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09 エレミア・パールと虹の騎士

「ねえねえエレミア、治癒院のマルチェロ先生を知ってる? あの人、優しくて柔和で、とっても紳士なの!」

「お会いしたことはないですが、素敵な方なのですね」

「ええ。何より、治癒院に行けば必ず会えるっていうのが良いわ! 騎士様は、会いにいかないと会えないもの」


 薬草茶を片手に、ミナは今日も楽しそうに喋っている。レナードの次はどこぞの伯爵家の次男、その次は喫茶店の店員、何人目か忘れたが、今は治癒院の先生にご執心らしい。

 彼女の恋の話はいつも相手への尊敬の念と憧れでいっぱいで、聞いていると明るい気持ちになる。


「エレミアだって、虹の騎士様になかなか会えなくて辛いでしょ? 酷いわよねえ、恋人が出来た途端、魔獣討伐隊に行っちゃうなんて」

「元々彼は、そちらにいた方なんだそうです。調子が悪くて、警備隊に配属されたらしくて……」

「エレミアが心配じゃないのかしら!」


 ぷりぷり怒りながら薬草茶をぐいぐい飲む姿も、毎度のことながら可愛らしい。私は新しくお茶を淹れながら、カウンターの端に目をやる。ランタンの中にちらちら燃える炎は、レナードが置いて行ったものだ。

 魔獣討伐隊は、この地を守る騎士の花形。風魔法だけでなく、火魔法、水魔法……あらゆる魔法に適性があるから「虹の騎士様」と呼ばれている彼が、全身の疲労感から解放されたら、途端に戻ってしまったのは無理もない話だ。


「エレミアがいいならいいけどね。さて、マルチェロ先生のところへ行って、それから仕事してくるわ! またね、エレミア」

「はい、またぜひ」


 軽やかに手を振って出て行くミナの、ワンピースの裾がふわりと揺れる。扉から吹き込む風はからりと暑い。気付けば、緑盛る季節が訪れていた。

 この時期になると、日はずいぶん長い。段々と傾いていく光に合わせてのんびり作業をしていると、いつの間にか夜になってしまう。

 カラン、と音が鳴る。


「エレミアさん、ただいま」

「ああ、レナードさん。お久しぶりです」

「久しぶりになっちゃったよ。もう少し早く戻る予定だったんだけどなあ」


 カウンター向かいの席にレナードが座ると、脚が気だるい感じがする。でも、それだけだ。


「お怪我がないようで何よりです」

「エレミアさんに痛い思いはさせられないからね」


 魔獣討伐という危険な任務においては、怪我もよくあること。傷の治りを良くする薬草を用意しておいた引き出しを、そっと押して閉じた。


「元気そうだね。今日も、君の顔が見られて嬉しいよ」

「私もです」


 その言葉に、嘘はない。嘘をつかなくていい、ということに、毎回嬉しい気持ちになる。

 紙袋から取り出した料理を、分け合って食べる。いつもの穏やかな時間が、今日も流れていく。


「……討伐隊に入って、ひとつ良いことがあってさ」


 内緒話をするように、レナードが囁いた。


「警備隊よりも報酬が断然に良いんだ。前に配属されていた時の分も合わせたら、そろそろ家が買える。……そうしたら、その家に一緒に住んでくれないかな」

「……いいんですか? 私なんかが」

「もちろん。俺には君しかいないよ」


 ぽわ、と胸に温かなものが広がる。綻ぶ気持ちが顔にも表れて、頬が緩むのがわかる。気持ちを隠さなくていいって、なんて自然で、幸せなんだろうか。


「嬉しい、です」

「良かった」


 朗らかな笑顔は、いつものレナードのもの。この表情をこれからもずっと見られるなんて、幸せで堪らない。

 レナードの伸ばした指先が、私の指に触れる。どちらからともなく、きゅ、と握り合った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] エレミアの体質、なかなか難儀ですね。 対症療法で何とかするしかないというのがリアリティがありました。 レナードになかなか自身の秘密を打ち明けられずに悩みますが、 しかし、最後にはお互い打ち…
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