73.月と太陽
「ちょっと、大丈夫?」
「す、すいません、どうしても止まらなくて」
抱きしめていた腕をほどくとアニスが涙を拭ってくれる。
「大きな図体して泣き虫ね、騎士を目指しているんでしょ?」
「はい…よく言われます」
自然な笑顔を見せてくれる。近くで見ると本当にベネルネスの顔に似ていると思う、顔の形は整って美人なのにキツく鋭い目つきが本当に残念に思えてしまう。
「そろそろオリヴィエ姉様やお父様を呼ばないとね。ちゃんと泣き止んでよ、私がまた苛めたと思われるでしょ」
冗談めかして笑う、見た目はキツいけどこんな笑顔を見せてくれるなら心配なさそうだ。
「あっ! あの、さっき言ったカルリ・バーンヘイズ様の事ですが、どうか誰にも言わないで下さい。カルリ様やウェットランド様に迷惑をかけてしまいます」
「分かってる、誰にも喋らないわよ」
扉を開けるとアルバレスとセバス、そしてオリヴィエが入ってくる。みんなが私達を見て安堵した表情を見せる。
「大変ご迷惑をおかけしました、わだかまりは解けたのでこの件はもう終わりです」
みんなに頭を下げる。
「そうか、それなら良い」
オリヴィエが近づいて来ておもむろに私の頭を撫でる、その反対の手でアニスの頭を撫でる。オリヴィエなりの嬉しい感情表現なんだろう、ただ髪の毛をくしゃくしゃにされてアニスは迷惑そうな顔をしている。
「それで何の話をしていたんだい? よかったら聞かせてくれないか?」
アルバレスが話の内容が気になったのだろう、私達に尋ねてくる。
「ふふふ、内緒」
「はい」
お互いに目が合うと笑いあう。その姿にアルバレスは苦笑いを返す事しか出来ないようだ、時を経て冷徹宰相と呼ばれていた人がこんなにも表情豊かになるとは思わなかった。
「ふふふ、それではお茶を淹れましょう。ウェルマさんもオリヴィエ様もご一緒にどうぞ」
気を利かせてセバスが提案してくれた。
「せっかく天気も良いのだから外でお茶しましょう、例の焼き菓子があったでしょ?」
アニスも元気を取り戻したのかセバスに提案する、外でお茶をするという事は私のお気に入りの庭園のテーブルセットかな?
「私も手伝おう」
オリヴィエもアニスの後を追う。困った事にこのままではアルバレスと2人きりになってしまう、2人を追いかけようとするがするが体が上手く動かない事を思い出す。
「怪我をしているのだろう? 君はゆっくりしてなさい」
アルバレスに支えられて椅子に座るように促される。怪我という怪我ではないのだが、この雰囲気は断る事が出来なさそうだ。
「あの子のあんな笑顔を見たのはいつ以来だろう」
アルバレスが私を見ながら口を開く。
「アニスは母親を亡くしてからほとんど笑わなくなってしまった。その姿を見ていてどんなに頑張っても父親の限界を感じていたよ」
アルバレスがしみじみと語る。ベネルネスが居なくなってからの苦労を思い出しているみたいだ。
「…とても素晴らしいお方です。私は父も母も健在ですので想像も出来ませんが、もし同じ状況に私が置かれたら、あんな風に強く生きる事は出来ないと思います」
アルバレスに対して労いの言葉をかけられないので、アニスを褒めて育て方を間違っていないと伝えるしか私には出来ない。
「君を酷く傷つけたのにかい?」
「はい」
私が自信を持って言うとアルバレスはゆっくりと目を閉じる。
「ふふふ、オリヴィエやゼラムが君の事を気に入った理由がよく分かるよ」
ドキッとしてしまう、そんな優しい笑顔を私に向けないで欲しい。
「ありがとう、君の言葉で私も救われる思いだよ」
もうやめて欲しい、これではベネルネスとしての未練を捨ててウェルマとして生きていこうと決心したのに、いきなり揺らいでしまう。
「用意が出来ました、どうぞ庭園の方へ」
セバスが呼びに来た。私がよく座って本を読んでいた懐かしの場所へ向かう事にする。まさかこうして再びこの場所でお茶を飲む事が出来るとは思いもしなかった、私は今日という日を絶対に忘れないようにしよう。
きっともう二度とこんな日は来ない。
後日
「先日は久しぶりに穏やかな時間を過ごせたね。あの子のおかげかな?」
アルバレスが娘のアニスに語りかける。
「はい、お日様のような子でしたね、自然と周りを温かくしてくれる。髪の毛も火のように真っ赤でしたからそう見えるのかしら?」
アニスはウェルマを嫌っていた事をすっかり忘れてしまったようだ。
「…何となくだけどお母様を思い出してしまったわ、私より年下のクセに」
唐突にアニスが母親の事を口にする、今までアルバレスの前でベネルネスの事をほとんど口にしなかったのに。
「まあ、タイプは正反対よね。あの子は太陽のような子だけどお母様は月のように穏やかだった気がする」
太陽と月という例えにアルバレスは思わず笑みが溢れてしまう。確かにベネルネスを月という例えには納得がいく、穏やかで周りを静かに照らしてくれていた。おそらく2人はタイプは違っても優しく周囲を照らしてくれるのは同じで、似たような人種なんだろう。
「そう言えば兄様がこちらに来るのですよね?」
出かける準備をしつつ思い出したようにアルバレスに尋ねる。
「ああ、第1騎士団からの要請でマクシミリアン殿が招聘された、だからアレクに連れてきてもらう」
「まあ、大叔父様を?」
アニスは意外な人物の名前を言われて驚く。
「近隣の森で騒ぎがあったのは知っているかい? 謎の化け物が現れたという話だ」
アニスはその話を詳しく知らないが、平和な王都では滅多に起きない不穏な事件なので耳に入ってはいた。
「その化け物に魔法が効かないという話でね、腕の立つ人材が必要らしい」
「でも大叔父様はかなりのお年では?」
アニスが不安そうな顔をするがアルバレスは苦笑いを返すしかなかった。
「あの人に年齢など関係あると思うか?」
「…まあ、そうですね」
何かを思い出すように2人は笑みが溢れてしまった。
「お嬢様、そろそろ出かけないと」
執事のセバスが呼びに来て慌てて馬車に乗る。今日はこの国の双子の王子様の初授業だ、アニスは気合を入れて王城へと向かう。
「それではルーク殿下、ルーナ殿下、今日より授業を始めたいと思います」
アニスは双子の王子の前に立って授業を始める。2人はもう12歳なので姿勢良く授業を受けようとしているが、少し緊張している様子だった。
「今日は初日なので色々とお話しをしながら勉強をいたしましょう」
教本を閉じて2人と向き合う。アニスは少しだけ緊張をほぐした方が良いと判断して雑談から始めようと考えたていた。
「例えば何か私に聞きたい事はありますか?」
アニスが2人に質問すると双子の男の子の王子ルークが手を挙げる。
「ルーク殿下、何でしょう?」
「アニス先生はもし生まれ変わるとしたら何を持って行きたい?」
アニスは唐突に不思議な質問をされて返答に悩む。もしかしてからかわれているのかと思ったがルークは無邪気な笑顔でアニスを見つめてくる。
そしてルークは再び口を開く。
「全てが新しく生まれ変わるけど、何か一つだけ持っていけるとしたら何が良い? 力? 権力? 財産? それとも…思い出とか?」
読んでいただきありがとうございました。
取り敢えず今回はここまでですが、アカデミー編はまだ続きます。
今回のウェルマは身も心もボロボロになってしまいましたが、次回からは大暴れする予定ですのでお楽しみして下さい。
再開は2月末か3月頭になると思います、その際は報告します。




