
「え?」
「いつまでも見ていたいが時間がもったいない。 早速出かけるとしよう」
サディエルが歩き出すとミリーナもついていく。
しばらくして城から出るとサディエルはミリーナに話しかける。
「さて、ミリーナはどこか行きたいところはあるか?」
「ここには何があるかわからないのだけれど・・・」
「ふむ、言われてみればそうだな。 敵が襲ってきた時は民たちを守るため町や村を我が不可視化の魔法で隠蔽している。 ミリーナはここまでの道程に町や村を見ていないはずだ」
「町や村は見ていないわね」
サディエルは民のために城以外の町や村を魔法で隠した。
そうすることにより外から攻められてきたときに城以外の被害を最小限にすることができるからだ。
「リクエストがなければ我が勝手に決めるが」
「・・・好きにしろ」
「では行こうか」
このあと、ミリーナは自分の発言を後悔することになる。
◇◆◇ ミリーナ視点 ◇◆◇
「ここが一般の魔族が住む町だ」
サディエルに連れられて町を散策することになったミリーナ。
着いて早々周りから注目されることになる。
(な、なんでこっちを見ているのよ!)
答えは単純で魔王であるサディエルがラフな恰好でミリーナを連れて現れたからだ。
今日のサディエルは認識疎外の魔法は使用せずに素の状態である。
そこに人間族であるミリーナがいれば否が応でも目がいってしまう。
「まずは市場から見て回るとしよう」
サディエルに手を引かれてやってきたのは人々で賑わっている市場だ。
人間族にもある食材から魔獣の肉、それに見たことがない食材まで色々と店頭に並んでいる。
歩いていると肉を串に刺して焼いている店があった。
ゴクン・・・
肉の誘惑にミリーナは唾を飲み込んだ。
「邪魔するぞ」
「へい! らっしゃい!! ・・・って、ま、魔王様っ!!」
串焼き店の店主がサディエルを見ると驚いて平伏しようとするが、サディエルはそれを手で制した。
「今の我は魔王ではなく一人の客だ。 普通に接しろ。 それとこの肉の串焼きを二本くれ」
そう言うとサディエルは店主に代金を支払う。
「は、はいっ! ただいまっ!!」
店主が肉の串焼き二本をサディエルに渡す。
「ど、どうぞ・・・」
「うむ、ミリーナ」
サディエルは二本のうち一本をミリーナに渡した。
香ばしく焼かれた肉に食欲をそそられる。
ミリーナは串焼きを一口食べる。
「もぐもぐもぐ・・・んんっ、美味しいっ!!」
噛むほどに肉汁が口の中いっぱいに広がる。
軽く振った塩も肉の旨味を最大限に引き出していた。
あっという間に完食するとサディエルは自分が持っている串焼きをミリーナの前に出す。
「いい食べっぷりだ。 一本では足らないだろ?」
「し、しかし・・・」
「遠慮するな。 ミリーナさえよければ好きなだけ買ってやる」
「あ、ありがとう・・・」
それからミリーナは串焼きを五本食べた。
サディエルもミリーナに触発されてか三本食した。
串焼きの店をあとにすると市場巡りを再開する。
ある程度見て回ると町の広場のほうから大きな声が聞こえてきた。
「さぁさぁ! まもなく劇が始まるよ! そこのお兄さんたち! よかったら見て行ってくれ!」
「演目は何だ?」
「それは見てからのお楽しみさ」
「ふっ、たしかにそうだな。 二人分だ」
二人分の代金を色を付けて支払うと男性は鞄から木札を取り出してサディエルに渡した。
「その場所の席ならどこでも好きに座って構わないから」
「わかった。 ミリーナ、いくぞ」
「え、ええ」
男性の横を通るとそこにはすり鉢状の舞台があり、観客席の八割ほどが埋まっている。
木札に書かれた席に着くと最前列の真ん中だった。
しばらくすると舞台に座長が上がり観客席へ向けて一礼する。
「お待たせしました。 これより劇を始めさせていただきます」
劇が始まると舞台では役者たちがそれぞれの役を演じる。
ジャンルはラブロマンス、内容は主役の二人は敵対関係だが、お互い本気でぶつかることで次第に打ち解けていき、最後に二人が結ばれるという話だ。
(うわぁ、やだあの気障っぽい男)
(そんなので喜ぶ女なんていないわよ)
(どれだけときめいているのよあの女は)
演目の内容に内心で突っ込みまくるミリーナ。
劇も終盤になり舞台上では二人が抱き合う。
(・・・あれってまさかっ?!)
お互いが愛の告白をしてから二人は顔を近づけて・・・キスをした。
(キ、キ、キ、キスっ?!)
ミリーナは両手で顔を隠すも興味があるのか指と指の間から二人のキスシーンをまじまじと見ていた。
最後にナレーションが入って劇が終わる。
それと同時に周りから盛大な拍手が送られた。
「なかなかに面白い演目だったな」
「・・・」
「ん? どうした? 顔が赤いぞ」
「な、何でもないわよっ!!」
先ほどのキスシーンを思い出したのかミリーナは耳まで赤くしていた。
「の、喉が渇いたわ」
「それなら喫茶店にでも行くか」
「ま、任せるわよ」
サディエルはミリーナを連れて行きつけの喫茶店へと入った。
店内は賑わっており空席を見つけて二人は座る。
そこに間髪を入れずにウェイトレスが注文を取りにやってきた。
「いらっしゃいませ。 ご注文はお決まりですか?」
「スペシャルジュースを1つ」
「畏まりました。 オーナー! スペシャルジュースワンです!!」
それを聞いた周りの客たちがざわついた。
不審に思ったミリーナがサディエルに問いかける。
「サディエル、スペシャルジュースって何?」
「きてからのお楽しみだ」
サディエルの意味深な言葉に疑惑の目を向けるミリーナ。
それから数分後、ウェイトレスが大きい器を落とさないように持ってきた。
ドンッ!!
「お待たせしました! スペシャルジュースです。 こちらカップル仕様になっております」
「なっ?!」
テーブルの上に置かれたのは金魚鉢くらいの大きさの透明な器だ。
果実水だけでなく底のほうに様々な果実が入っている。
極めつけはハート形のストローだ。
スペシャルジュースを見たミリーナの思考が停止する。
「それでは写真を撮りますね。 お二方とも身体を寄せてください」
ウェイトレスは腰にぶら下げた魔道具を取り出し、サディエルとミリーナに向けて構える。
攻撃と勘違いしたミリーナは咄嗟に手で顔を隠す。
「な、何をするんですかっ?!」
「あ、お嬢様、お顔を隠さないでください。 それだと写真が撮れないじゃないですか」
「ミリーナ、落ち着け。 あれは我が開発したその場の光景を記録に残す魔道具だ」
「魔道具? あれが? あんな魔道具見たことも聞いたこともない」
「それはそうだろう。 何しろ我しか作ることができないのだからな」
サディエルはミリーナの隣に移動すると肩に手をまわして引き寄せた。
「きゃっ!!」
「ほら、魔道具を見て笑顔を作れ」
「きゅ、急には無理よっ!」
「ふむ・・・それならこれならどうだ?」
そう言うとミリーナの顔をサディエルに向けさせた。
(ち、近いってばっ!!)
サディエルの顔を見てミリーナは顔を真っ赤にする。
カシャッ!!
不意に聞こえてくるシャッター音にミリーナは音のした方に顔を向ける。
そこにはウェイトレスが魔道具を操作してサディエルとミリーナのツーショット写真を撮っていた。
「っ!!」
カシャッ!! カシャッ!! カシャッ!! ・・・
「お嬢様、表情が硬いですよ。 それだと折角の可愛い顔が台無しですよ」
「ちょっ?! やめてよっ!!」
「構わん。 どんどん撮るがいい」
サディエルの命令でウェイトレスはシャッターを切り続けた。
それから1分後、サディエルはミリーナから離れる。
「さて、では飲もうか」
「わ、私は飲まないわよっ!」
「そう固いことを言うな。 折角注文して用意してもらったのだ。 我と一緒に飲もうではないか」
「サディエル一人で飲めばいいじゃないっ!」
拒否するとサディエルはミリーナの手に触れる。
「仕方がない」
「い、いったい何を・・・」
サディエルが【水魔法】を発動するとミリーナは喉に異変を感じたのか手で触った。
(喉が・・・渇く?!)
突然の出来事に目を白黒させるミリーナ。
「サ、サディエル、何をしたのっ?」
「素直になる魔法だ。 ミリーナ、人型生物の身体がどのような構成をしているか知っているか?」
「そ、そんなの知らないわよ」
するとサディエルは人体の構造について話し始めた。
「脂肪が約17~22%、筋肉が約18%、骨が約5%、そして水分量が約55~60%、個人差はあるが大体こんなところだ。 その水分量の約10%を失えば人型生物は死に至る」
「そ、それが何なのよっ!」
「我の魔法でミリーナの体内の水分量を約2%減らした。 これは脳が喉の渇きを感じる数値だ」
サディエルの説明を聞いたミリーナは目を見開く。
「こ、こんなの卑怯よっ!!」
先ほどから感じる喉の渇きに抗うミリーナ。
目の前にはそれを解決してくれるスペシャルジュースがある。
「さぁ、目の前のストローに口をつけて飲むがいい」
「わ、私はこ、こんなのに屈したりは・・・」
言葉では拒否するも脳は水分を欲している。
「屈したりなんて・・・」
葛藤するミリーナ。
(こんなの・・・こんなの我慢できないっ!!)
とうとう我慢できなくなったミリーナはストローを口で咥えると息を吸い込んだ。
ストローの中をジュースが流れていき、ついにミリーナの口に到達する。
ゴクゴクゴク・・・
それを見たサディエルももう片方のストローに口を咥えてジュースを飲み始めた。
(サ、サディアルもこれを飲んでるのっ?!?!?!?!?!?!?!)
あまりの出来事にミリーナの頭の中は真っ白になり、湯気が出るのではないかというほど顔を真っ赤にする。
ストローは液体が入ると色が変わる仕掛けになっていて、器の中では大きなハートマークができていた。
カシャッ!! カシャッ!! カシャッ!! ・・・
その光景をウェイトレスは写真に収めていく。
我に返ったミリーナは心の中で絶叫する。
(やめてっ! やめてくれっ!!)
しばらく飲み続けるとようやく喉の渇きが少しなくなりストローから口を放す。
それを見たサディエルもストローから口を放した。
あまりの恥ずかしさにミリーナはサディエルに訴える。
「くっ、殺せ! サディエルっ! こんな恥辱を与えるくらいなら一思いに殺せっ!!」
「ふっ、この程度で参っていては先が持たないぞ? ミリーナ」
サディエルはテーブルに置かれたスプーンを手に取ると器の底にある果実を掬い、ミリーナの口の前に突き出す。
「さぁ、これを食べるがいい」
「や、やめてぇ・・・やめてよぉ・・・」
ミリーナは後退ろうとするが身体が思うように動いてくれない。
脳は水分だけでなく栄養も欲している。
「さぁ」
「あああああぁ・・・」
まだ水分量が戻っていないミリーナは口を自然と開きスプーンを受け入れてしまう。
モグモグモグ・・・ゴクンッ!!
(ああ、恥ずかしすぎる)
あまりの恥ずかしさに味わう余裕すらなくなっていた。
それからサディエルの意のままに飲食を進めていくミリーナ。
気づけばスペシャルジュースを完食していた。
そして、ウェイトレスが持つ魔道具にその一部始終が収められていた。
「お客様、お嬢様との記録についてですが・・・」
「どれ・・・ふむ、この画像を紙媒体に転写して、あとは記録媒体ごと買い取ろう」
「畏まりました」
ウェイトレスは一礼すると店の奥に引っ込んでからしばらくして戻ってきた。
「お客様、こちらが記録媒体と転写した紙でございます」
「ありがとう。 ミリーナ、見てみろ」
ミリーナはサディエルから写真を受け取る。
そこには二人がスペシャルジュースを飲んでいて、器の中ではストローのハートがキラキラと輝いていた。
「!! いやあああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!!!!!!」
ミリーナはものすごい勢いで写真をビリビリ破いた。
細切れになった紙片は風に乗ってどこかに飛んでいく。
「ミリーナ、折角の写真が・・・」
「あんな恥ずかしい物を残したくないわよっ! その手に持っている物も渡しなさいっ!!」
サディエルの掌にある記録媒体を奪おうとするも、それよりも早く記録媒体が消える。
「これ以上ミリーナとの思い出を壊されたくないのでな。 安全な場所に転送した」
「サディエルっ! 先ほどのをここに出せっ! 跡形もなく破壊してやるからっ!!」
「いくらミリーナの頼みとはいえ、こればかりは聞けぬな」
ミリーナはありったけの殺意を込めてサディエルを見る。
(あんな黒歴史をこの世に残しておけないわよっ!!)
サディエルはというと楽しそうな目でミリーナを見ていた。
◆◇◆ サディエル視点 ◆◇◆
お忍びでよく来る喫茶店でスペシャルジュースを注文するサディエル。
(まさか我がこれを頼む日がくるとはな)
もともとこのメニューは数百年前にサディエルが考案したものだ。
当時経営難であった喫茶店を見て前世の記憶を頼りに作ったメニューである。
これにより経営が赤字から黒字になり、今ではカップルだけでなく子持ちの家族にも大人気なメニューへとなった。
注文してからしばらくするとウェイトレスによって大きな器が運び込まれる。
それを見たミリーナが驚いていた。
(ふふふ・・・驚いている驚いている)
しかし、ここでミリーナが飲むことを拒否してきた。
(む、このままでは一緒に飲めないではないか)
そこでサディエルは前世の記憶から人体の構造について思い出す。
要は水分を欲するように仕向ければいい。
それからミリーナの手に触れると【水魔法】を発動して水分を奪った。
案の定ミリーナは喉の渇きを潤すためにジュースを飲んだ。
サディエルもジュースを飲み始めるとミリーナは目を白黒させて顔だけでなく耳たぶや首筋まで林檎みたいに真っ赤になった。
(恥ずかしがっている顔もまた可愛いな)
しばらくしてスペシャルジュースを完食する。
その間ウェイトレスにはミリーナとのツーショット写真を撮ってもらった。
あとで確認するとそこにはミリーナの可愛らしい姿がこれでもかと記録されている。
残念なのはどの写真にも笑顔がないことだけだ。
撮った写真の中からサディエルとミリーナがジュースを飲んでいる姿をプリントアウトしてもらう。
(ふむ、良い出来だな)
その写真をミリーナに見せると絶叫しながら写真をバラバラに破いた。
更にミリーナとの思い出が詰まった記録媒体をも破壊しようと動き出そうとしたのでサディエルは【空間魔法】を発動して記録媒体を空間へとしまう。
(やれやれ、これ以上壊されるわけにはいかないからな)
ミリーナは殺意が込められた視線でサディエルを見る。
「こうなったら貴方を殺して私も死ぬっ!!」
「仲間もいない、聖剣もないのにどうやって我を殺すんだ?」
「そ、それは・・・」
サディエルに指摘されてミリーナは口籠もる。
「怒った顔や困った顔も可愛いが我としては肉の串焼きを食べていた時の笑顔のほうが好きだな」
「ちょっ?! 人前で何をいうのよっ!!」
「我は本心をいったまでだ」
「くうううううぅ・・・」
サディエルの口撃にミリーナはあえなく撃沈する。
「迷惑をかけたな。 ミリーナ、行くぞ」
ウェイトレスに通常の三倍の代金を払うとミリーナの手をとって喫茶店をあとにする。
日も傾き始めたころ、城へと戻るとエントランスホールではメイドたちがサディエルとミリーナを出迎えた。
「魔王様、ミリーナ様、お帰りなさいませ」
ミリーナは力任せにサディエルの手を払いのける。
「ミリーナ?」
「・・・部屋に戻る」
それだけ言うとミリーナは歩いて行ってしまった。
何人かのメイドがミリーナを追いかける。
そんな中、メイド長エルメアがサディエルに問いかけた。
「魔王様、一体何をされたのですか?」
「ミリーナとの距離を縮めようと一計を案じたのだが逆効果だったようだな」
サディエルは町での出来事を話すとエルメアは呆れた顔をして溜息を吐く。
「・・・はぁ、魔王様は女心を理解しておられません」
「ふむ、難しいものだな」
「強引なのが悪いとは言いません。 消極的よりもむしろ積極的な男性の方が女性としては好ましいですから」
エルメアの苦言を聞きながら自室へと戻るサディエル。
服を着替えると食堂へと足を運ぶ。
それから食事の時間になるもミリーナは食堂に現れない。
(先ほどのが尾を引いているのかな?)
運ばれてきた食事を黙々と食べるサディエル。
食事を終えてもミリーナは食堂に現れなかった。
自室に戻り着替えもせずにベッドにダイブする。
頭の中には今日町で見たミリーナの顔が次々と浮かぶ。
仰向けになると【空間魔法】を発動して記録媒体を取り出す。
記録媒体に魔力を流すとサディエルとミリーナのツーショット映像がこれでもかと表示される。
どれくらい時間が経っただろう、一通り見終わると記録媒体を空間に戻した。
ベッドから起き上がると部屋を出て城の中を一人歩きだす。
ふと窓の外を見るとバルコニーに誰かが佇んでいた。
(あれは・・・ミリーナ)
月明かりに照らされたミリーナは幻想的で、まるで御伽噺に出てくる妖精のようだ。
(美しい)
サディエルは引き寄せられるようにミリーナのところへと向かう。
夜空を眺めるミリーナ。
「! 誰?!」
不意に気配を感じたのかミリーナが振り向く。
そこにサディエルが立っていた。
「・・・サディエル」
サディエルはミリーナの方へと歩き出す。
気まずいと感じたミリーナは速足でサディエルの横を通り過ぎようとする。
ガシッ!!
「え?」
すれ違いざまにサディエルの手はミリーナの腕を捕まえていた。
「サディエル?」
サディエルはミリーナを引き寄せるとその唇にキスをした。
「んっ?!」
突然の出来事にミリーナの双眸は見開かれる。
抵抗しようとするもその力は弱くミリーナは流されるように身を任せていた。
しばらくしてサディエルは唇を離す。
「ミリーナ、好きだ。 愛してる」
「!! わ、私は・・・」
上気した顔のミリーナは数瞬したあと、サディエルの手から逃れると何もいわずにその場から走り去った
「ミリーナ・・・」
サディエルは追いかけるでもなくミリーナの後姿を唯々眺めていた。
◇◆◇ ミリーナ視点 ◇◆◇
ミリーナは宛がわれた部屋に戻ると扉を閉めてもたれかかる。
(キ、キ、キ、キスされたっ?!?!?!?!?!?!?!)
サディエルに奪われた唇にそっと指を当てる。
ドクンッ!!
その瞬間脳内では先ほどの出来事がフラッシュバックされる。
ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ・・・
キスされたシーンを思い出す度に胸の鼓動が加速していく。
「わ、私・・・サディエルにキスされた」
口にすると今度は目の前にサディエルが現れる。
『ミリーナ、好きだ。 愛してる』
目の前のサディエルはミリーナの脳が見せている幻影だ。
だが、その言葉はサディエルがミリーナに告白したものである。
(わ、私は何を意識しているのだっ! あ、あれは魔族で魔王だぞっ!!)
しかし、否定とは裏腹に目はサディエルの幻影を映し、耳は幻聴を聞き、胸の鼓動はますます加速する。
(あああああぁ・・・このままだと私は・・・)
目を閉じ胸に手を当てて落ち着こうとするミリーナ。
コンコンコン・・・
不意に扉をノックする音が響いた。
「ひゃ、ひゃいぃっ!!」
『ミリーナ様? どうかされましたか?』
「にゃ、にゃんでもないですぅっ!!」
ミリーナは慌てて扉から離れると少ししてから扉が開く。
サディエルに仕えるメイド長エルメアが入ってきた。
「ミリーナ様、先ほど顔を赤くして走っていたのをお見掛けしたものですから少々心配になりお声をかけさせていただきました」
「だ、大丈夫です! な、なんでもないですからっ!!」
「もしかして魔王様が失礼なことをしましたか? であれば私のほうからそれとなく釘を刺しておきますが?」
「本当に大丈夫だからぁっ!!」
「・・・わかりました。 もし、何かありましたら遠慮なくお申し付けください」
エルメアは一礼すると部屋を退室した。
ミリーナは疲れたのか俯せでベッドに倒れこむ。
頭の中はサディエルのことでいっぱいだ。
(これからどの顔でサディエルに会えばいいのよ・・・)
どのくらい時間が経っただろうか、なんとか落ち着いた。
先ほどのことを思い出すとまだ胸がドキドキしている。
『ミリーナ、好きだ。 愛してる』
サディエルの言葉が耳から離れない。
(よく考えたらあれって私にこ、こ、こ、告白したんだよね?)
生まれて此の方異性から愛の告白を受けたことがない。
初めての事にミリーナは戸惑っていた。
何しろサディエルが真顔で告白したのだから。
(こういう時はどうしたらいいの? 返事をしたほうがいいのかな?)
恋愛経験皆無のミリーナにとってあまりにも難題すぎた。
(ああ、こんなことなら先ほどのメイドさんに聞けばよかったなぁ・・・)
それからミリーナの頭の中はサディエルのことで埋め尽くされてその日は一睡もできなかった。
翌日───
コンコンコン・・・
ミリーナはベッドの上でくねくねしていると突然扉をノックする音が聞こえた。
「は、はいっ! どなたですかっ?」
『ミリーナ様、朝食のご用意ができましたのでお迎えに参りました』
「はい、今すぐ・・・」
そこでミリーナは言葉を止める。
(もしこのまま食堂に行ったらサディエルと顔を合わすじゃない!! ど、ど、ど、どうしよう・・・)
困り果てていると扉越しにエルメアが尋ねてくる。
『ミリーナ様? お加減が優れないのですか?』
「え、あ! そうそう体調が少し悪くてできればこの部屋で食事を摂りたいのだけれどいいかしら?」
『畏まりました。 すぐにこちらへお食事を運びます』
エルメアは食事を運ぶために部屋の前から立ち去った。
しばらくすると外が少し騒がしくなる。
コンコンコン・・・
『ミリーナ様、お食事をお持ちしました』
「入ってください」
ミリーナが許可を出すと扉が開き、メイドたちが料理とともに円形のテーブルと椅子を持って入室してきた。
中央に設置してテーブルクロスを敷くとテーブルの上に料理を並べた。
「ミリーナ様、ご用意ができました。 どうぞこちらへ」
「ありがとうございます」
ミリーナが席に着くとエルメアがほかのメイドたちに話しかける。
「ここは私が受け持ちますからあなたたちは魔王様をお願いします」
「「「「「わかりました」」」」」
メイドたちが部屋を退室するとミリーナとエルメアの二人だけになった。
「ミリーナ様、魔王様と何かありましたか?」
「えっ? 何でわかるんですか?」
「目の下にうっすらと隈が出ております。 それに昨日のお召し物のままでしたので」
「あ゛」
エルメアの指摘でミリーナは昨日から服を着替えていないことに気付いた。
「先ほどもですが昨夜も動揺されていたご様子。 よろしければ私が相談相手になりましょう」
「・・・他言しないでほしいんですけど」
「わかりました」
「実は・・・」
ミリーナはエルメアに昨日のことを話した。
聞き終わるとエルメアは蟀谷を押さえて溜息を吐く。
「はぁ・・・まったく魔王様は女心を理解しておりません」
「こういう経験がないので私どうすればいいのかわからなくて・・・」
「しばらくは距離を取りましょう。 心の整理ができましたら改めて魔王様に返事をすればよろしいかと愚考いたします」
「そんなのでいいんですか?」
「はい。 今のミリーナ様には考える時間が必要です。 その間のお世話は私が行います」
「ありがとうございます」
ミリーナはサディエルからしばらく距離をとることにした。
◆◇◆ サディエル視点 ◆◇◆
ミリーナとのデートの翌日。
食堂ではサディエルが一人座っていた。
いつもなら対面にミリーナが座っているが今日は空席だ。
(ミリーナ、どうしたんだろう)
一人モヤモヤしているとメイドたちが配膳を始める。
「ミリーナはどうした?」
不審に思ったサディエルが声をかけるとメイドの一人が深々と頭を下げて報告する。
「ミリーナ様はお加減が優れないようで、自室にて食事を摂られるということです」
「何? 初耳だぞ」
「私共も先ほど知りましたので、現在はエルメア様がおそばについております」
サディエルは椅子から立ち上がる。
「ミリーナの容態を見に行く。 すぐに準備しろ」
「魔王様、失礼ながら淑女の部屋に押し掛けるのはどうかと」
「しかしだな・・・」
「現在エルメア様が対応しております。 何かあればエルメア様から報告されるでしょう」
「・・・そうか」
メイドの言葉に納得したサディエルは再び席に着く。
それから出された料理を食べるもミリーナのことが気になり心ここにあらずだ。
食事を終え執務室で作業に没頭するサディエル。
コンコンコン・・・
『魔王様、ご報告に参りました』
扉越しにメイド長エルメアの声が聞こえてきた。
「入れ」
『失礼します』
扉を開けてエルメアが入って一礼するとサディエルは作業を中断してミリーナについて質問した。
「それでミリーナの容体は?」
「身体に影響はありません。 ただ、精神にゆとりがなく心の整理ができるまで時間がかかるかと」
「・・・そうか」
サディエルは昨夜のことを思い出す。
(多分あれが原因だろうな)
あの時のミリーナは儚く美しかった。
あのまま消えて無くなってしまうのではないかと焦燥感を抱いたほどだ。
そして、無意識とはいえミリーナの同意も得ずにキスしていた。
「魔王様、しばらくの間ミリーナ様との接触は控えてください」
「それはミリーナの意思か?」
「はい。 落ち着くまでは会うことを控えたいとのことです」
「わかった。 ミリーナのケアは任せたぞ」
「畏まりました」
エルメアはサディエルに一礼して部屋を退室した。
「・・・ふぅ、しばらくはミリーナに会えぬか」
思い人に会えない寂しさを感じるサディエルであった。
ミリーナと会わなくなってから一ヵ月が経過した。
サディエルは目を覚ますと着替えて食堂へと移動する。
部屋に入るとそこにはミリーナが座っていた。
その姿は一ヵ月前と変わらない。
「あ・・・」
サディエルに気づいてミリーナの口から思わず不安な声が出ていた。
「おはよう、ミリーナ」
「お、お、お、おはよう・・・」
挨拶をするとサディエルはミリーナの対面に座った。
「心の整理はついたのか?」
「・・・まだだけどいつまでもこのままではいられないと思ったから」
ミリーナは真剣な目でサディエルを見る。
「サディエル、あの時の言葉の真意を聞きたい」
「あの時?」
「い、一ヵ月前の・・・事だけど」
言葉に出した途端ミリーナは赤面する。
「我の本心だ。 ミリーナは我のことをどう思っているのだ?」
「・・・色々な感情がごちゃ混ぜになってどう答えていいかわからない」
「そうか」
会話が途切れたタイミングで食事が運ばれてきた。
二人は無言で料理を食べていく。
食後のお茶を飲んでいるとミリーナは意を決してサディエルに話しかけた。
「あ、あの・・・今から遊びに行かないか?」
「今から? 別に構わないぞ。 どこに遊びに行こうか?」
「え、えっと・・・」
誘ったはいいがどこに行くかまでは考えていなかったミリーナ。
傍に控えていたエルメアが助け舟を出す。
「それでしたら海はいかがでしょうか?」
「ふむ、海か。 悪くないな。 ミリーナは?」
「わ、私はどこでもいいわ」
「決まりだな。 それでは海に出かけるとしよう」
エルメアの機転によりサディエルとミリーナは海へ行くことになった。
二時間後、サディエルはミリーナとエルメアを引き連れて魔族の国内で海がある唯一の町へと到着する。
遠くに見える海岸では多くの魔族たちが楽しんでいた。
「ここは多くの魔族たちに人気がある観光地だ。 ミリーナのことは任せたぞ」
「畏まりました。 さ、ミリーナ様、あちらで着替えましょう」
「え? 着替え?」
エルメアはミリーナの背中を押して女子更衣室へと歩き出す。
サディエルも水着に着替えるべく男子更衣室へと向かった。
十分後、トランクス型の水着を着用しサングラスをかけたサディエルが砂浜でミリーナを待っていた。
今身に着けているサングラスも水着もサディエルが前世の記憶を基に作らせて魔族たちが気に入って流行らせたものだ。
「女性の着替えは時間がかかるだろうから今しばらくここで待つとするか」
しばらく待っていると背後からか細い声が聞こえてきた。
「お、お待たせ・・・」
サングラスを外しうしろを振り向く。
そこには赤いビキニ型の水着を着たミリーナがいた。
胸元が強調されたデザインで、腰にはパレオを巻いている。
両手で胸を隠すようにしてサディエルの方へと歩いてきた。
視線に耐えられないのか顔を真っ赤にして目を逸らしている。
(か、可愛い! 可愛すぎるぞ!!)
サディエルの視線に気づいたミリーナは顔だけでなく耳まで赤くする。
「───(かあああああぁ・・・)」
「ミリーナ、その水着とても似合っているぞ」
「褒めるなっ! こんな恰好恥ずかしいだからなっ!!」
ミリーナは身体を隠すように後ろを向く。
サディエルはミリーナの肩に手をのせると耳元で囁いた。
『このまま誰もいないところに連れ込んで抱きしめたいくらいだ』
「っ!!」
ミリーナは身震いするとすぐに手を払ってサディエルから離れる。
「な、何考えているのよっ!!」
「今の我はミリーナのことで頭がいっぱいだ」
ミリーナの顔を見ながらサディエルは堂々と恥ずかしい言葉を口にした。
◇◆◇ ミリーナ視点 ◇◆◇
サディエルから告白を受けて一ヵ月が経過した。
(私、いつまでこんなことしてるんだろう・・・)
毎日メイド長エルメアがミリーナのために時間を割いて食事を持ってきてくれたり、衣類を洗濯してくれたり、部屋の掃除をしてくれたりするだけでなく心のケアまでしてくれた。
今も櫛でミリーナの髪を梳かしている。
「ミリーナ様、どうかされましたか?」
「私はこれからどうすればいいのでしょうか・・・」
「魔王様のことですか? ミリーナ様のお心持ち次第です」
エルメアからの回答を聞いてミリーナの表情が暗くなる。
察したエルメアがミリーナに提案する。
「ミリーナ様、気分転換に外出されてはいかがでしょう?」
「・・・そうですね。 たまには外に出てみるのも悪くないかも」
「それでは早速着替えましょう」
髪を梳かし終えるとエルメアは一着のワンピースをすぐに用意する。
ミリーナは着替えるとエルメアと一緒に部屋を出た。
何気なく城の中を歩く二人、着いた先は食堂だ。
ミリーナが困った顔をしているとエルメアが背中を軽く押す。
「さ、ミリーナ様、中へ」
「え、ええ・・・」
食堂へ入りエルメアに勧めるまま席に着くとしばらくしてサディエルが入室してきた。
ミリーナを見てビックリするがすぐにいつもの顔に戻る。
サディエルが挨拶するとミリーナもぎこちなく挨拶した。
(サディエルの本心を聞かないと)
ミリーナは一ヵ月前の事を聞いてみた。
サディエルの偽りない回答を聞いてミリーナの心が揺れ動く。
空気が重いまま運ばれてきた料理を黙々と食べる二人。
このままではいけないとミリーナは勇気を出して前に一歩踏み出すことを決意した。
「あ、あの・・・今から遊びに行かないか?」
「今から? 別に構わないぞ。 どこに遊びに行こうか?」
(しまった。 何も考えていなかった)
誘っておいてその先を考えていなかったミリーナは内心おろおろしていた。
そこにエルメアが海へ行くことを提案する。
サディエルとミリーナはその案に同意するとエルメア同伴のもと早速海へと出かけることになった。
海のある町へと到着するとミリーナはエルメアに連れられてある場所へと向かう。
「ここは?」
「女性用の更衣室です。 さぁ、中に入りましょう」
中に入ると多くの女性が着替えていた。
「ミリーナ様、こちらに着替えてください」
手渡された物を受け取って広げるとミリーナが固まる。
「こ、これって下着じゃないですかっ!」
「ミリーナ様、こちらは下着ではございません。 魔王様が発案された水着でございます」
エルメアの話によるとこの水着はサディエルが数百年前に発案したらしい。
当時漁港以外に寂れた町であったがサディエルは海水浴を考案する。
海水浴を始めた当初は海に入る抵抗があったが、今では多くの人が海水浴を楽しむために訪れるようになった。
その際、海に入れるように開発されたのがこの水着だ。
「どこが違うのよっ!」
「機能面が違います。 下着が上着を着るための下地に対して水着は水に入るためのものです。 下着は通気性・お洒落などに特化しており、水着は撥水性・密着性などに特化しております」
「意味が分からないんだけど」
「海に入るための服だと思ってください。 それよりも着替えましょう」
エルメアに急かされてミリーナは赤を基調としたビキニ型の水着に着替えた。
腰にはパレオという薄い生地を身に着ける。
(なんなのよこれっ! まるで踊り子みたいじゃないっ!)
ミリーナは自分の恰好を見て酒場の踊り子を連想した。
こんな卑猥な恰好をするとは夢にも思わなかっただろう。
紫のビキニ型水着に着替えたエルメアが声をかけてくる。
「それでは魔王様のところに参りましょう」
「こ、こんな恰好で外に出るの?」
「海を楽しむためです。 我慢してください」
エルメアに背中を押されて女子更衣室を出る。
砂浜には水着を着た多くの人で賑わっていた。
ミリーナはなるべく姿を隠すように歩く。
しばらくするとサディエルの背中が見えた。
(サディエルって案外逞しい身体をしているのね)
服を着ているときには気づかなかったが、無駄な贅肉がない引き締まった身体だ。
しばし見惚れていると我に返る。
(な、何を考えているのよっ! 私っ!!)
声をかけるとサディエルが振り向いてミリーナの容姿を褒める。
ミリーナは自分が今水着姿であることを思い出し、顔が火照るのを感じていた。
(私のことしか考えられないって真顔で言わないでよっ!!)
サディエルの言葉にミリーナの顔は益々赤くなる。
「いつまでも見ていたいが時間がもったいない。 思う存分海を楽しもうではないか」
そう言うとサディエルはミリーナの腕を掴んで海へと歩き出す。
(もう・・・強引なんだから)
心の中で愚痴るも嬉しい顔をするミリーナ。
腰まで浸かるところまで海に入るとサディエルは手を放す。
「どうだ、気持ちいいだろ?」
「そうね、気持ちいいわ・・・よ!!」
ミリーナはサディエルに対して勢いよく海水をかけた。
突然の行動に不意を突かれたのか顔面にもろに受ける。
「っ! やったなっ!!」
サディエルも負けじとミリーナに海水をかけて水浸しにする。
「やったわねっ!!」
それから二人は童心に帰ったのかお互い海水をかけまくる。
ある程度かけあうとどちらともなく笑っていた。
そこに沖のほうから突然発生した大きな荒波が二人を襲う。
「きゃっ!!」
二人は波を受けるが流されることなくその場に立っていた。
「ミリーナ、大丈夫か?」
「ええ、だいじょうぶ・・・」
そこでミリーナは胸元がスースーすることに気づいて自分の胸を見る。
そこには先ほどまで身に着けていたビキニトップスが無くなっていた。
「───(かあああああぁ・・・)」
ミリーナはすぐに身体を屈めて上半身を海の中に隠した。
「ミリーナ、どうした?」
「こ、こっち見ないでっ!!」
疑問に感じたサディエルがミリーナに問いかける。
「何かあったのか?」
「・・・先ほどの波でむ、胸当てが流された」
ミリーナは恥ずかしそうに事実を述べる。
「今探してやる」
サディエルは【探知魔法】を発動して波にさらわれたビキニトップスを探すとすぐに引っかかる。
反応があった場所を探すと程無く見つかった。
「ミリーナ」
サディエルは顔を背けた状態で見つけたビキニトップスをミリーナに差し出す。
ミリーナは受け取るとすぐにビキニトップスを身に着けた。
「探してくれてありがとう・・・」
「このくらい当然のことだ。 それよりもまた波が来ないうちに上がるとしよう」
「そ、そうね」
サディエルとミリーナは海から出る。
程なくしてエルメアと合流するもミリーナの様子がおかしいことに気づく。
「ミリーナ様、お加減が優れないようですが何かございましたか?」
「え、えっと・・・」
「少しばかりはしゃぎすぎてしまって疲れている。 ミリーナを休ませたい」
「畏まりました」
サディエルから説明を受けたエルメアがビーチパラソルの下に設置されているビーチチェアにミリーナを座らせた。
それから海の家で買ってきたのだろうキンキンに冷えた果実水をビーチテーブルに置く。
「ミリーナ様、こちらを飲んで身体を休めてください」
「ありがとうございます」
ミリーナは果実水を一口飲む。
落ち着くとエルメアがミリーナの耳元で囁く。
『先ほどの出来事で魔王様との距離が縮まって良い雰囲気でしたよ』
「っ?!」
エルメアの発言に危うく果実水を吹き出すところだった。
ミリーナが口をパクパクさせるが言葉が出てこない。
様子がおかしいと感じたサディエルが声をかける。
「ミリーナ、どうかしたか?」
「っ! な、なんでもないわ」
「? そうか、あまり無理はするな」
なんとか誤魔化すことに成功してミリーナは安堵する。
それからは黙ったままサディエルのことをチラチラと盗み見ていた。
日が地平線に沈み月が姿を見せた頃、城に戻ったサディエルとミリーナは食堂で料理を食べていた。
「・・・」
「・・・」
お互い言葉もかけずただ黙々と食べている。
聞こえてくるのは食器が触れる音だけだ。
あれからミリーナはサディエルのことを常に目で追っていた。
(なぜこんなにもサディエルのことを意識してしまうのだろう)
ミリーナは気づいていなかった。
知らず知らずのうちにサディエルに惹かれている自分を。
食事を終えると自室に戻り、そのまま俯せでベッドに倒れこむ。
「・・・私、何しているんだろう」
考えることはサディエルのことばかり。
意地悪な部分もあるが、いつもミリーナのことを第一に考えて行動していた。
(こんなに女の子扱いされたら戻れない・・・もう勇者になんて戻れない)
ミリーナは意を決するとベッドから起き上がり部屋を出た。
◆◇◆ サディエル視点 ◆◇◆
食事を終えて自室に戻ったサディエル。
(水着姿のミリーナも可愛かったな)
海水浴でのミリーナの姿を思い出し悦に入る。
コンコンコン・・・
ミリーナのことを考えていると扉をノックする音が聞こえた。
メイドが来たのかと扉に注目するも一向に声が聞こえてこない。
不審に感じたサディエルが声をかける。
「誰だ?」
『ミリーナだけど』
予想外の声の主にサディエルは驚いた。
「開いているから入ってくるがいい」
サディエルの言葉を聞いて扉が開くと遠慮がちにミリーナが入ってきた。
「お、お邪魔します」
「どうした? こんな夜遅くに?」
「話があるの」
いつになく真剣な表情をするミリーナにサディエルも真顔になる。
「それで話というのは何だ?」
「サディエルはどうして私を好きになったの?」
ミリーナからの愚直な質問にサディエルも茶化さず素直に答える。
「一目惚れだった。 初めて会ったあの時から。 お前が勇者だろうが敵だろうが異種族だろうが我には関係ない。 我の人生の伴侶はミリーナ、お前しかいない」
「私は・・・」
言葉に詰まるミリーナ。
するとサディエルはミリーナの手を取るとそのままベッドへと押し倒した。
二人分の重量によりベッドがギシギシと音を立てる。
突然の出来事にミリーナは驚き動くことすらできなかった。
「ミリーナ、何度でも言うぞ。 好きだ。 愛している」
それだけ言うとサディエルはミリーナの唇にキスする。
以前と同じだが唇を離してもミリーナはその場から逃げなかった。
まっすぐな瞳でサディエルを見る。
「こんな私でもいいの?」
「信じられないならミリーナの心に響くまで何度でも愛の告白をするぞ」
「愛の告白なんて恥ずかしいこと言わないでよ」
「ミリーナ、忘れたか? 最初に我は言ったはずだ。 『お前を悶え殺してやる』と」
「ここに住み始めてからずっと聞かされているわよ」
ミリーナは一泊置くとサディエルに告白した。
「私もサディエルのことが好きよ」
「ミリーナ・・・」
「責任取りなさいよね」
「もちろんだ。 我の一生をかけて幸せにする」
それからサディエルとミリーナはどちらともなくキスするとお互いの愛を確かめ合うようにベッドの上で一晩中愛し続けた。
サディエルとミリーナが両思いになってから二年が過ぎた。
二人は城内の中庭にあるガゼボでお茶を楽しんでいる。
あれから二人は結婚してミリーナのお腹の中には二人の愛の結晶である赤ん坊がいる。
「ミリーナ、身体の調子はどうだ?」
「問題ないわ。 あ!」
「どうした?」
「今私のお腹を蹴ったのよ」
そういうとミリーナは目を細めて自らのお腹をやさしく撫でる。
サディエルもミリーナのお腹を撫でた。
「無事に産まれてくるといいな」
「ええ。 私とサディエルの子だもの。 きっと元気に産まれてくるわよ」
それからサディエルとミリーナは無事に産まれてきた子供と共に末永く幸せに暮らしました。