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97.悔しい

 士官学校・女子寮。



「くそ! あの馬鹿!!」


 シェスカは朝起きた時の異変を感じ取ると悔しそうに舌打ちをした、同室のウェルマがいなくなっていたのだ。そしてウェルマの愛用の武器まで無くなっており、その時点で最悪のシナリオを想像する事ができた。


 すぐに外に出るとその足でナフタとクラリスの部屋を訪ねる。


「ちょっといい?」


 ノックもせずに部屋に入る、2人はシェスカの突然の行動に驚く。


「どうしたの? 怖い顔して」

「ウェルマがいなくなった!」


 クラリスの質問に吐き捨てるように答える。


「昨日は大丈夫そうだったから油断してた。普段は大人しいせに」

「すぐにオリヴィエ教官に伝えよう!!」


 ナフタの提案に頷くと3人はすぐに着替えて教員室へと向かう。



「失礼します!オリヴィエ教官はいらっしゃいますか?」


 まだ出掛けていない事を祈って教員室に入る、すると出かける寸前だったオリヴィエが驚いた様子でやって来る。


「どうしたんだ? こんな朝早くに」

「ウェルマがいません!!」


 かぶせ気味にシェスカはウェルマがいない事を伝える。


「何だと!?」


 予想外の出来事にオリヴィエは言葉を失う。


「おそらくアカデミーに行ったんだと思います、アイツの武器まで無くなってた! ウェルマとカルリ・バーンヘイズ様との絆を甘く見てた!」


 悔しさをぶちまけるようにシェスカが吐き捨てる。


「私にウェルマを連れ戻す許可を下さい! アイツが出て行ったのを見過ごしたのは同室である私の責任です」


 改まってシェスカがオリヴィエに懇願する。


「落ち着け! ウェルマが行動を起こしたのはシェスカの責任ではない。私がウェルマを連れ戻すからお前達は待機だ」

「でも」


 食い下がろうとするシェスカを制してオリヴィエは教員室から出ようとする、それをナフタとクラリスで出入口を塞ぐ。


「何のつもりだ?」

「失礼ながら意見をします! ここは私達も連れて行った方が得策だと思います」


 背筋を伸ばしてクラリスが提案する。


「このまま私達が大人しく待機しているとお思いですか? 私は命の恩人であり、個人的に主君と(あが)めるカルリ・バーンヘイズ様の危機となれば命令を無視してでも駆けつけるつもりです、それに隣にいるナフタも親友であるウェルマを助けるためなら命令を無視するでしょう」

「はい! 親友かどうかは分かりませんが、無視します!!」


 ナフタが胸を張って堂々と言ってのける、オリヴィエは鬼のような形相で睨むが2人は怯む気配はない。


「それでしたら私達をオリヴィエ教官の監視下に置いておいた方が得策だと思います! それに……そこにいるシェスカがそんな顔をしているのを見ていられません!」


 オリヴィエがハッとしてシェスカの方を振り向く、唇を噛んで堪え、目には涙をいっぱいためて必死に訴えかけている。

 オリヴィエは大きく溜息を吐く。


「ここにいる3名はウェルマ・ライアンと同等の懲罰を受けてもらう……すぐに準備しろ」

「「「はい」」」


 オリヴィエは3人を連れて急いでアカデミーへと向かう事にした。




 王立アカデミー



「お願いします、アカデミーを閉鎖して下さい! せめて全校集会を中止に」


 カルリ・バーンヘイズは何度も何度も懇願して教師達にアカデミーの閉鎖、もしくは人が1箇所に大勢集まるのを阻止しようと説得を試みていた。しかし状況は(かんば)しくなかった。


「そのような話でアカデミーを閉鎖など出来ませんよ」

「まあまあ、バーンヘイズ公爵様より夢の話については伺っておりますよ。それが原因で噂を聞きつけた変な人達が貴女様に付き纏ったという話ではありませんか」

「ご自身の立ち位置を理解した方が良いですな、王太子殿下の婚約者候補にも挙げられているのですよ?」

「立場を弁えない平民あがりの生徒へようやく罰が下ったのです。その愚かな行為で身を滅ぼした事を皆に伝え、日頃の戒めの為にも全校集会は行いますよ」


 全く聞く耳を持たれない、逆にカルリ自身の言動を窘める事まで言われてしまった。もどかしくて苛立つ、するとカルリを擁護するように1人の生徒が後ろからやって来る。


「何事です?」


 好青年っぽくカルリの側に立つ。


「おお、ラキス・ハイルベント君。実は困っていてね」


 カルリは自分の肩に手を回そうとするラキスの行動に困惑する、同時に嫌悪感を覚えるが今の状況では抵抗する事が出来ない。


「カルリ嬢、先生方に迷惑をかけてはいけないよ?」


 ラキスは爽やかな笑顔でカルリを窘めようとする、その欺瞞に満ちた笑顔に寒気がする。すぐに肩に回した手を振り解き、再び教諭達に中止を懇願しようとする。


「あ、カルリ様! ここにいらしたのですね!」

「さあ、大講堂へ参りましょう」


 今度は自分の取り巻きの同級生らがやって来てカルリの腕を掴む、そのまま強制的に連行されてしまった。


「やめなさい、放しなさい!」


 抵抗しようとするが普段から身体を鍛えていないカルリには彼女達を押し退ける事など出来なかった。


「ダメですよ、私達は公爵様よりカルリ様が道を外さないように頼まれているのですから」

「カルリ様は貴族令嬢の鑑なのですよ、あのようなはしたない姿を見せてはなりません」

「変な虫が寄り付かないように守ってほしいと言われているのですよ」


 今まで友達だと思っていた取り巻きの令嬢達の変化に唖然とする。友達だと思っていた存在が、実はバーンヘイズ公爵家からの監視役だとは夢にも思わなかった。


 抵抗むなしく引きずられるように大講堂に連れて行かれる、中にはすでに多くの生徒が待機しており全校集会が始まるのを待っていた。

 カルリはそれを見て何も出来なかった自分を呪うように取り巻き達への抵抗を止めた。ここから自分に何が出来るか自問自答するが答えなど出るはずがなかった。


「やあ、バーンヘイズ嬢」


 ここで唐突に男性から声をかけられる、この声はどこかで聞き覚えがある。


「何ですか貴方は?」

「この方はどなたかご存知ないのですか?」


 取り巻きの令嬢達はすぐにその男性に噛みつくが、男性は不敵な笑みを浮かべている。


「それは失礼。私はマクウェル公爵家当主のゼラム・マクウェルという者だ。公爵様より偉い君達は何様なのかな? 是非とも名前を教えてくれないか?」


 これほど勝ち誇った笑顔が頼もしいと思った事はない、カルリにとって初対面での印象が最悪だったが、今の状況ではそれが逆転してしまいそうだ。


「え? いえ、その」

「こ、このような場所に公爵様がおられるはずが」

「そ、そうよ公爵様の名を騙るなんて」


 ゼラムは嬉しそうに公爵家の紋章を見せびらかす。


「……おや? 君の顔は知っているな。確かバーンヘイズ派のランドルフ家の令嬢だったか? 君はとても偉いみたいだな、近くランドルフ家がマクウェル公爵家を侮辱したと抗議してみようかな。君はマクウェル家とバーンヘイズ家が敵対しても構わないようだが? それが原因で両家は取引を停止する事になる。その際に原因を作ったのは君達だと私はハッキリと言わさせてもらうよ」


 ゼラムが畳み掛けるように追及すると令嬢達は青い顔をしてカルリから手を離す。


「おや、思ったより潔いね。カルリ嬢と話をしたいので君達はどこか遥か遠くに行ってくれるかな?」


 満面の笑みに令嬢達は一目散に逃げて行ってしまった。


「ふむ……どうやら説得に失敗したようだな?」


 言って欲しくない事を真正面から言われる。カルリは悔しくて俯くが何も反論が出来ない。


「……悔しい」


 拳を強く握り自分の無力さを呪う、しかしゼラムはそれを鼻で笑う。


「君に期待しなくて正解だったようだ。夜のうちに大講堂を爆破するくらいの行動を示してくれたら少しは見所があると思ったのだがな……まあ、誰もが羨む従順な貴族令嬢では無理な話かな」


 遠慮のない言葉に叩きのめされる、大講堂を破壊するような強引なやり方はカルリは全然思い付かなかった。


 ズキンッ!


 突然、頭を何かで殴られたような痛みが走る。

 これ以上ないくらいの嫌悪感に襲われる。


 遠くで1人の生徒が口を押さえてヘタリこむ、突然気分が悪くなったようだ。その生徒の事は知っている、同じ学年で平民ながら濃い魔力を持っており、特別枠でアカデミーに入学した子だ。苦しそうに(うずく)まっているのに誰も見向きもしない、そしてよく見ると上級生の方でも気分の悪くなった生徒がチラホラといるみたいだ。カルリはその蹲る同級生の生徒の側にいく、顔が青白くなっていて調子が悪そうだ。


「大丈夫!?」

「……何かが……来る」


 その生徒が口を開く、自分と同じ感覚を覚えている事に驚く。


 ガシャンッ!!!


 ガラスが割れる音がして全ての視線がそちらに向かう、一瞬でこの場にいる全ての人間が言葉を失う。


 それは大講堂内に着地すると血のような液体を身体中から流しながらも静かに佇んでおり、異様な静寂に包まれてしまった。

 白い骨のような外殻の身体に、潰れた醜悪な顔、二階席に届きそうなくらいの巨体をしている怪物は観察するように周囲を見渡している。


『ルガァアアアアアアアァァァァァァ!!!!』


 次の瞬間、静寂を切り裂くように怪物は身の毛がよだつような咆哮をあげる、それを合図に大講堂は大混乱へと陥ってしまった。



読んでいただきありがとうございました。

明日も同時刻に投稿します。

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