54.エルドラゴン公爵家の兄妹
ようやくウェルマの出番です。
「ひょっ! ほっ! へっ!」
「ちょ、ウェルマ、変な声をあげないでよ」
久しぶりに馬に乗る事が出来て上機嫌な私は、ウェットランドの実家でやっていた掛け声をここの馬にもやってしまい、みんなに笑われてしまった。
今日の私達は士官学校内にある馬場で馬上訓練をしていた、騎士を目指すには乗馬は必須項目だと思う。
クラスのみんなを見てみるとやはり槍騎兵のマリルさんは上手だ、初めての馬でも見事に乗りこなしており私より全然上手い。反面、馬に慣れていないナフタやシェスカ、クラリスは苦戦しているようだ。
「これでよく武器を振れるよね、馬に当たっちゃいそうで怖い」
ナフタの心配する気持ちは分かる、特にナフタのような技巧派の人には騎馬戦は不利だと思う。
「内腿でしっかりと締めろ。それで安定しないなら下半身の筋力が足りてない。意図的に負荷トレーニングを増やせ」
何者かが苦戦するナフタにアドバイスする、その後ろ姿に強者の雰囲気が漂う。その隣にはオリヴィエが付き従っていた。
「お久しぶりです校長」
指導騎士のカインがその男性に頭を下げる。
校長? 入学式にも顔を見せなかったのに今更?
カインの挨拶をそこそこに何やらオリヴィエと話し合いをしている。あの顔…どこかで見たことがある気がするけど思い出せない。
「ウェルマ、ナフタ、ちょっとこっちに来い」
オリヴィエに呼ばれて私とナフタは顔を見合わせる。そして訳も分からないままにオリヴィエと校長と呼ばれた男性の下へと向かう。
「あーー、この方は士官学校校長のベクター・エルドラゴンだ。これでも第1騎士団の団長だ」
オリヴィエが嫌そうに紹介する。ベクター・エルドラゴンの名前を聞いてようやく思い出した、エルドラゴン公爵家の嫡男だ。ベネルネスの時に会って話した事があった、立派になったものだと感心してしまう。
「ついでに言うとそこにいるオリヴィエ教官の実の兄だ、不本意ながらね?」
ベクターの独特な言い回しにオリヴィエは顔を引き攣らせている。
「君達2人のおかげで被害が最小限で済んだと聞いた、士官学校の責任者として本当に感謝する」
平民の私達に対して躊躇なく頭を下げた?
「い、いえ、必死だったので、そんな感謝されるようなことは」
「そ、その通りです、いえ、ございます」
私達が必死になって頭を下げるベクターを止める、すると満面の笑みで顔を上げる。
「ふふふ、やはり私の士官学校の生徒は可愛いなあ。アカデミーの聞き分けのないクソガキ共と大違いだ」
満面の笑みで毒を吐く。ベネルネスの時に会った無垢な子供だったのに、こんな大人になってしまって…
「それで、ウェルマには褒美を与えたんだな? ナフタには?」
「本人が現金の褒賞を希望したので」
ナフタも褒美をもらったんだ。良かった、私だけ貰っていたと思っていたから悪い気がしていた。
「そうか、それなら良い。他に活躍した者は?」
「シェスカ・ハイルベンドも同じように現金褒賞を望んだので与えました」
やはりシェスカも貰っていたか。一人で竜骸に立ち向かい、みんなを守っていたから当然だ。
「ハイルベンド? ああ、例の愛人の子か?」
「校長」
オリヴィエの睨みにベクターは慌てて口をつぐむ。悪気は無いと思うが、その辺りは貴族らしい反応なんだろう。
「ふむ、ハイルベンドの子供か…」
ベクターは何やら考え込んでいる。
「オリヴィエ教官、実は父上より頼み事があったのを思い出したんたが、言っても良いか?」
「…私は立場的に断る事は出来ませんよね」
表情を変えずにオリヴィエは了承する。
「頼みとはアカデミー関係だ、実は生徒が2人行方不明になっていてな、アカデミー側から捜索を願われた」
ウンザリした様子でベクターが話を続ける。
「例の竜骸対策もあって、第1騎士団は動かせない。そこに信頼がおけて実力もあるオリヴィエに手伝ってもらえないかと声をかけたのだが」
「言っておきますが士官学校も暇ではありませんよ」
オリヴィエがムスッとする。
「それは分かっている、そこでお前が育てたい生徒を何人か連れて捜査を行なってくれ。今後の勉強にもなるから悪くない提案だろ? 勿論、手伝ってくれた者には報酬を与える」
ベクターは私とナフタにチラチラと視線を送ってくる。これは私達に手伝えと言っているのか? 報酬が貰えるのは私としては魅力的だけど。
「ふう、それで、その2人は家出なのですか?」
諦めた様子のオリヴィエがベクターに質問する。
「素行が良くない生徒と聞いているので家出かもしれないし、事件に巻き込まれた可能性もある。ただアカデミーの学長と父上との交友関係があるから断れなくてね」
どうやらアカデミー側の頼みを断れなかったようだ、そんな厄介事をオリヴィエにやってもらおうという算段なんだろう。
「調査だけなら難しくないだろう、今後のためのオリヴィエが経験を積ませたい有望な生徒を連れて行くと良い」
何やらまた私達の方を見てくる、オリヴィエは眉間に手を当てて大きくため息を吐く。
「ふう、善処しましょう」
オリヴィエは簡単には返事をしない、上からの命令なので答えは決まっているが少しは抵抗したかったようだ。
「ありゃ、若様…じゃなくて校長じゃないっスか。珍しい」
ここで素っ頓狂な声がする、今日の授業に参加していなかったジェット教官が背の高い男性を連れて立っていた。
「ジェッドはサボりかな? 減俸だな」
「はぁ!?」
ジェッド教官へ容赦ない厳罰が告げられる。そしてベクターはジェッド教官後ろに立っている男性に気がつき、驚きつつも顔が笑顔になっていく。
「おお、これは珍しい!」
ベクターの満面の笑顔にジェッド教官の後ろに立っていた男性は顔を引き攣らせていた。
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