5記
「リリー、助けてくれ。」
夜陰に紛れて幼なじみの男の助けを呼ぶ声が聞こえる。
夏期休暇の前半を寮で過ごすと言っていたが、本当に過ごしてるとは。
幼なじみの姿を確認し、第一に思ったことだ。
彼は、家族が大好きで毎年夏期休暇には領地に帰るというのに。
「ドネイラ草の毒に当てられたみたいでさ。」
ドネイラ草はこの国ではポピュラーな毒草だ。
その棘に毒を持ち、刺されれば毒が体内に回る。
だが、棘を抜かずに中和薬をかければ毒は解毒されるはずなのだが。
「カイア、棘はどうしてしまったの?」
この男は、幼い頃からこうだ。
あちこちで怪我をしては帰ってくる。
この幼馴染のために看護と薬学科の単位を取ったのではないと言い聞かせる。
「よし、これでいいわ。」
最後にきつく縛って終わりの簡易治療。
あくまでも簡易の治療でしかない。
これ以上は高度な治療が必要だ。
「いーい?
簡易的な治療はしたけど、朝になったら高等治療を受けなさい!」
熱ざましのレモンピールを持たせて男子寮に帰す。
朝までに熱を出さないといいのだけれど。
夜の静寂に筆を執る。
もしも、彼が家に戻されることがあったのなら。
覚え書きとしてこの手紙を従者に託そうと考えた。
「カイア様は昼より熱のためリードのタウンハウスで滞在予定です。」
カイアの従者がそう言い置いたとき。
手が離せなかった我が主は手紙を渡せず。
フィア。お願いできるかしら?
主の命を受け、女子寮と男子寮の間の森を駆け抜ける。
「リリー姫の使いのものです。
カイア様の従者の方はおいでか?」
男子寮寮長に申し出たところ、カイアの従者に取り次いでくれるとのことだ。
主が書き付けた内容を知るだけにリード家の者に手紙を託さねば。
「俺たちは、カイア様のお里下がりのしたくで忙しいのだ。
女子生徒からの恋文など捨て置け。」
先輩の言うことはいい加減だ。
本来、僕のような一介の侍従ごときが、主の来客対応はしてはならない決まりになっている。
だけど。火急の用件なら。
「お待たせした。」
灰色に少し蒼の入った瞳。
そう、この人も貴族の子息なのね。
若干、夜半にカイアがリリーを訪ねてきたなど信じてもらえないかもしれないと思いつつ、ドネイラ草にやられたのだと伝える。
そして、主人からの手紙を手渡せば仕事は終わりだ。
「リリーは信用足る人物だ。」
以前、主人はこう言った。
その言葉を信じるなら。
悪いな。急に帰郷することになって。
弟が急病なんだ。
馬屋番に嘘を伝えて馬を借り受ける。
こんなことが知られれば、家族もろとも失業してしまうかもしれないけれど。
主人は、いつだって先輩の毒を解毒してくれたから。
忠義を胸に、馬を駆ける───。