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永遠を生きる魔王の、たった78年の恋

作者: 芒に雁

滅びた世界。


在るのは朽ち果てた街と、枯れた森。


寂しく佇むのは葉を失った世界樹。


転がる骸骨に、魔物の死体。


人どころか動物も魔物もおらず、ただただ静寂。


この世界の最後の生命、大海の古龍すら、命を終えようとしていた。


この世界、全ての命に呪われるは、魔王・ルナ。


神を殺し、龍を殺し、人間、動物、全てを殺し尽くしたその女は、また、別の世界へ転移した。


ーーーー


「もう、嫌だ。」


小さく呟いた。


私は魔王。基本的にそう呼ばれるものだ。


残虐の限りを尽くすわけでも、目についた生き物を殺すわけでもなく、ただ座っている。

それだけで、ただ存在しているだけで、その世界は終わる。


理由は、私の呪い。


邪神にかけられた、最悪の呪い。


一つ、最も近くの命を10体殺し、その死体にこの呪いをかける。

二つ、自分以外の生命が世界から消えたとき、別の世界に転移する。

三つ、私は、永遠に死なない。永遠に。


私は何年こうしているだろう。私は何人殺しただろう。


この赤いドレスは、母が私に贈った物だ。お前には赤色がよく似合うと。


その母も、私の呪いで苦しんで死んでしまった。


このイヤリングは、父が私に贈った物だ。貴族たるもの、美しく在れと。


その父も、私の呪いで苦しんで死んでしまった。


勇敢な戦士が、私を殺しに来て、顔も拝めずに死んでゆく。


誰も何も悪事を働いていないのに、みんな苦しんで、恐怖して、私を恨んで死んでゆく。


邪神を恨めと、私を恨むなと、私は悪くないと、最初の方は自分にそう言い聞かせた。

6百年経ったあたりで気づいた。意味はない。


何とかして呪いを解こうとした。

7千年経ったあたりで気づいた。無駄だ。


誰か私を殺してくれと、せめて封印してくれと願った。

20億年経ったあたりで気づいた。誰もそんなことできない。


殺しただけ“経験値”を得る私は、呪いがなくとも世界を滅ぼせるレベルになっていた。


あ、転移した。新しい世界。四角い建物が立ち並び、魔法を感じない、文明の進んだ世界。


ああ、私はこんなに美しい、整った景色をも破壊してしまうのか。











・・・何だ?呪いが発動しない?どういうことだ?

周りを確認。何もない。

ふと、空を見る。






なんだこの国は。神の加護が異常なまでに溢れている。

この国には一体何柱の神がいるんだ?

探知を起動。およそ八百万。こんな世界は初めてだ。

これらの神々が私の呪いを抑えつけている。


もしかして。


魔法でナイフを精製。自分の喉に突き立てる。


ああ、46億年振りの痛み。


実に4638246328年も待ち望んだ、切望した死。


喜んだのも束の間。呪いは発動し、私の喉は再生した。


八百万の神ですら、この邪神を完全に抑えきることはできないようだ。


そもそも死んだところで呪いは生きるから、世界を滅ぼし続ける死体が出来上がるだけだ。


私が項垂れていると、その山に変わった服を着た青年がやって来た。


「大丈夫ですか?こんなところで。」


人間だった。翻訳魔法で意味はわかるが、返事できなかった。

声が出せない。耳鳴りがする。頭が回らない。


私は「がほっ」と変な声を喉から出し、気絶した。


◆◇◆◇


ある日、趣味の登山を行っていると、山の中腹で変わった服を着た女性を見つけた。何か項垂れている。声をかけると、彼女は少し間をおいて突然気絶したものだから、とても焦った。


とりあえず救助隊を呼び、病院に搬送してもらったが、意識はしばらく戻らず、持ち物も無いので出自不明。起きるのを待つしかない。


ただ、風貌は赤いドレスに白銀の髪、金の瞳に謎の角という、何かのコスプレか何かをしているようで、そんな人が何故あんなところにいたのか、全く分からない。


しばらくして、目が覚めたという、連絡があった。なんでも、俺に会いたいと言っているらしい。


俺は彼女に会いに行った。


「ああ、来てくれた。」


その声は透き通るようでありながら、芯の強い、だがどこか諦めと絶望を含んだような、きれいな声だった。


「私のイヤリングを知らない?あの山に落としたようなんだけど。」


それなら持っている。来るついでに返そうと思っていた物だ。


「これですか?」


「ああ、それ。ありがとう。」


彼女が微笑む。

服装は病院の服に変わっていたが、髪と眼は変わらず、角もそのまま。医者によると、アクセサリーではなくはじめから生えていたように、頭骨から生えているのだという。

しかも気味が悪いほどに健康だったらしい。傷跡も虫歯も病も何もなく、理想的な体型、理想的な骨格、理想的な視力に理想的な筋肉だったそうだ。

しかもいくつか常人には無いような、役割の分からない謎の内臓まであったという噂まである。


こうなってくると人間かも怪しくなってくるが、恐怖は感じない。むしろ美しいとすら思う。


彼女は自分については何も話そうとしないらしく、依然正体は謎のままだ。


こんなに俺が彼女の情報を持っているのは、調べたわけではなくその日から頻繁に彼女に会いに行っていたからだ。


白状すれば、これは恋だった。


正体も人かどうかすら分からない女性に恋などおかしいだろうか?

彼女は美しかった。容姿も、所作も、佇まいも、何もかもが。

理由はそれだけだ。


◆◇◆◇


彼は何度も会いに来た。その度に、色々なことを話してくれた。

ある日は、好きだという小説を持ってきた。

ある日は、“げーむ”という玩具を持ってきた。

ある日は、“まんが”という面白い本を持ってきた。

ある日は、“すまほ”という、魔導具のようなものを見せてくれた。


彼は色々なことを話し、色々な絵、、、写真というらしいが、それらを見せてくれた。

この世界にはこの国の他に、色々な国があり、色々な景色、沢山の人間がいるのだという。

私はこの国から出たら世界を滅ぼしてしまうので、出ることはできないが、彼の体験談で想像を膨らませた。


彼は色々なことを話すが、何も聞かなかった。

角も、あの山に居た理由も、私が何者なのかも、聞くことはいくらでもあるだろうが、聞かなかった。


ある日、私は退院した。

私は働いた。雇ってくれるところは無いと思ったが、あの青年が経営している工場で雇ってもらえた。

小さな工場だったが、明るい職場で、誰も過去を聞いたりしてこなかった。たのしかった。


角は帽子で隠し、こっそり魔法で工場を手助けしたりもした。


「るなちゃんは好きな人とかいないのか?」


先輩の中年くらいの人が聞いてきた。お世話になっているひとだ。

最初に思い浮かんだのは、優斗のことだった。あの青年の名だ。

彼は心配になるほど優しい。我ながらこんなに怪しい者はいないだろうに、特に疑わずにそばに置いてくれた人だ。


だがすぐにその考えを否定した。私は永遠に生きる。いつかこの国が沈むか、この星が終わると、別の世界に転移する。


気を狂わすことすら許さないこの呪われた身で、人を愛そうと、彼が死んだあとに残るのは後悔だけ。


恋人など作っても、別れに悲しむだけ。


魔法で封印して持っていくこともできなくもないが、この国が終わったとき、1番近くである彼は、一番最初に死んでしまう。私の呪いで死ぬ場合、3時間ほど苦しみ悶えるのだ。そんなのは絶対に嫌だ。だから、


「いえ。いませんね。すみません。」


簡潔に嘘をついた。それは、嘘だった。


◆◇◆◇


彼女は退院した。

アパートを借りて生活保護で暮らしていたが、働きたいと本人が言うので、死んだ親父から継いだばかりの、小さな工場で雇った。

事前に彼女のことはあまり詮索しないように言っておいたが、大丈夫だろうか。


彼女を雇ってから、生産効率が上がったような気がする。


2年、彼女は働いていたが、容姿に一切の変化は無かった。

ただ、前に比べて表情がやわらかくなったように思う。


何故か怪我しても、一瞬で治るが、そこには触れないでおく。


俺は鈍感ではないつもりだ。

だんだん俺に対する目線に、最初は絶望や、諦めがあったのが、感謝や愛情に入れ替わっていることに気づいた。


周りも応援してくれていて、とても嬉しかった。


気づけばいつも俺は彼女のことを考えていた。


社員旅行を(おこな)った。行き先は京都。


ありきたりかもしれないが、彼女は国外には行けないというので、ここにした。


修学旅行ぶりだったが、寺や神社に熱心に祈る、、というか、なにか感謝するように手を合わせる姿を見て、彼女の新しい一面を見れた気がした。


社員旅行の最後の夜、俺は告白した。


彼女は最初は嬉しそうな顔を見せたが、すぐなにか思い出したような顔をして、黙り込んでしまった。


なにか事情があるのだろう。仮説はいくつかでているが、どれも荒唐無稽な内容だ。

俺は真実を知らない。だが、それだけで諦められるほど、俺の覚悟は柔ではないつもりだ。


「もし、君も俺を好ましく思っているのなら、手を取ってほしい。俺と共に、思い出を、一生かけて作る思い出を作って欲しいんだ。」


勢い余ってプロポーズっぽいことまでしてしまった。

彼女は躊躇っていたが、やがて諦めたような表情を見せて、笑顔で手を取ってくれた。


その証として、俺は彼女にルビーの指輪を贈った。

少し高かったが、彼女に最も似合う色だと思ったからだ。


◆◇◆◇


彼に愛を伝えられた時、ものすごく嬉しかった。


だが、私は永遠だ。ずっと一緒にいることはできない。

だが、私は魔王だ。償い切れないほどの数を殺してきた。


彼にこんなことを言っても聞かずに、一緒にいたいと言ってくれるだろう。

そういう人だ。


もう、良いか。今が良ければ、後悔なんて知ったことか。


私は彼の手を取った。


どうせ別れで悲しむなら、目一杯思い出を作ってやろうと、思った。


10年。私達は3人子供を産み、幸せな家庭を築いた。

優斗も年を取り、子どもたちも成長したが、私は変わらない。


長女のマイは昔の私を見ているようで、やんちゃな女の子だ。

長男のシンは父似で、優しいしっかりものだ。

次男のケイはマイペースな、サボりぐせのある、しかしやるときはやる少しひねくれた少年に育った。


子供はみんなちゃんと人間で安心した。

娘は角について聞いてきたりしたが、なんとか誤魔化せた。


やがて、子供は大人になり、夫は認知症を患った。


子どもたちは結婚し、家庭を作った。

彼らも私より早く死んでしまうだろう。

ものすごく悲しいが、私が殺してしまわないだけましと考えることにしよう。


夫が入院した。97歳だ。人間なら当たり前。

彼はたまに思い出す。昔の出会いを、昔の恋を。

今も私は彼を愛し、彼も私を愛してくれている。

彼は虚ろな意識で、寿命で死ぬ瞬間も、私の名前を最期に呟いて、死んでしまった。


私は泣いた。

結婚式も、子を産むときすら涙を堪えきったが、このときは、4638246401年ぶりに、私は泣いた。


その時、呪いが一つ解けた。

一つ目の、居るだけで世界を滅ぼす、死滅の呪い。

理由は解らない。何かの条件を満たしたのか、彼の最期の贈り物か。


彼は、最期まで、私の過去について何も聞かなかった。


◆◇◆◇


「それで、そのまおうさんはどうなったの?」


エルフの子供が旅人に問う。


「やがてその星は終わり、別の世界に転移した彼女は、ずっと、ずっと彼のことを思い続けているんだよ。何年も、何億年も、何兆年も、そして、今も。その永い時を支えるのは、彼との思い出だから。」


「なんでそんなことしってるの?」


旅人が微笑む。


「さあ。なんででしょう。」


その旅人の指には、小さなルビーのついた指輪が輝いていた。

忙しく無ければ、ぜひ感想をください。

どこが良いか、どこが悪いか、どう感じたか、教えてください。


お願いします。


「邪神と永遠と狂愛」はこれとセットなのでこちらも読んでくれると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] せつない感じがキレイでした あと、魔王の一途なところ [気になる点] どうして呪いが一つでも解けたのか 異世界転移してまでも広がる呪い、どれだけ強大な邪神だったのかな?; [一言] 異世界…
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