41.山の教え
少しだけ残酷表現があります。
昔、母ミシェルへ率直な疑問をぶつけた時を思い出す。
「お母さん、なんで山狗や大ムカデの死骸も持って帰るの? 毒があるからお金にならないし、食べられないって言ってた」
狙いの獣以外も持って帰るミシェルの行動があの時は理解出来なかった。
「使い物にならないけど捨てて置いていく訳にはいかないんだよ。毒があるから他の獣が食べたら死んじゃうだろ」
それは納得できる理由だ、毒を食した獣の肉を私達が食べて死んでしまうかもしれない。
「それに、死体をそのままにしておくと、それを餌にする化け物がどこからともなくやってくるんだよ〜」
ニヤニヤしているから私を脅そうとしているんだろう。
「竜骸と言ってね、死体を喰らう竜の骨のような化け物が匂いを嗅ぎつけてやって来るんだよ。その化け物が巣食うと、その山は不浄に蝕まれて終わりを告げるんだとさ」
ミシェルの話は、当時何も知らなかった私を怯えさせた。
「んなもん迷信だろ、本気にすんな」
一緒に狩りに出ていた兄のザックはそれを作り話だと鼻で笑う、今の私もその通りだと思っていたけど。
「ははは、信じていれば山が汚れないだろ?仕事場を綺麗にするのは山に生かされている私達には当然の行為だって事だよ」
ミシェルもそれは山の教えであり、単なる戒めだと思っているようだ。
実際にそれがあるとは微塵も思ってもいない。
だけど、今の目の前に見える光景に怒りと共に、吐き気を催すような嫌悪感、そした背筋が凍るような恐怖を感じる。
「何だよこれは…」
ローガンでさえ嫌悪感丸出しの顔をしている。目の前には魔物の死骸が山積みに折り重なっており、酷い悪臭が漂って蠅が大量発生していた。死体自体はまだ新しく、最近殺されたものだと推測できる。
「酷いな、ここにもか」
オリヴィエが吐き捨てるように呟く。
「一体何があったのですか?」
私が尋ねると、隠しきれないと察したのかオリヴィエが口を開く。
「アカデミーの奴らの魔法訓練だ。この森で好き勝手に魔物を狩って、そのまま放置していくんだ。実は最近、貴族でもない者の中に高い魔力を持つ者が現れていてな」
オリヴィエが言葉を選んでいる。おそらくインヘリットの存在は表に出さないようにしているのだろう、ここで私がそれを聞く訳にはいかないな。
それでもこれにはオリヴィエも複雑そうな顔をしている。
「力を持つという意味を学ぶためにアカデミーに通っているのに、さすがにこれは…」
オリヴィエが小さな声で吐き捨てる、もしかしてエルダも同じような行為をしたんだろうか? 山の狩人の子供として生まれたエルダはその教えを知っているはずだからこんな事をしないと思いたい。
「力を持つと試したくなるのが普通だ。それが貴族なら幼い頃から教育を受け、力の使い方と意義を自然と身につけていくものだ。だがそうではない者は有り余る力に溺れる事が多い、本当はアカデミー側で何とかして欲しいのだが、教養のなっていない子供を躾けるのが難しいようで我々騎士団に何度も協力要請が来ているんだ」
オリヴィエが大きくため息を吐く、インヘリットという存在がここまで大きな弊害になっているとは思わなかった。
今思えばバーンヘイズ公爵家がエルダにやった特別意識の植え付けは貴族教育に近い気がする。だからエルダが力に溺れる様子もなかったし、エルダが私達に魔法を使って横暴な行為を事は一度もない。
ウェットランド家も上手くフォローをしていたから、エルダは大丈夫だと信じたい。
「それで、この死体はこのまま放置ですか?」
「これだけの死体を何とか出来るか?」
私としては何とかしたいけど、ここで燃やすとなると森が大火事になってしまうし、埋めるにしても量が多すぎる、つまり自然に還るのを待つしかない。
「アカデミーの生徒の仕業ですか、予言の巫女様が心配です」
ここでクラリスが死体の山を前に心配そうな顔をしている。
「予言の巫女様?」
初耳の言葉だ、予言の巫女?
「知らないの? 今年、アカデミーに聖ロスローリアの再来と呼ばれる予言の巫女様が入学されたのよ!」
アカデミーに聖ロスローリアの予言の巫女様、そう言えばクラリスは教会孤児院の出身と言っていたな。
「聖王の力を持って生まれた公子か? 教会ではすでに信仰の対象になっているのか?」
オリヴィエも何か知っているようだ。というか聖王の力?どこかで聞いた事があるような無いような…
「はい! 巫女様は私の命の恩人です、それに貧しい教会の孤児院にも慰問に訪れてくれるようなお方なんです。私が士官学校を目指したのも、少しでもあのお方のお力になりたかったからなんです」
クラリスは夢見る乙女のようになっている。
「私のようなツテのない人間が騎士になるには士官学校を目指すしかないです、まさか2回目で合格できるとは思いもしなかった」
2回目? 去年も受験したって事か。
「将来の目標は教会騎士か?」
「はい! 巫女様のために何かしたいんです」
オリヴィエの質問に即答する、クラリスは明確な目標を持ってここにいるんだ、私のように漠然と糸を掴むような目的とは違う。
「おい、ここをさっさと離れようぜ」
「僕からも頼むよ、臭いがキツい」
ここでローガンとケルディムが文句を言ってきた。確かに死体の山の前で話すような内容ではないな。
「そ、そうですね。先に進みましょう」
これらを放置するのは嫌だけど、これらを森の外に運ぶのは無理だから諦めるしかない。
そう言えばこれをオリヴィエがアカデミーの生徒がやったと言っていたな、もしかしたらオリヴィエなら姉のエルダの事も知っているかもしれない。2人きりになるチャンスがあったから聞いてみよう。
そんな事を呑気に考えながら私達は再び探索を続ける為に森の奥へと進んで行く。
ただ私はこの時、ある大切な山の教えを忘れていた。
死体の山の中に何かが蠢いており、それがこの後の大事件の引き金になるとは知る由もなかった。
明日も投稿します。




