8記
「侍従をそちらのメイドの君と目会わせようと思うのだが。
どうも、メイドの君がお前からの手紙を届けに来たことがきっかけらしい。」
フィアの縁談話が来たのはカイアと同じ授業を受けているとき。
小さく折り畳まれた手紙を後ろの席より回された。
「今日の午後、4限終わりにいつもの場所にて。」
ノートをちぎり答える。
ははっ。リリーらしい。
丁寧に書かれた返答ににやけ顔が止まらない。
お陰でプロフェッサーに変人扱いされたじゃないか。
「フィアは預かりものの娘なのよ。
王都貴族が戯れに手を出した民の孫娘。」
彼女を育てたおばあさんは彼女を娘のときのように政略の道具にされたくないと語っていたそうよ。
その上で自身が長くないことを知り、遠縁の娘に預けることにした。
リルア様はアイリス家の娘としてメイドもつけられない私を見かねてつけてくださったのよ。
そのフィアを、私の妹を守れるだけの力がその方にあって?
「彼はリーグ=ミーズワース。
ミーズワース伯爵だ。
まだ幼いがゆえに家令には任せているが。
侍従を退いた後にはミーズワースへ戻る。」
なるほど、振興の男爵家など取るに足らない身分ですことね。
しかし、こうなってくるとフィアの身分が釣り合わなくなってくる。
卒業後に予定をしていたアイザック辺境伯の総領娘としての地位。
アイザックの女領主として恐れられたお母様の跡取りとして。
「それならば、近いうちに彼女と引き合わせましょう。」
冬の休みにノーザンバードの領地に帰る段取りをつけると共に。
密かにフィアを妹として引き取る段取りもつける。
そして。
とうとうその日はやって来た。
「おかえりなさいませ。リリー様。」
ええ、アルフ。支度は整ってるかしら?
もちろん、指図通りに。
総領館に入り、正面の肖像に目を細める。
甲冑を来た勇ましく凛々しい若い乙女。
若い頃のお母様ね。よく似ているわ。
ハンカチで目頭を押さえる家令は母が幼い頃より仕えてくれている優秀な者だ。
あら、アルフったらどうしたのかしら?
「ああ、申し訳ない。
あまりにお嬢様がリル様に似ておいでで。」
ノーザンバードの総領娘。
ノーザンバードの辺境伯、女領主リルの名は今でも語られている。
お母様…。
本当にお姉さまに面差しが似ていらっしゃる。
「リリー様によく似ておいでです。
リリー様はお母君に似たのですね。まるで、そう。
生き写しですわ。」
フィアの言葉にアルフが頷く。
肖像の前で王公と貴族の正式な貴婦人の挨拶をする。
ノーザンバードへの帰着の挨拶を。
さあ、乳兄弟を幸せにするのよ___。