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05 エレミア・パールと女性客

「今日は随分、華やかなお客さんが多いんですねえ」

「そうなんです」


 アーネストに薬草茶を振る舞いながら、私は、いつになく混雑した店内を見渡す。

 狭い店内は、客が5人もいたらいっぱいに見える。初めて見かける女性客は、天井から吊り下げた薬草や、瓶に入った薬草をなんとなく眺めている。

 ほんの少し膝が痛いのは、アーネストの痛みだろう。その他には特に何もない。特に体に問題がないのに、薬草店に若い女性達が何人も来るなんて、不思議な日だ。


「賑やかで宜しいことです。目の保養にもなりますねえ」


 髭を撫でてから、アーネストが薬草茶を啜る。目を細めて、孫を見るみたいな優しい目で彼女たちをちらちら見ている。

 確かに目の保養になる。ひらひらとした裾のスカートや、くるんと巻いた髪質は、花を渡り歩く蝶のように可憐だ。


「ご馳走様でした。また来ますね」

「ありがとうございます。お待ちしております」


 アーネストを見送り、使用済みのカップを洗いながら、客の様子を見る。

 知り合い同士という訳でもなさそうだ。それぞれ、微妙な距離を取り、視線を合わせないように立っている。

 実は、窓の傍にいる桃色のワンピースの彼女は、開店前から店の前にいた。何か欲しいものがあるか聞いたが、曖昧に濁されてしまった。それから今まで、何かを買うでもなく、質問されるでもなく、店の中を眺めながらそこにいる。他の客も、とりわけ、何かが欲しそうな様子ではない。

 不思議だ。この店に、見るものはそんなにないのに。


「……」


 きっと何かがあるのだろうけれど、目が合いそうになると、無言で視線を逸らされる。なんとなく話しかけにくい。客がいる以上、外の作業はできない。私はカウンター後ろの薬草を整理しながら、話しかけられる準備だけしていた。

 カラン、と扉の開く音がする。ちらり、客たちが入り口を見る。入ってきたのは、また若い女性だった。誰かが、はあ、と小さくため息をつく。


「いらっしゃいませ」

「あの! ここは何の店なの?」


 今度の客は、話しかけてきてくれた。胸元に付いた赤いリボンと、両側に垂らした三つ編みが可愛らしい。私よりいくつか年下に見える。


「薬草を売っております。どんなものが必要か仰って頂ければ、良いものを見繕います」


 答えながらも、違和感があった。どんな店かも知らないで、こんなところに来るだろうか。ここは、街から離れた森の中である。


「ここに、虹の騎士様が来るってほんと?」

「虹の騎士様……?」

「知らないの? レナード・ロイ・ランベルク様。ここに来たら話せるって、聞いたんだけど!」


 彼女は、きらきらとした瞳で、カウンターに身を乗り出して話す。虹の騎士様とは、レナードのことらしい。そんな二つ名があるなんて知らなかった。

 なるほど。どうやら私が思っていた以上に、彼は憧れを集めているようだ。背後の女性客たちも、何となくこちらの会話を意識しているのがわかる。彼女たちは、レナードに会いたくてここにいるのか。


「……一度ご挨拶にいらっしゃいましたが、その後は特に、お見かけしていませんよ」


 嘘である。咄嗟に嘘をついて、嘘をついた自分に驚いた。別に、彼女たちがレナードに会いたくてここに居て、もし会えて喜ぶのなら、それはそれでいいはずなのに。

 それだとレナードに迷惑がかかるから? それとも……。可能性を探ると、身の程知らずな願いが透けて現れそうで、私は考えるのを止めた。


「でも、昨日虹の騎士様が、ここへ来たって聞いたわ!」

「街中で体調を崩した時、偶然お会いしまして、送ってくださったのです。お優しい方ですよね」

「そうよね! 虹の騎士様って、顔は良いし、愛想も良いし、家柄も良いし、優しくて素敵よね!」


 私の発した褒め言葉が、何倍にもなって返ってくる。両手を組んでうっとり話す彼女は、どう見ても恋する乙女だ。


「あなた、街のどこで虹の騎士様にお会いしたの?」

「ええと……治癒院の辺りですが」

「治癒院なんてたくさんあるじゃない! ああ、でもこの近くだと……」


 彼女は、ぱちん、と閃いたように両手を叩く。


「わかったわ! そこで倒れたら、私も虹の騎士様に抱きかかえていただけるかしら!」

「どう、でしょうか」

「あなたみたいに地味な人がしてもらえたんだから、私ならしてもらえるはずだわ! そうと決まったら、早く行かなくちゃ!」


 スキップの音を鳴らしながら、彼女は扉を開けて店を出ていく。……はあ。息を吐いてから、私は何だかちょっと疲れたことに気づいた。

 嵐みたいな人だ。あんなに元気で明るい女の人と話したのは、久しぶりである。

 カラン、カラン。のんびり過ごしていた客たちは、ひとりひとり、外へ出て行く。彼女と私との会話を聞いていたのだろう。

 それにしても、皆、レナード目当てだったのだ。素晴らしい人気である。


「やっぱり、『騎士様』は遠い存在よねえ……」


 自分のひとりごとが、妙にしみじみとして聞こえた。

 いつもならレナードが来る日だったが、この日、彼は来なかった。私が彼の姿を見るのは、それから暫くしてのことである。

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