69.母は蚊帳の外
少しだけ重たい展開があります。
「あ、この子は私の教え子です」
オリヴィエが私を紹介するので慌てて頭を下げる、そしてアルバレスがマクウェル卿に視線を移す。
「俺にとっては研究対象だ、なかなか興味深い娘だが、士官学校側が囲っているからムカついている」
マクウェル卿がオリヴィエを見ると不敵な笑みで睨み返す、この2人は仲が良いのか悪いのか分からない。
「旦那様、以前話していた当家の屋敷の外で泣いていた女の子です。故郷を思い出して泣いておられたようですが、もう大丈夫のようですね」
セバスがフォローを入れる、というかあの時の事をちゃんと報告したの? 本当に仕事が出来すぎる執事だ。そして私が泣いていた理由をホームシックと勘違いしているみたいだし。
「そんな事があったのか…そうだよな、まだ15歳の女の子なのだからな」
オリヴィエに思いっきり勘違いされる。
「お父様、お待たせしました」
なかなかこの場から脱出できないでいる私に、次なる刺客がやって来る。
「アニス」
オリヴィエが呟き、その方向を見ると状況が飲み込めないでいる私の前世での娘アニスが唖然としている。前世の私に似て表情が少ないと思い込んでいたが、そんな事はなく驚いた表情から一気に不機嫌な顔つきに切り替わっていくのか見てとれる。
「マクウェル様、ご機嫌よう」
真っ先に敵意剥き出しにマクウェル卿に挨拶する。
「ご機嫌ようアニス嬢、両殿下の教育係に任命されたそうじゃないか! さすがだよ!」
満面の笑みでマクウェル卿らしい挨拶をする、それを馬鹿にされたと思ったのかアニスはムッとする、すぐに表情に出過ぎて丸わかりだ。
「そんな事、思ってもいないくせに」
アニスがボソリと呟く。わざと聞こえるように言ったのだろう、マクウェル卿も見るからに苛立っていく、この2人の相性の悪さがここまでとは思わなかった。
「アカデミーの時から勉強ばかりしてきた私を小馬鹿にしてましたもんね?」
「そんな事は一言も言ってないが? ただ一つの事ばかりしていてはその一面でしか答えを出せないと助言したつもりだったが?」
何か険悪な雰囲気になってきたぞ? アニスがここまで直情的で気が強いとは思ってもみなかった、というより私が知らなかっただけか。
私が知っているのは子供時代の素直で引っ込み思案なアニスで止まったままだ。
私だけ時間が止まっているみたいだ。
「そう言ってテストでは私に一度も勝てなかったですからね?」
「勉学だけな、それ以外は全て俺の方が上だ」
マクウェル卿までヒートアップしていないか?
「ふう、止めなさい。同級生なのだからもう少し仲良くしないか」
アルバレスが溜息を吐いて2人の言い合いを止める。この2人が同級生? マクウェル卿が若いとは思ったけどアニスと同い年でマクウェル公爵家の当主になったってこと!?
そして2人はアルバレスの言葉で落ち着いてきたのかようやく口喧嘩を止めた。
そして今度は私と目が合ってしまった。
さっきのマクウェル卿との事もあって明らかに不機嫌そうな顔をしている。
「また貴女もいるのね? こんな所にまで来て」
ベネルネスの頃の私に似ているので目つきが鋭くて怖い。取り敢えず頭を下げておく。
「知り合いなのかい?」
「いいえ、オリヴィエ姉様のお気に入りですよね? いつも連れ回しているし」
アルバレスの質問に棘のある返しをする。
「この娘は俺が呼んだ、オリヴィエ嬢は勝手に着いて来ただけだが?」
マクウェル卿が余計な横やりをいれる、その言葉がさらにアニスを苛立たせる、
「ずいぶん皆さんから大切にされているようね?」
「いえ、私は」
前よりもキツく詰められる。思わず視線をそらしてしまう。
「アニス、止めないか」
オリヴィエが止めようとするが、それがさらにアニスをヒートアップさせる。
「みんなから好かれて、ずいぶんと恵まれているのね? 私のように可愛げのない女だと遠巻きに馬鹿にされるような事なんてないんでしょうね? 周りから同情されるのが嫌で誰よりも強くあろうなんて思っただけなのに」
棘のある言葉が胸を締め付ける。周りから同情されるって、………私のせいではないのか?
「アニス、いい加減にしないか!」
ここでアルバレスが強く言うとアニスはようやく止めてくれた。それでも唇を真横につぐんで悔しそうに堪えている。
「部外者なんだから周りをウロチョロしないで」
部外者…
アニスに小さな声で投げかけられた言葉が、私がずっと見ないようにしていた現実を直視させる。
そうか私は部外者なんだ。
私はアニスの母親だと思いアニスの事を娘だと思っていた、だけどそれは私からの一方的な視点だ。
アニスから見たら私は部外者でアニスにとっての母親は3歳の時に死んだベネルネスだけ。母親であるベネルネスが亡くなったせいで苦しんだ事も、周りから同情されないように頑張った事も何も知らない…私はアニスの事を何も知らない!
私は母親なんかじゃない…私はベネルネスではなくてウェルマ・ライアンなんだ。
ベネルネス・グランマーレはもうこの世に存在しない。
「え? ちょ」
「ウェルマ!?」
目をそらしてきた現実を思い知って心が辛くて重くなる、その事を思えば思う程目の前の視界が歪んで見えてくる。そんな私を見てアニスとオリヴィエがギョッとしてる。
唇を噛んで耐えようとしているのに勝手に涙が溢れてくる、今にも声を出して泣きそうだ、このままこの場所にいる事は出来ない。
「も、申し訳ありませんでした。オリヴィエ教官、先に失礼します」
「待て」
オリヴィエが止めようとするが、それを無視して頭を下げてその場を離れる。
何とか王城を出るとそのまま歩き出す、ここまで来るともう涙を止める事が出来なくなる。
「うっ、うっううあああ」
人の目なんか気に出来ない、とにかく急いでこの場から去りたい。
俯いて涙を流して小さく嗚咽を繰り返しながらも、とにかく寮に向かって歩き続けた、そして気がつけば寮に向けて走っていた。
今日は身体がボロボロで心がズタボロだ、とにかく散々な日だった。
誰とも会話をせずに自分の部屋に戻る。
「ウェルマ、おかえ…」
部屋にはシェスカがおり、私の顔を見て言葉を失う。
「ごめん、疲れたからもう寝るね」
一言そう告げると自分のベッドの中に潜り込む。
とにかく深い眠りの中に逃げ込みたい気分だった。そのまま静かに暗闇の中に沈んでいくような感覚だった。
読んでいただきありがとうございます。
明日も投稿します。




