22.前を向かないと
そのままカルリと別れ、サイアムに連れられて帰路につく事となった。
ダンダムを迎えに行くと、涙で汚れた私の顔をなめて慰めてくれた。顔はベトベトになってしまったけど泣いた跡は分からなくなっていると思う。
「…ねえ、お父さん。騎士って私でもなれるの?」
どうしてもカルリの言葉が頭から離れない。
「騎士か? ウェルマは優しいからなぁ。騎士として生きるのは、とても厳しい世界だからお父さんはウェルマに騎士になって欲しくはないな」
優しく諭すようにサイアムが続ける。
「だけど、ウェルマがどうしてもなりたいのなら、父さんは止めない、全力で応援する」
女性が騎士を目指す例は結構ある。貴族令嬢の護衛なんかは大体女性騎士がつとめるのでそれなりに需要がある。
だけどそこには私が越えるのに困難で大きな壁が立ちはだかっている。
女性騎士のほとんどが色をある魔力を持っており、元々男性と比べて身体的に劣っているので、それを補うために魔力が絶対に必要なのだ。
私の魔力は無色だ、その不利を身体能力で補うには無理がある。それに無色の女性騎士なんて聞いた事がない。
「何でカルリお嬢様は私にあんな事を言ったのかな?」
「…分からん、昔からウェルマを気に入っていたけど、なぜそこまで執着するのか周囲も首を傾げているんだ」
何だろう「見えた」と言っていた。それに「終わってしまう」と言っていたけど何が終わるんだろうか? 意味が分からない。
色々と考えていると私の住んでいる集落に到着してしまった。
「ダメだった」
門番さんに聞かれる前に自分から言う、私が思ったより平気そうだったので意外そうな顔をされてしまった。
「そうか、元気だせな」
「うん」
そう言って門番さんと別れて家に向かう、家に着く前にサイアムに私がサッパリしているのを不思議に思われて声をかけられる。
「大丈夫、いっぱい泣いたからもう平気」
「そうか、ウェルマは偉いな」
頭を撫でられて家に入る。すると家族総出で出迎えられてしまった。
「ダメだった」
私が笑顔で言うとみんなが大きく息を吐く。特にエルダは複雑そうな顔をしている。
「…気にすんな」
兄のザックはいつも通り接してくれる。確かザックも無色だと言っていた、デリカシーのない悪ガキでも妹には優しくしてくれるみたいだ。
「偉いね、ウェルマは」
唐突にミシェルに抱きしめられる、
「無理して笑顔を取り繕わなくて良いんだよ」
「…うん、悔しくていっぱい泣いたよ。サーニャお姉ちゃんやお父さん、ダンダム、みんなが慰めてくれたから、もう、泣かないから」
そう言いつつ抱きしめられると再び泣けてくる。
「ゔゔゔ、お姉ちゃん」
なぜか理由を分かっていないウォルフが横て泣き出してしまった。
その晩は沈んだ空気に包まれてしまった。何となくだけどエルダとは特に気不味い雰囲気になってしまった。
そんなこんなで数日が経った。
私はミシェルとザックが捕まえてきた獲物の毛皮を洗っていた。これまで通り家の手伝いをちゃんと毎日している、例え色がなくて落ち込んでいたとしても、それを理由に家の手伝いをサボる訳にはいかない。
「ウェルマ」
聞き覚えのある声に振り向く、久しぶりにサーニャが帰ってきたのだ。
「ふふふ、思ったより元気そうで安心した」
私を撫でながら笑ってくれる。
「エルダは?」
「中にいるよ。ちょっと待ってて、呼んでくる」
何となくエルダに避けられているのが気になっていた、そろそろ元に戻って欲しい。
「エルダ姉ちゃん、サーニャお姉ちゃんが来ているよ」
「う、うん」
何かモタモタしているので手を引っ張って外へ連れて行く。
「何、その顔。何でアンタが落ち込んでいるの?」
サーニャがエルダの顔を見て笑っている。
「公爵様の使いがきてるから来いってさ」
「…行きたくない」
エルダがボロっと本音を漏らす。
「そう、分かった」
あっさりとサーニャが引いたのでエルダは驚いている。
「ウェルマ、ウェットランド様と奥様が屋敷に来るように言われているけど、行く?」
今度は私を向く。私にウェットランド卿が? 何の用だろう?
「行く。待ってて、着替えてくるから」
私にとってウェットランド卿はとてもお世話になっている。期待を裏切ってしまった負い目があるが、それでも私を呼んでくれるという事は何か大切な用事があるんだろう。
「ほら、エルダも行くよ、馬車を待たせているだから!」
サーニャに引っ張られてエルダも無理やり着替えさせる。
「本当に、ウェルマがあんなに前向きなのに、何でエルダが沈んでいるの!」
さすがに長女だ。私とエルダがギクシャクしているのも、全部お見通しのようだ。
無理やりエルダを馬車に押し込んで出発する。
「まったく、ウェルマが落ち込むのは分かるけど、何でエルダが落ち込んでいるのよ」
「…うん、ごめん」
これはかなり重症だ。
「な、なんで家族で私だけって思えて…ウェルマは何か他と違うと思っていたから、もしかしたら私と一緒かもって、勝手に期待してて、私ってひどいよね」
少しずつだけど本音が漏れる。
「…エルダに色があるって聞いてさ、私もザックもさ、悔しくて、悲しくて、エルダに物凄く嫉妬してたんだよ? 気づかなかっただろ?」
突然のサーニャの告白にエルダは驚きの表情を隠せない。
「でもさ、エルダは全然悪くないから何度も自己嫌悪してた。だけど何でだろうね? 私もザックもエルダを嫌いになれなかった」
サーニャやザックがそんな風に思っていたなんて私は全然気がつかなかった、
「何で嫌いになれなかったと思う?」
「…」
「エルダが私やザックを好きでいてくれたからだよ。私達がどんなに嫌っていてもエルダが妹なのは変えられないし、エルダが私達を好きでいてくれるのに、私達が一方的に嫌う事なんて出来ないよ。それをやったらあのジェマとかいう従女と一緒でしょ?」
私を見て笑う、確かに一方的に嫌われるという理不尽さは本当に心が傷つけられる。
「エルダが私達を嫌えば私もアンタを嫌う事ができたよ。だけど、エルダは私達家族の事を好きでいてくれるから、その事を私もザックも知っているから一緒にいられたの、いいんだよいつも通りでいれば。全くエルダはお姉ちゃんなんだから妹のウェルマに気を遣わせるんじゃないの」
「…」
エルダは声を殺して涙をこぼす、その姿を見ていると声をかけられない。
仕方ないから私のお気に入りのハンカチを渡す、すると何も言わずにハンカチを手に取ってくれた。
サーニャの胸の中で堪えるように泣いている。そんな姿を見て、昔のように鼻血を吹き出して大泣きしていたのが懐かしくなってしまった。




