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44.不思議な少女

「う、うう、私のハルバート…」


 オリヴィエの隣では赤毛の女の子が自分の武器を無くして泣いている。オリヴィエより背の高い大柄な女の子だが、この泣いている姿を見るとまだ10代半ばの少女なんだと実感してしまう。


 ただし、先程はこの泣いている姿からは連想出来ないような光景を目の当たりにしてしまった。


 あり得ない出来事だった。


 突如として現れた5m近くあると思われる正体不明の人型ドラゴン、それをこの赤毛の少女はほぼ1人で蹂躙してしまったのだ。

 しかも普通なら考えられない方法だ。この少女は自身が投擲して刺した槍を手に取ると、力任せに何度も地面に叩きつけ、宙に振り回し、天高く遥か遠くに投げ飛ばしたのだ。


 オリヴィエは未だに自分の目を疑ってしまう。


『無色の魔力持ちには常識は通用しない。我々が不可能と思っている事を無理矢理こなしてしまう』


 上司のジェッドが言った言葉を思い出す。

 最初は冗談かと笑っていた、だが先程の光景はとてもじゃないがそんな言葉でしか説明がつかない。



 ウェルマ・ライアンという生徒は不思議な少女だった。


 自ら魔法を使えない無色だと公言し、その言葉に対して嘘偽りがなかった。あの後確認のため、水晶の判別テストをしてもらったが本当に無色透明のままだった。

 正直で純真無垢、疑う事を知らないような真っ直ぐな瞳、それは薄く汚れた大人にはあまりに眩しかった。


 ウェルマは今年の新入生の中でとにかく異質だった。無色だが強い魔力を持っている人間は稀に現れると聞いた事があるが、オリヴィエが実際に見たのはウェルマが初めてだ。上官のジェッドは過去にその凄さを知っており、彼の体験談程度には把握していた。

 ただジェッドの言う無色の魔力持ちの人物像とウェルマとでは到底かけ離れていた。無色の魔力持ちは、筋肉隆々で粗暴、意図せずに物を壊すし、問題事を力で解決しようとすると言う。


 ジェッドの知っている無色の魔力持ちの男は、人間性は悪くないが無自覚で協調が難しいと言っていた。


 しかしウェルマは筆記試験をほぼ満点のトップで合格しており理知的、そして戦闘になると氷のような冷静さを持って敵を屠っている。性格は温厚で素直、それでいて年上に対して尊敬しつつも毅然とした態度で接する事が出来る人間だったのだ…普通に考えれば物凄い優等生だ。


 世の中の無色というだけで見下される風潮にオリヴィエは辟易としていた。その周囲の空気をウェルマ自身が分かっているのだろう、上手く処世術を心得ているのか波風立てずに周囲と協調して日々を過ごしている。15歳の少女が周りの人達に気を遣って生きている姿が不憫で仕方がなく、最初は自分が何とか守ってあげたいと思っていた。


 その思いも今日で一変した。


 目的が自身の大切にしている武器を取り戻そうという動機だが、異形のドラゴンに全く怯む事なく立ち向かい圧倒的な力で蹂躙した。

 それがここにいる全員を救ったと言っても過言ではない、もしウェルマがいなかったら、多くの犠牲が出て敗走していたかもしれない。



 異形のドラゴンの出現は誰にも読めない不慮の事態であり、こんな怪物が王都近隣の森に徘徊しているとは思いもよらなかった。

 ただし、その一端を担っているのがアカデミーの生徒達の可能性があるかもしれない。ウェルマが森の外に出た後、泣きながら説明してくれた。


 ウェルマの母親は狩猟専門のハンターをしており、そのハンターである母の教えの中で、死骸を山に放置してはいけないという教えがあるという。

 事実ウェルマはその教えをしっかりと守っており、毒持ちで利用価値の少ないと言われるダークハウンドを討伐した際、わざわざ穴を掘って死体を処理している。我々からしたらあり得ない行動ながら、実は彼女の行為は理にかなっていた訳だ。

 気がつかなかったが、森に放置してあった大量の死体には掃除屋と呼ばれる蟲がわいており、悪臭と毒を撒き散らしていたのだ、ここ最近で森での演習後に体調不良を訴える者が現れたのはこれが原因かもしれない。


 そして一番気になったのが「竜骸(りゅうがい)」と呼ばれる怪物の存在だ。

 ウェルマ自身も伝承や迷信だと信じていたようだが、指導騎士のカイン率いるギリー班を襲った謎のドラゴンを竜骸だと仮定するとアカデミーの生徒達が虐殺した魔物達の死骸の山が原因で呼び寄せた事となる。一度竜骸という存在を調べる必要があるが、根本的な原因となるなら厳重に抗議して対策を練らないといけないだろう。


 ただ今のアカデミーに抗議したところで解決の糸口が見つかるかどうかは分からない。

 全ては数十年前より突如生まれたインヘリットという子供達の存在が原因だ。


 彼らは無色の家系から突然現れた濃い色の魔力を持つ子供達だ、最初の頃はその力を利用しようとする輩もいたようだ。

 だが子供達が自我に目覚めれば己の存在価値に嫌でも気づく、無理矢理アカデミーに入学させて力の有りようを学ばせようとしたが上手くいかなかった。

 結果的に有り余る力の吐け口が無くてこのような事態を起こしている。


 以前緊急で救援要請が来た時、そのインヘリットの少年は自分より弱い者から学びたくないとアカデミー教諭を馬鹿にして暴れ回り、我々騎士団はその生徒を討伐するという後味の悪い仕事をさせられた。

 見せしめとはいえ、気分の悪いものだったとオリヴィエは今でもあの時の事に嫌悪感を抱いている。ただ見せしめは効果があったようで緊急の救援要請は少なくなったが、ガス抜きのための魔物の討伐は黙認していると聞いている。

 ただ今回のような事態が再び起こるようなら、そのガス抜きも規制されるかもしれない。


「問題は山積みだな」


 つい大きなため息が出てしまった。


「師匠に何て言おう…」


 オリヴィエの横でクラスメイト達に慰められているウェルマの姿を見ると不思議と気が休まる、自分の生徒がこんなに愛しいと思えたのは初めてかもしれない。


「安心しろ、ジェッド教官がウェルマの師匠と昔馴染みと言っていた。事情をちゃんと説明すると言っていた、おそらくあのハルバードは特注品だろうからな」

「ええぇぇ、だ、大丈夫でしょうか?」


 するとウェルマは余計に心配そうな顔をする、思わずその顔を見るとさらに笑えてしまった。その不安そうな顔は、まさに10代の少女の顔そのものだったからだ。



19時に次話を投稿します。

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