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3.ある男の後悔と自責

 先日、妻が亡くなった…


 2年にも及ぶ長い闘病生活だった。日に日に身体は痩せ細っていき、最後にはベッドから起き上がる事さえ出来ないくらい衰弱してしまった。

 それでも彼女は私に迷惑をかけまいと何も言わなかった、それは少し寂しくもあるが彼女らしいと思えてしまう。

 ベネルネス・グランマーレ…「氷の貴婦人」と呼ばれる強く美しい女性の姿そのものであった。


 亡くなる直前、執事のセバスより緊急で連絡が入った。まるで自分の死期を察しているような様子だと冷静なあの男が取り乱していた。

 仕事を中断し急いで屋敷へと戻るが着いた時には夜になってしまった。

 その時の話を聞く、子供達にまるで最期のような言葉をかけており、セバスに子供達を良き道へ導くように願って静かに目を閉じたらしい。


 ベネルネスの部屋に入る。すると魔力が漏れているのか室温が異常に低く、氷の結晶のような花がそこらじゅうに咲いていた。


「奥様」

 部屋に入ろうとするセバスを制止する。

「行くな、セバス、氷の華だ。お前が行けば氷漬けにされる」

 そう言うと扉を閉めさせて私だけ残った。



 このエルバニア王国には8公と呼ばれる偉大なる8つの公爵家がある。

 赤、青、緑、黄、白、黒、茶、紫の8つの色の魔力を司り、我らグランマーレ家は青の公爵家だ。

 青色の魔力は水を支配すると言われている、ベネルネスは青色の連なる水色の魔力の一族で、氷の力を司るロスウェルソン侯爵家の出身だ。私とはいわゆる政略結婚で、より強き子孫を残すためだけに結婚した。

 私も彼女もその事を理解していたし、世間から仮面夫婦と呼ばれていても仕方なかったと思っている。


「いつからだろうな、私の中で君の存在が大きくなってしまったのは…」

 近づくと拒絶するように周囲の温度が下がっていく。


 子供達の成長を一緒に見届けている時だろうか?


 子供達が生まれてからだろうか?


 初めての夜を迎えた時だろうか?


 結婚式で美しいドレス姿に見惚れた時だろうか?


 許嫁として初めて会った時だろうか?


 どんな時も私や父母や子供達を気遣い、グランマーレの権威を誰よりも大切にしてくれた。そして誰よりも私を褒め称えてくれた。


 私は本当に愚かな男だ。


 上手く愛の言葉を語れない、感謝を口に出来ない、彼女の名前を呼んであげられない。

 自分でも最低な男だと思う。

 お互い多くを語らない性分なのは分かっている、彼女も多くは語らないので2人きりでいると沈黙が多かった気がする。

 それでも苦にならなかったのはベネルネスだからだと今更ながら気付かされた。


「ベネルネス…」

 彼女の寝ているベッドの横にたどり着く。周囲の温度がさらに下がっていく。おそらくこれは最後の魔力が燃え尽きる前の現象だろう。


「…ふふふ、久しぶりですね。私を名前で呼んでいただいたのは、アルバレス様」


 目が覚めたのかベネルネスのか細い声が聞こえる。最後の力を振り絞っているだろうか? 細く目を開きながら笑っている。

 世界が歪む? いや、私の目の中に涙が溜まって視界がぼやけて見えているだけだ。


「うふふ、アルバレス様にそのような顔は似合いません」


 手を握られ笑顔を向けられる。

 今の私はどんな顔をしているんだろう? そのような顔と言われても鏡がないから自分では分からない。


「…申し訳ありません」

「謝るな、謝らないでくれ」


 何に対して謝ったのか分からない、しかしそれを遮るように否定する。おそらく謝らなくてはならないのは私の方だ。


 もっと声をかけていれば。


 もっと大切にしていれば。


 もっと近くにいていれば。


 ずっと近くにいれば良かった。


「愛してます、アルバ…最後に会えてベネルは幸せです」

 アルバ…久しぶりに自分の愛称を呼ばれた。初めて会った時、愛称を聞かれた時に答えた名前だ。


「ベネル!!」


 さっきまでの低温が嘘のように晴れる。握っていた手の力がなくなり、微かに残っていた温もりがなくなってしまった。


 言えなかった。


 ベネルは最後の力を振り絞って私に愛していると言ってくれたのに、愚かな私は最後の最後まで言えなかった。


「愛している、ベネル。私は貴女と一緒にいれて  一緒にいれて、私は幸せだった…」


 心が決壊したように涙が溢れ出てくる。

 嗚咽が止まらない、子供の時でもこんなに涙が溢れ出てきた記憶はない。

 ベッドに突っ伏して嗚咽を漏らす、救えなかった、助けられなかった、何も出来ない自分が憎くて堪らない。


「…旦那様?」


 冷気が無くなったのに気がついたのか執事のセバスが入ってくる、そして私とベネルを見て何かを悟ったようだ。

「旦那様!? すぐに身体を温めなくては! おい! 誰かいないか!!」


 後からセバスから聞いたが、私の体は半分以上は凍りついており放っておけば凍死寸前だったらしい。



 後日、私の妻ベネルネスの葬儀が行われた。世間では冷たい氷のような女性だという噂が1人歩きしていた、だが彼女を知る人間は誰もそんな事を思っていない。彼女を知る屋敷の人間全員が悲嘆にくれ、涙を流していた。


「父上」

「お父様」


 葬儀の間ずっと息子のアレクシスと娘のアニスが私の側に立っている。2人とも気丈に振る舞い、涙を流さないように堪えているみたいだ。

 幼い子供達が耐えているのに父親の私が落ち込んでいるわけにはいかない。


「僕は…お母様にお父様の背中をよく見ろと言われました。強く、強くあれと お母様に い、言われました、だから  泣きません!」

「アニスも 気高く気品の ある淑女になりま す。だから泣きません!」


 目に一杯涙を溜めて堪えている。2人の小さな手が私の手を強く握る。私は何も言えず、その手を強く握り返すことしか出来なかった。



読んでいただきありがとうございました。

30話分くらい書き溜めてあるので、ある分だけ毎日投稿する予定です。

なので明日も続きを投稿します、19時に投稿する予定ですので、良かったら続きも読んでください。

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