35.ようやくここに来る事が出来た
翌日の天気は快晴。
今日こそウェットランド騎士団の制服を着て王都のウェットランド邸へと向かう事にする。
守衛さんに面会願いをとってもらい、中に入れてもらう。
「失礼します。ウェルマ・ライアンです」
「入れ」
扉の向こうから返事が返ってくる、それを確認してから扉を開ける。今日はダズム・ウェットランド卿だけでなく奥様のアージュ夫人までいた。
「無事、士官学校に合格することが出来ました。これからもウェットランドの名に恥じぬように研鑽して参ります」
私は援助してもらっている身なので、こういった口上を述べて感謝を伝えなければならない。
「ふん、せいぜい頑張る事だな」
おや? 機嫌は良いみたいだ。
「あら? 嬉しいなら嬉しいって言えば良いのに。本当に意地っ張りなんだから」
アージュ夫人が苦笑いしている。
「よく頑張ったわウェルマ。貴女の努力は知っているから私も自分の事のように嬉しいわ。それで義父様達には報告は?」
「いえ、これからお手紙を書くつもりです」
アージュ夫人は私のような平民でも優しく接してくれるのでありがたい。
「なら、私達からは報告しないでおきます。貴女から直接報告してあげなさい」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げる。すると頭上でケタケタと無邪気に笑われる。
「うふふふ、礼儀正しい子は大好きよ」
修行初めの頃から見られているので、いつまでたっても子供扱いだ。
「それで、一つお伺いしたい事があったのですが、よろしいでしょうか?」
あまり長居できないので、先に伺いを立てないと知りたい事を聞けずに終わってしまう。
「姉のエルダ・ライアンは元気でしょうか? せっかく王都に来たので久しぶりに会えたらと思っているのですが」
私の質問に二人は微妙な表情をしている。
「あの者とは関わるな。お前は自分の道を自分の力で切り拓いたのだ、それはとても褒め讃えられる事だ。だからお前はその道を疑わずに邁進すればよい」
ダズムから思いがけない激励をもらってしまった!? 凄い嬉しい!!
いや、違う! 聞きたいのはそれじゃない。
「あの娘はもうウェットランドとは無関係よ、今はどこに配属されたか誰も知らないわ。バーンヘイズが囲っているんじゃない?」
エルダの事となるとアージュ夫人の機嫌が一気に悪くなった、あまりバーンヘイズ家の事を良く思ってないのか?
「こら、滅多な事を言うな」
焦ってダズムが窘める。これは聞かなかった事にした方が良いかもしれない。
「申し訳ありません。私が無知ゆえに不快な質問をしてしまいました。貴重な時間を割いていただきありがとうございます、そろそろ失礼いたします」
頭を下げてこの話題を切り上げる。
「う、うむ、そのようにしろ」
あからさまに安堵の表情を見せている、どうやら上手く空気を読めたようだ。
再び頭を下げてウェットランド邸を後にする。
強い絆で一枚岩と思われていたウェットランド伯爵家とバーンヘイズ公爵家に亀裂が生まれつつあるのか?
明らかにアージュ夫人はバーンヘイズに対して不満を持っていた。アージュ夫人とダズムの実姉のヘレア・バーンヘイズ夫人は普通に仲が良かったと思っていたけど今は違うのかな?
情報が無いので何とも言えない、エルダの件は私が独自で調べるしかなさそうだ。
どこか調べられる場所はないか考えてみる、図書館? 個人の事なんて調べられないよな。アカデミー? 関係者以外入るのは禁止だろうな、それにカルリが通っているはずだからバーンヘイズの人間が見張っているかもしれない。本当ならカルリにも会って報告したいけど、会わせてくれないだろうな。
ぐうううう〜
恥ずかしくも空腹でお腹が鳴ってしまった。
「お昼には時間がまだあるな」
お金に余裕がないので何か買って食べるのも躊躇ってしまう。寮に戻ればタダでご飯を食べられる、それまでの我慢だ…でも目の前には美味しそうなアイスクリームを売っている露店があり、その場で出来立てのアイスクリームが食べられるみたいだ。
手持ちのお金で買うことができる食べ物だ。
くっ、何て美味しそうなアイスクリームなんだ!
だけど私は誘惑に負けない! 一生懸命修行をしてきたんだ!
私はあの地獄の訓練を耐え抜いたんだ!!
「一つ下さい!」
「毎度!」
…あれ!?
何か知らないけど私の手にアイスクリームがある? 自分の意思とは関係なくアイスクリームを買ってしまったのか!?手が私の意思とは関係なく勝手にアイスクリームを口に運んでくる!?
「…おいひい」
冷たくて甘いアイスクリームが口の中で溶けて無くなっていく。
幸せだ! 今の私は世界で一番幸せだ!!
「…」
「私も一つ下さい」
「私も!」
何か知らないけどアイスクリームの露店に急に客が集まり出した。何かみんな私の方を向いているんだけど? なんで注目されているんだ?
居た堪れなくなり慌ててその場を離れる、とにかく人のいない方へ向かう。
そして人気のない場所でアイスクリームを口を再び味わう。
やはり甘味はゆっくりじっくりと味わうものだ。
ふと自分がどこに逃げたのか分からなくなってしまった。ただ、どこか見覚えのある場所だと感じる。
おそらくここはベネルネスの時に訪れたことがある。
大きな噴水があり、段々の花壇があり、周辺は緑に囲まれている。
思い出した!!
見覚えのある大きな石碑、白い石が敷き詰められた道、鳥の囀りが聞こえてくる新緑の木々達。
そこを抜けた先にあるのは…
「グランマーレのお屋敷…」
何も変わっていない外観だ。古いレンガの壁、チラリと見える中には手入れされている庭があって、私が好きだった花が植えてあり、私が本を読んでいたテーブルセットもそのまま置いてある。
涙が自然と溢れてくる。
ようやく、ようやくここに来ることが出来た。
「どうかされました? 泣かれているようですが?」
突然後ろから声をかけられる。しまった、こんな所で泣いていたら怪しまれる。涙を拭って振り返ると見覚えのある顔がそこにあって言葉を失ってしまう。
温和で常に冷静沈着、口が固くて忠誠心の塊のような男性。私が最も信頼していた側近…執事のセバスが私に声をかけてきたのだ。
顔を見るとだいぶ歳をとった、私より少し年上だったから今は40代後半かな? 髪に白髪が見える、セバスには苦労をかけてしまったのかもしれない。
「おや、その家紋はウェットランド伯爵様の?」
しまった、今の私はウェットランド家の騎士服に身を包んでいた。
「も、申し訳ありません、王都が初めてなので道に迷ってしまいました。なにぶん田舎者でして、大通りはどちらに行けばよろしいのでしょう? つい心細くて涙が」
思わず嘘をついてしまった。
するとセバスは笑顔で応対して道を教えてくれる、本当は道を知っていたが知らないふりをする。お礼を言って何とか切り抜ける、きっと私がベネルネスだと言っても誰も信じてくれないだろうし、下手したら不敬罪で処断されてしまうかもしれない。
逃げるようにその場を後にする。
チラリと後ろを振り返ると何度も通ったグランマーレ邸の正門が見える、その変わらない姿に懐かしい気持ちが込み上げてくる。
「頑張ろう」
気持ちを新たに寮へと戻る事にした。
読んでいただきありがとうございました。
明日も投稿します。




