18.何でだろう?涙が
「何か…凄いね」
フカフカのベッドで横になりながらサーニャが呟く。
「…ここの人達は怖い。ウェットランドの人達とは全然違う」
エルダが率直な気持ちを漏らす、本当にその通りだと思う。ウェットランドは平民である私達でも好意的で、素直にいう事を聞けばみんな優しくしてくれた。
「…おしっこ」
ベッドから降りて外に出ようとする。
「一人でいける?一緒に行こうか?」
サーニャから心配される、だけど私には別の目的があるので一人で行きたい。
「うん、大丈夫」
部屋から出て広い廊下を歩いていく。ちゃんと食堂への道は覚えており、食堂の入り口付近に新聞があったはず。
少し歩くとトイレがあって、その先に食堂がある。トイレをそのまま越えて食堂へ入る、誰も居ないからシーンとしている。
窓から入る月の明かりを頼りに新聞を開く、大々的に王家の跡取りが生まれた記事が載っている。どうやら双子の兄妹のようだ、私がベネルネスだったらお祝いをどうしようかと頭を悩ませたかもしれないが、今の私にはあまり関係ない。
「あった」
アレクシス・グランマーレ、史上最年少で魔力Aランク判定。ちゃんと写真まで載っている、私の知っている子供のアレクはもうそこにはいなかった。
少し大人びて精悍な顔つきになった男の子が載っている。その横にはアニスも写っている、背は伸びて凛とした表情でアレクの横に並んでいる。
何でだろう……自然と目に涙が溢れてくる。
私はこの子達の成長を見守る事が出来なかった、こうして成長した姿だけを遠くから見る事しか出来ない。蚊帳の外という寂しさもあり、その場で一緒に喜べない悔しさもあり、立派に成長してくれて嬉しくもあるという複雑な気分だ。
そっと新聞を元の位置に戻す、これ以上見たら本当に泣けてしまう。静かに食堂を出てトイレに行く、これ以上長居したらサーニャが心配して探しに来そうだ。
「お嬢様とあの者達は離すべきです!」
トイレで用を済ますと、食堂の隣にある応接間の方から声が聞こえる、そこはエルダが選別の水晶玉を触った場所だ。大きな声だから聞くつもりはないのに耳に入ってしまう。
「あの者達はお嬢様に悪影響を及ぼします、これ以上近づけない方がお嬢様の為です」
「だけど、カルリが癇癪を起こすでしょ? それにあの子達はマナーもちゃんと守っているし」
相手はヘレア夫人なのか? あの従女は公爵夫人に対して意見しているの!? そんな事は普通なら許されないはずだ。
「これは私達従女一同の進退をかけたお願いです、高貴な令嬢様と下民の娘達とは交わってはならない壁があるのです、あの者達と分け隔てなく付き合う事は将来的にお嬢様の害となります! どうかお願いいたします」
進退をかけた? 辞める覚悟で夫人に嘆願しているの?
「あの者達と会わなくなれば、お嬢様の中でそれらが過去のものとなり、癇癪は自然とおさまるはずです! これ以上あの者達と会わせてはなりません」
「…分かりました。己の進退をかけた嘆願です、公爵様と共にしっかりと考慮します」
いけない、話し合いが終わったみたいだ、見つかる前に急いで寝室に戻る。
「ん? ウェルマ? できた?」
ウトウトしていたのか寝ぼけ眼でサーニャが起きる。
「…どうしたの? 泣いているの?」
ベッドから起きて来て私に近づく。
「ううん、大丈夫」
嬉しい事もあったし悔しい事もあった、厳しい現実を突きつけられた、色々ありすぎて言いようのない複雑な気分だ。するとサーニャは私を連れて自分のベッドの中に連れていく。
「一緒に寝よ」
お姉さんらしくサーニャは本当に優しい。するとすでに先客がいたようでエルダもサーニャのベッドに潜り込んでいた。
「ベッドが広すぎるんだよ」
エルダは言い訳をしつつ目を閉じる、外泊がこんなに寂しいものだとは思いもしなかった。
ベッドで横になりながらさっきの事を考える。
あの従女は差別的で言っている事はとても酷いと思う。反面、私は彼女の言い分に理解できてしまう。
私もアレクシスやアニスが同じ状況になったら引き離す判断をするかもしれない。カルリはまだ3歳なのだから身分の判別がつかない、その大切な時期に平民と分け隔てなく接しているのは将来的に間違いなくマイナスだ。他の貴族の子供達と付き合うようになれば恥をかくし、その家の名前を貶める可能性だってある。
複雑な気分だ、自分という存在を蔑ろにされているのに、その行為が理解できてしまうなんて。
何で私は下級騎士の家に生まれてしまったのだろうか? 下位でも貴族の子供として生まれればこんな思いをしなくても済んだのに…
夜は更けていき、私はいつの間にか眠りについていたようだ。目を覚ますと一つのベッドに3人がくっついて寝ていた。
もしかしたらカルリと会うのは今日で最後かもしれない。そう思いながら私達は着替えて呼びに来るのを待っている。
「貴女達、起きてる?」
私達の付き添いのマイナさんが部屋に入ってくる。
「おっ、偉い、ちゃんと起きて準備できてるな。急だけど、これで帰る事になったから」
どうやらあの従女達の意見が採用されたみたいだ、何となく寂しいけど、カルリの将来のためなら仕方ない気がする。
「…そんな顔しないで、今日は街で遊んで行くよ、しっかり楽しむよ!」
私がガッカリしたと思ったのかマイナが慰めてくれる。
当然のように帰りの見送りはない、迎えに来てくれた執事さんが申し訳なさそうに馬車を用意してくれた。馬車が来るまで待機していると別の部屋から泣き叫ぶ声が聞こえる。
「ダメ!! ウェルマを離しちゃダメなの!!」
この声はカルリ? カルリが癇癪を起こすと言っていたがこれの事なんだろうか? こんな大きな声で泣き叫んでいるとは思わなかった、そしてこんな風に泣かれると心が締め付けられるように痛い。
「ウェルマだけは何があっても離しちゃダメ! ダメなの!!」
カルリはなんで私へ執着するのか分からない。そして私を離してはダメとはどういう意味なんだろうか?
「馬車の用意が出来ました、どうぞ」
執事さんはそれを隠すように私達を外へ連れ出す。
「よろしいのですか?」
マイナさんが訝しむように執事さんに尋ねる。
「はい、旦那様と奥様の指示でございます」
指示と聞いてマイナさんは大きく息を吐く、そのまま抵抗する事なく馬車に乗り込む。
私達としても後味の悪い最後だった、終始無言のまま私達は公爵家を後にする事になった。
19時に次話を投稿します。




