1記
「兄様ー。獅子を捕らえて参りました。
この今日の良き日に兄様へのはなむけです。」
ヴァンプ暦16年。初春。
暖かな日差しを浴びる金髪の澄んだ蒼の瞳をした少年。
16年前、王宮火災の翌朝に生まれた弟。
歴史が変わった一夜に生まれ落ちた命。
その命に隠されたのは。
「カイア、お父様がお呼びだ。
早く行って差し上げろ。」
幼さの残る弟ももう、16になろうとしている。
なのに、だ。
未だに未来の義妹の候補すら連れてこぬ。
そろそろ父もしびれを切らしたのだろう。
「・・・この、カイア=リードはリード公爵に迷惑はかけたくございません。」
成人の年になり次第王都に出て役人の道を目指します。
リードの家にそして、リードの民に恩返しがしたい。
「全てを・・・。知っているのだな。」
全てを凌駕するようなその蒼の瞳。
お前を我が家に迎えた朝と同じ澄んだ、どの貴族家の者等よりも王族に近い瞳の色。
「なんのことでしょう?」
肩を竦めて無邪気に笑ってみせる。
知っている。自分自身に関わることだ。
知らない方がおかしい。
だが、この人や母、兄には悟られてはいけない。
大切な家族だから。
あの、王宮火災の夜に消えるはずだった命。
生き長らえたのはこの人たちがいたおかげだ。
だから、恩返しがしたい。
役人を目指すのは単純な理由。
収入がいいから、だ。
「カイア、お前はリードのことは気にせず、なりたいものになればいい。」
そう、貴族の生き方に拘らなくとも。
反対はしないつもりで育てた。
カイアがいるおかげでモランだってあのように育ったのだから。
だから、カイアの決めた生きる道を反対しないと決めた。
「・・・リルア様、もうすぐリード公爵領かと。」
目の前に座る令嬢に声をかける。
今のあたしの姿は簡素なドレスをまとった、いかにも下級貴族の娘と言った風貌であろう。
とても、伯爵家が一員とは思えないであろう。
対面に座る、姉、リルアとは対照的ですらある。
「ええ。」
今日は、学園時代に知り合った次期リード公爵モラン=リードとの婚姻の日。
喜ばぬはずはないが。
眼前に座る妹のことが気がかりでならない。
上級貴族ともなればお付きの供と学園に入学させることが多いと聞く。
いくら、父の目を欺くためといえ、学園へ入学するまでの間妹をメイド扱いしていたのが悪かったのか。
とにもかくにも、妹はお付きのメイド役を演じきってしまった。
こうなってしまっては、妹にはどちらかの有力貴族の後見人を付けなくては。
多数の思いが渦巻くなか、その婚儀の舞台に役者が揃ったのだった。
ヴァンプ暦16年初春のことだった。