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31.氷の瞳

 ウェットランド領



「確か今日が試験の日ですよね?」


 庭を掃除中のサーニャは不安そうに王都のある方角の空を眺めている。

「ウェルマは大丈夫かな?」

 サーニャの先輩にあたる従女のマイナも心配を隠せない。


「んーーー、問題ないだろ」


 なぜかここにいるバラド団長が呑気な声を上げる。

「今頃、ぬるま湯に浸かった王都の腑抜けどもが度肝抜かされている頃だろうな」

 余裕な表情で笑っている、その姿にサーニャとマイナは訝しむような視線を送る。


「まあ、心配するな、ウェルマは強い」


 バラドの部下で息子のガラム中級騎士も余裕の笑みを見せている。2人とも顔が怖いから笑っていると逆に恐怖が増してしまう。


「そ、そうですか」

「ウェルマはそうだな…身体能力自体は父親のサイアムと同じくらいで大したことはない。だけど父親と違って無色でありながら魔力を持っているから強い」


 バラドの言っている事がサーニャはよく分からないようだ。

「それにウェルマは素直で勤勉だ、無理難題でも無理矢理にでも身につけてきた。それはある意味物凄い長所なんだ」

 妹が褒められてサーニャは嬉しそうだが、それとさっきの事と何の関係があるんだろうか?

「まあ、何だ、今頃は大騒ぎになってんじゃねえか?」

 バラドはしてやったりな顔をして笑っている。





 士官学校



「もしかして無色の魔力持ちなのか?初めて見た」


 せっかく仲良くなったウェルマが周囲に笑われて悔しそうな顔をするナフタ達だったが、近くで見ていた女性騎士だけは反応が違っていた。


「え? 無色ですよね?」


 シェスカは不思議そうな顔をして女性騎士に尋ねる、それでも女性騎士は表情を変えない。


「ははは、おそらくあの男は負けだな」


 もう1人、責任者のベテラン騎士が近づいてくる。

「お前達は知らないかもしれないが、実を言うと無色の魔力持ちほど厄介な存在はいない。そうやって無色だと甘く見た者から蹂躙される」

 ベテラン騎士は目を細めて戦況を見ている。その真剣な表情にナフタ達もウェルマの試合に釘付けになる。


「ふふふ、今年のルーキー達は面白いな」


 ベテラン騎士は静かに笑っている。





 男は名門のハイルベンド家の人間だ。生まれ持ってのエリートで、稲妻を操る黄色の魔力を持っている事を誇りにしていた。


 そんな男にとって許せない出来事があった。


 ハイルベンドの好色男の若様がどこかで女遊びをして、子供を身篭らせたと言ってきた。最初は金を渡して放っておけば良かった、だがその女の子供に濃い魔力の色が出たのだ、しかも太陽のような眩い黄色だ。下手をすると本家の者より上かもしれない。

 それを知った当主様は才能ある者をハイルベンドに招き入れてしまった。どこぞの遊び程度の女の子供が、誉高いハイルベンド家に土足で上り込んできたのだ、それは男にとって何があっても許せない事だった。


 ハイルベンド家の中にその子供の味方はいない、唯一味方すると思われた若様も子供に無関心だった。

 それだったら徹底的に冷遇して幽閉する事にした。しかし子供はそれに勘づいたのか逃げる為に王都の士官学校へと入学したいと当主様に願い出たのだ。

 何を思ったのか当主様は子供の願いを許した。すると若奥様は怒り狂い、我々にその子供をハイルベンドに連れ帰るように命令した。怒りのままに屋敷で生殺しにすると言い出したのだ。

 さすがに攫うのは最終手段にして、士官学校の受験で妨害して不合格にして連れ戻す作戦にした。


 だが思ったより上手くいかなかった。


 体力試験で不安を煽ってやったのに醜態を晒しながらもギリギリで合格され、最後のチャンスの模擬戦でもその子供の魔法の前に敗れてしまった。仲間も他の受験生によって負かされてしまった。

 残されたのはもう男1人になってしまった。残された手段は全て終わった後に攫うしか方法がない、そうしなければ今度は自分の身が危ない。


 男の模擬戦の出番は最後だった。もう男にとって試験はどうでも良い、元々合格しても通うつもりはなかった。ただこの苛立ちをどこかにぶつけたかった。対戦相手は子供に手を貸した赤髪の背の高い女だ、憂さ晴らしに丁度良いかもしれない。

 しかもこの女は自分が無色だと晒し、さらには時代遅れの重装備で男の前に立ったのだ。


 男は腹の底から笑った、騎馬戦ではないのだから機動力皆無な女の戦い方は一方的に嬲ってくれと言っているようなものだ。


 武器を大剣から身軽な長剣に変える。始めの合図とともに女は丁寧に挨拶をする。本当に身体を鍛えるしか能のない低脳だ、戦いにおいて相手に敬意を示す必要なんてない、この行為にはもう馬鹿にして鼻で笑うしかなかった。


 女は大盾を前に守備的な構えだ、おそらく魔法を警戒しているのだろう。

 冗談で魔法を使わないと言ってやると真に受けてお礼を言ってくる、低脳を超えて本物の馬鹿だったようだ。

 だいたい真正面から攻撃する訳がない、フェイントをいれて背後に回る、想像以上に反応が速く振り下ろした剣の先にはすでに巨大な盾があった。


 ガキンッ!!

 まるで巨大な岩を叩いたような感触だ。


 こっちから攻撃したはずなのに手が痺れて力が入らなくなる。上手く剣が握れない、警戒して顔をすぐに上げるが女はすぐに攻撃するわけではなく盾を前に少しずつ近づいてくる。盾越しに見える女の目がこちらの命を刈り取るように冷たい。


 背筋が凍えるような殺意を覚える。

 味わった事のない恐怖が男に襲いかかる。


「くるな!」


 思わず魔法を使う、これで怯むはずだ。魔法を使わないと予防線をはっておいて良かった、これは想定してなかったはず。

 しかし男は絶望的な光景を目の当たりにする、大盾を前に構えた女は稲妻に怯む事なくジリジリと距離を詰めているのだ。盾の奥ではあの冷たい瞳が男を見据えている。


「ま、まいっ」


 降参をしようとしたが途中で止める、さっきまで無色で低脳と笑っていた女に降参して良いのだろうか? 男は自身をエリートと自負している、それが無色の低脳な女に対してその言葉を言っていいのだろうか?


 そんな事を考えていると女は重槍を構えて薙ぎ払いをしようとしている。

 大丈夫だ、あんな重い武器を振り回す事なんて出来ない、威力重視の一発を狙っているだけだ、上手くそれを反対側に避けて、女の体勢が悪くなったところに稲妻をぶち込もうと画策する。


 だが次の瞬間、絶望なまでの理不尽な暴力を味わう事となった。


 反応が出来ずに全く動けなかった。


 気がつくと男の顔の数ミリのところで重槍が止まっていたのだ。


 男は恐怖で下半身が濡れていくのを感じる。

 少しでも動けば即座に殺される、恐怖に怯えたまま動けない。


「それまで!勝者81番!」


 戦意を失ったのに気がついて審判がすぐに試合を止めた。男は生まれて初めて理不尽な力を味わい、動けなくなってしまった。


「ありがとうございました!」


 女は深々と頭を下げて退場して行った。

 後ろ姿を目で追うと重い重槍と大盾の重装備を軽々と持って駆けている。実はさっきの模擬戦でも同じように動けたのではないのか? なら自分は手加減をされたのではないのか?

 男はその場にヘタリ込み、自分が生きている事に心底安堵した。


読んでいただきありがとうございました。

明日も投稿します。

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