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29.模擬戦開始

 女の子を日陰で休ませる、ナフタが水を持って来てくれたので女の子に飲ませてあげる。


「ありがとう」


 女の子は水を飲んでようやく落ち着いたようだ。

「…試験中も助けてくれたよね?」

 走っている最中に倒れそうになったのを覚えていたようだ。

「私はシェスカ………ハイルベンドです。助けて頂き本当にありがとうございます」

 改めて自己紹介されて感謝される。


「ハイルベンド?」

「も、もしかして貴族の方!?」


 ナフタと一緒にハイルベンドの家名に反応する。驚いて距離を取って頭を下げる。そしてナフタの慌てた反応から察すると彼女もハイルベンドが貴族の名前を知っているようだ。


「や、やめて、私は庶子だし、本当はハイルベンドなんて名乗りたくないし…近いうちにハイルベンドから除外されるはずだから」


 シェスカは慌てて私達を止めさせる。

 ハイルベンド侯爵家と言えば、8公の1つで黄色の雷を操る魔力のハイルランダー公爵家の直系の分家だ、こんな所にいて良い家柄の人間ではない。いくら本家筋ではない庶子といえども普通ならアカデミーに入学するはずだ。


「ハイルベンドからしたら私は厄介者なの。私の母親は愛人だからね、ここを受からないと後がないの」


 何か思ったより切羽詰まっているようだ。

「受からないと、きっと変なおっさんと結婚とかさせられるか、ずっと軟禁される」

 何となくシェスカの事情は分かった、それでも士官学校に通うのはおかしいと思う。


「…アカデミーには正妻の異母兄がいるから行けないし」


 何か可哀想になってきた。

 前世の記憶を思い返す、黄色の公爵ハイルランダー家と言えばグランマーレ家とは犬猿の仲だった、とにかくソリが合わなかったと思う。


「あ、そろそろ時間ですね」


 ナフタが声をかけてくる。


「実技って、模擬戦ですかね?」

「おそらく」


 少し不安になってきた、ナフタやシェスカも同じように不安そうな顔をしている。会場に向かうとすでに人が集まっており、私達が最後だったようだ。


「全員集まったな、それでは最後の実技試験を行う。形式は模擬戦、時間は5分、勝敗は不問で技術等を見るものだ、負けても即不合格とはならないから安心しろ。武器はそこの倉庫にある模擬戦用の武具を使う、そこにあるものなら何でも使って良い。次に魔法等の使用は許可する、多少の怪我は治癒班がいるから大丈夫だが死亡させた場合は失格とする。勝敗の裁定は我々の判断と戦闘不能、そして降参だ。何か質問は?」


 ベテラン風の騎士が試験内容を説明する。魔法ありなのか…私にとってはそれは不利だな。


「質問いいか?」


 反対側にいる強そうな男性が手をあげる。


「なんだ?」

「多少の怪我の度合いとは?」


 何か物騒だな、模擬戦なのに怪我をさせる気マンマンじゃないか。

「そうだな、身体欠損となる四肢切断などの重傷は無しだ」

 何かアバウトだ。


「…あいつら」


 シェスカが小さく呟く、知り合いなのだろうか?アイツらって言ったということは味方じゃなさそう。どうやら5人ほどのグループのようだ、そして何やら私達の方に視線が向けている気がする。

「ウェルマさん、あの人達って」

 ナフタも視線に気がついたようだ。あの視線は私達というよりシェスカに向いている。


「貴族って怖いね」

「…うん」


 おそらく年齢も上そうだし、素人じゃなさそうだからハイルベンド家からやって来たシェスカへの妨害部隊だろう。


「真剣に受験している人もいるのに…」


 ナフタが少し冷たい顔になる。この子はいったい何者なんだろう?何となく只者じゃないとは思うけど。


「それでは模擬戦を始める」


 背の高い騎士が審判をつとめるようだ。組み合わせは公正にくじ引きのようで、試合の度にベテラン風の騎士が2枚引いている。そして周囲を見ると私達以外にも騎士風の人がチラホラと見に来ているようだ。


「次、301と79」

「私だ」


 隣に座っていたシェスカが立ち上がる。武器庫から細身の剣を手に取って出てくる、とても様になっているので全くの素人ではなさそうだ。一方の相手は例の妨害部隊の1人だ、運が悪すぎだろ。


「始め!」


 男は長剣をゆらゆらと揺らして余裕のある構えだ。一方のシェスカは細身の剣を前に突き出し、先手を取るためのような構え。


 シュッ!!


 素早い突きが男を狙う、それを避けると横から思いっきり殴打する。シェスカはモロにくらって吹っ飛んでしまった。

 すぐに立ち上がると再び剣を構える、負けないという覚悟が見える表情だ。


「わざと殴った」


 ナフタが呟く、おそらく痛めるためにわざと殴ったのだろう。今度はシェスカが防戦一方となる。男は乱暴に剣を振り回し口元はニヤニヤしている。明らかにシェスカを嬲ろうとしているのだろう、誰の目から見ても気分の悪くなるような展開だ。

 だが次の瞬間、男は崩れるように倒れてしまった。よく見るとシェスカの手元が何やら光っている。


「魔法だ」


 いつの間にか私の横にいた女の子が呟く。横を見るとボロボロになった白い法衣を着ており少し怪我をしている。私と目が合うと恥ずかしそうに笑って誤魔化している、地味目な三つ編みの女の子で、とても可愛らしい顔をしている。


 何があったか見えなかったけど、今のはシェスカの雷の魔法なのか? あんな劣勢をひっくり返すなんて本当に凄い、やはり魔法が使えるのは不公平だと思う。

 傷だらけで帰ってきたシェスカを迎える、本当にボロボロな姿で凄惨だ。


「あ、治療します」


 白い法衣の女の子がシェスカのもとに駆けつける。


「もしかして白色の?」

「はい、治癒の魔法を使えます。と言っても全然下手くそなんですけどね」


 白い法衣の女の子が恥ずかしそうに笑う、突然の謎少女の出現にシェスカも困惑している。


「もしかして受験生ですか? 最初に試合してました?」


 ナフタが尋ねると少女は苦笑いする。

「はい、もう負けてしまいましたけど…」

 そう言えば白い法衣の女の子が最初の方に出ていて、屈強な男性に負けた気がする。


「私はクラリスです。ロスローリア教のアンダシア自治区から来たんです。その、同年代の子が集まっていたので、つい来てしまいました。私は負けたのでおそらく不合格だと思いますけど」


 恥ずかしそうに笑う。

「いや、合格の基準は勝敗が全てではないと言ったはずだが?」

 突然女性騎士が話しかけて来る。

「ふむ、どうやら治療の必要はなさそうだな」

 どうやらシェスカの怪我の治療に来たようだ。


 それにしてもこの女性騎士さん、どこかで見た事があるような無いような? 物凄い美人さんなので何となく思い出せそうなんだけど…


「ありがとうクラリスさん」

 すっかり怪我が良くなったのかシェスカがクラリスにお礼を言う、するとクラリスは恥ずかしそうに笑顔を返す。

 ここで次の模擬戦の番号が呼ばれる。


「次、302と218!」


 どうやら次はナフタの出番のようだ。

読んでいただきありがとうございました。

明日も投稿します。

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