2記
「モラン様の弟君ね。
お初にお目にかかりますわ。私、アイリス伯爵が息女、リルアともうします。」
丁寧に挨拶をしてくれた義姉に丁寧な挨拶を返す。
義姉の面差しはどこか見知った顔によく似ていて、だけど、どうしてもその面差しの持ち主が思い出せずにいる。
「あら、忘れるところでしたわ。」
後ろに控える侍女に目を配らせて、これは私の妹のリリー=アイリス。
あたしの2期下の学園の付き人だったから、あら、カイア様も同じ学年ね。
あたかも妹をメイドのように扱う。
リリーは無言で幼なじみの姿をそのセルリアンブルーの瞳に写す。
そして、用意していた嘘を反芻する。
すべてはこのときのために。
「リルア様、妹君を庭園にご案内してもよろしいか?」
どうしましょう?
保護者である姉を見やる。
保護者の許しがなければ行動が取れない。
姉の普段の態度から、リリーのような妹を義兄の家族に知られることが嫌なはずだ。
「いいわ。カイア様、お願いできるかしら?」
妹の幸せのためには、妙齢の有力貴族の子息との縁談が必須。
その上で、相手方の後見を願い出るより道はない。
「驚いた。リリーがリルア様の妹だったなんて。」
至極率直な感想だった。
兄嫁の妹が幼なじみの少女だったなんて。
違うわっ。
あたしはリルア様の妹ではないわ。
あたしはリルア様の付き人メイドよ。
あなたにもいるでしょう?
一緒に学園で学ぶ付き人が。
「ずっと対等だと思っていた幼なじみが、自分より格下だと知ってスッキリした?」
違うっ。違う。
あたしは、本当は。
だけど。ノーザンバード子爵を継ぐものとしてアイリス家と縁を切らなければならない。
お姉さまの妹じゃないと、共にノーザンバードの血を引く最後の身内なのに言うのは辛い。
だけど。
ノーザンバード子爵を継ぐと決めた以上は責務を果たさなければ。
「・・・そんなぁ。」
あんまりにも情けない声しか出せなかった。
このときにはまだ、リリーが背負うものも知らなかった。
面差しからも実の姉妹だとわかることなのにどうして嘘をつくのかと疑いすらした。
本当に、リリーのことを何一つ知らなかったんだ。
「リリー、カイア様とは楽しめて?」
はい、といつものように答えてはいるが。
わからないと思っているのか。
表情がいつもより和らいでいる。
鉄仮面をかぶり、冷たい瞳をしているこの妹が。
初めて人間らしいと思えるようになった。
このときはまだ、二人の関係について何も知らなかったけれど・・・。