感じる?感じない?
次の日、私は足早にベネディクトの元へと向かった。
ノルデグレーン城の庭先を抜けて、あと少しで外廊下、というところで声を掛けられた。
「ヴェロニカ様」
フッと振り返ると、綺麗な黒髪をした、とんでもなく美形の男性が立っていた。
「マティアス様!!」
そう、この方が私の最推し、マティアス様だ。
ベネディクト様よりは少し低いけど、十分すぎる長身、すこしグレイがかった瞳、サラッサラの黒髪、マネキンかと思うほど綺麗な細マッチョ、キリッとしていてすこし冷たそうな雰囲気。
性格は
冷静沈着、クール、即決即断
そんなかんじの、まさに王にぴったりの気質である。
マティアス様はアカデミーの中でも特に人気が高く、一度廊下を歩けば女子学生から黄色い歓声があがるほどだ。
マティアス様は第二王子でありながらも努力家で、王のための教育もベネディクトと同じように受けてるとの噂だ。
その王教育というのは、私が受けた王妃教育とは比べ物にならないほどたくさんのことを叩き込まれると聞く。
私の王妃教育ですら、時々泣いてしまうほど辛かったというのに、一体どれほどのものなんだろうか…。
ベネディクトももちろんそれに耐えてはいるんだろうけど、飄々とした彼の性格がそれを悟らせないのか、彼がそんなスパルタに耐えている姿はなかなか想像し難い。
マティアス様は逆で、誰がどうみても「努力の人」だ。
学園内でお見かけしたときも、いつも一人で本を読んでいる。
その真剣に本を読む様もあまりにも絵になるものだから、女子たちはみなうっとりと盗み見している。
アカデミー内には彼のファンクラブもあり、その美しい黒髪を称えて一部の生徒たちは「黒曜石サマ」と呼んでいるとかなんとか。
ゲーム内でもメインキャラクターであり、ファン投票も2位と3倍近くの差をつけて、ぶっちぎりの1位だった。
ベネディクトも、この世界では文句なしの美形ではあるんだけど、やっぱりマティアス様のミステリアスな色気には遠く及ばないようだった。
「ヴェロニカ様、昨日は早々にお帰りになってしまったと伺いました。
せっかくいらしてくださったのに、ご挨拶もできず申し訳ありません。」
「とんでもございませんわ!
私が勝手に来て、勝手にすぐ帰っただけです。
むしろご挨拶もなく、無礼だったのはこちらのほうですわ。」
「昨日はなにか様子がおかしかったと家のものから聞きました。
今日はもうお加減はよろしいんですか?」
「昨日は少し…なにか取り乱しておりまして…お恥ずかしいですわ。
今日はもう平気です!ご親切にありがとうございます。」
「それならよかった。今日は兄になにか用事ですか?」
「そ、そうですね…。その…大事な話があって来たのよ。」
「……そうですか。兄なら今は自室にいるはずです。行ってみてください。
あなたとお話できてよかった、ではまた。」
「ええ、また、マティアス様。」
そう少し会話をして、ベネディクトの部屋の方へ向きを変えて廊下を歩き始めた。
すこし一人で歩いてふと気付いた。
私…めちゃくちゃ冷静じゃない…?!?!
昨日は何故かあんなに取り乱していたのに!!
憧れのマティアス様とお話していたのに!!!
なぜあんなに落ち着いていられるの?!?!
昨日は体全体が心臓になったかと思うほどにバクバクしていたのに、マティアス様と話すときは、特になんの高鳴りもなかった。
コンビニで
「あたためますか?」
「お願いします。」
の、会話くらいなにも感じなかった!!!!
なぜ?!なぜなの?!
自分でも理解が追いつかず、頭の中にたくさんの「?」を出したまま、足早に廊下を歩いていたら気付けばベネディクトの部屋の前に来ていた。
ドキドキするのは、急いで歩いてた来たせいよね?
これは動悸、ただの動悸。
そう、誰に対してなのかわからない言い訳を自分自身にしながら、部屋の扉をノックした。
「だれー?」
中から聞こえた声に、身体がフワッと舞い上がりそうになる。
「ヴェ、ヴ、ヴェ、ヴェロ、ヴェロニカです!!!」
噛みまくっているし、声もちょっとひっくり返ってしまった。
「え?!ヴェロニカ?」
そういうと中から足音が近づいてきて、ガチャリとドアが空き、中からひょこっとベネディクトが顔を出す
「やぁ、ヴェロニカ!今日は調子は大丈夫?」
ふわりとベネディクトが笑うと、頭がクラクラしてきた。
だめ!!!
パチン!と両手で頬を挟んだ。
「えっ?!?!ど、どうしたの?!大丈夫?!」
ジンジンと痛む顔をグイッと持ち上げ、声を上げた。
「ベネディクト様、大事なお話があります!!!」