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03 エレミア・パールと新たな常連

「こんにちは、エレミアさん」

「レナードさん……こんにちは」


 笑顔が曇っていないだろうか。心配しながら、私は客を迎え入れる。レナードは相変わらず、凛とした騎士服姿だ。素朴なこの店には、似つかわしくない。

 見惚れるほど美しいけれど、そんな余裕がない。今日もレナードが入ってくるなり、私の全身は強烈な疲労感に襲われた。本当なら立ち上がって出迎えたいところだけれど、それすら叶わない全身のだるさである。


「お変わりありませんか」

「はい……いつも、ありがとうございます」

「当然のことですよ。こうして騎士が出入りしていれば、悪意のある者も寄り付かないでしょう」


 他意の感じられない、人の良い微笑み。

 初めての来訪から、レナードは2日置きに現れた。これで3度目である。どうやら彼の巡回路に、本当にこの店が組み込まれたらしい。忙しい筈なのに、なんて素晴らしい心がけだろう。こんなに小さい店まで気にかけてくれる騎士の優しさには、本当に感心する。

 だけど。だけど、と思ってしまう。気遣いはありがたいものの、彼の疲労感を共有してしまうと、本当に疲れるのだ。そんなこと、もちろん、本人に面と向かっては言わないけれど。


「……レナードさんは、夜は、よく眠れる方ですか?」

「夜、ですか?」


 驚いたように目を丸くされて、顔がさっと熱くなる。いつも世間話ばかりで、個人的な質問などしたことがない。しかし、引く訳にはいかなかった。これが、私の用意した作戦なのだ。

 レナードが来て困るのは、その強烈な疲労感を共有してしまうせいだ。ならば、彼の体調を改善すれば良い。幸いここは薬草店である。効果のある薬草を選んで渡せば、彼の体調は改善し、私はその厚意を純粋な気持ちで受け取れる。

 全身の疲労感が何によるものかは定かではないが、寝不足が疲労に繋がることは、経験的に知っている。いろいろ試して、原因を改善していくのが良さそうだ。


「そうですねえ……眠りが浅い方ではあります」

「眠りを深くする薬草があるんです。もし宜しければ、お持ちになりませんか? お代はいりませんので! 気にかけていただいている、お礼です」


 受け取ってもらうために、昨晩から温めておいた台詞だ。つい早口になってしまう。


「……すみません、俺は騎士団の独身寮にいるので、許可のない物品の持ち込みはできないんですよ」

「あっ! そう、なんですか」

「申し訳ありません」

「こ、こちらこそ」


 それでは、彼はずっとこの体調のままという訳か。がっかりしたら、肩の疲労感が余計に重く感じられた。


「それは、ここで頂いても宜しいものですか?」

「ここで……あぁ、薬草茶にしてお出ししますね!」


 良かった。安心して頬が緩む。

 カップは背後の棚に用意してある。体は重いものの、両手をカウンターに付いてどうにか立ち上がった。重い腕を持ち上げ、カップを取る。

 ずしん、と指先に重みがかかった。


「あっ」


 パリン。陶器の割れる、乾いた音。


「大丈夫ですか?」

「は、はい。大丈夫です。すみません、ちょっと油断してしまって」

「お疲れなのでしょう? 盗人に入られた心労は、なかなか晴れないものですよね」

「いえ、そういう訳では……」

「俺が片付けますから、どうぞお座りください」


 レナードはカウンターに寄り、カップの破片を確認する。ひゅう、と風が吹き、床に落ちたカップがまとめられた。そのまま、破片が屑籠へ飛んでいく。

 彼は風魔法の適性があるらしい。背後の棚からカップがひとつ、ふわふわ飛びながらカウンターに乗った。

 ポットに水を出し、炉の火にかける。沸騰したら薬草を入れ、暫く待つ。煮出したそれを、カップに注いだ。薄黄緑の爽やかな色合い。青臭い香りが鼻腔を擽る。


「どうぞ」


 こんな時間に飲む一杯が、夜まで持つかはわからないが。何もしないよりは良い。差し出すと、レナードはカップを手に取った。表面があまり揺れない、優雅な持ち方だ。


「いただきます。……ふむ、不思議な味わいです」

「若い方は、薬草茶をあまり飲みませんから」

「そうですね、喫茶店でも薬草茶というのはなかなか……ああ、落ち着く」


 熱い湯を飲み、目を細めて深く息を吐くレナード。その様子が、妙に色っぽい。


「本当に、この店は不思議です。足を踏み入れると、妙に体が軽くなる」

「……それは、何よりです」

「薬草の何か、魔力みたいなものが、滲み出ているんですかね?」


 きょろきょろと見回すレナードに、苦笑でしか答えられない。彼の体が楽になるのは、その怠さの一部を私が引き受けているからだ。

 魔力過多症の影響でそのようになっていることを、私は人には言わないようにしている。かつて友人だった子に話したら、「自分の苦痛を分けてしまうなんて申し訳ない」と、疎遠になってしまったのだ。


「これで眠りが深くなるのなら、手軽で良いですね」


 朗らかに笑うレナードは、盗みに入られた私を心配して、こうして顔を出してくれている訳で。優しい彼も、事実を知ったら、心を痛めるに違いない。

 体がだるくなるからと言って、せっかく厚意で来てくれているものを、追い返すのは性に合わない。


「また来ますね」

「いつでもどうぞ」


 レナードが入り口に向かうと、漸く、体が少し軽くなる。彼を見送り、私はふう、と長い息を吐いた。

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