172.焦煙の向こう側で
ベロー商会の方へと飛んでいった飛行型竜骸を追いかける、しかし逃げ惑う人の波に逆らって進むので上手く進めてない。
「ねえ、あの光って」
すぐ後ろでなぜか私に抱きついているナフタに尋ねる。
「どの光?私はウェルマに掴まってないと無理だから何も見えないよ」
小柄なナフタは私を盾にしないと人の波に流されてしまうから私に抱きついていたのか、全然気が付かなかった。
ゴアアアァ!!!!
放たれた光はベロー商会の建物から薙ぎ払うように広がって全てを焼き尽くす。離れているとはいえその場に伏せてしまう、そしてその凄惨な光景に思わず唖然としてしまった。
「これはドラゴンブレス」
「街中でやるなんて」
「こんなの酷すぎるよ」
3人も同じように唖然としている、私達が守ろうとしたものがこうも簡単に壊されるとは思いもしなかった。
「沈むな!行くぞ」
ジェッド教官に背中を強く叩かれる、この惨状を見ても平常心でいるられるのは本当に凄いと思う。
ベロー商会に近づけは近づくほど焼けた臭いが充満する。男性、女性、子供、お爺さん、お婆さん、酷く平等に人が死んでおり、その惨劇を前に心が重くなっていく。
「こんな小さな子まで」
クラリスの小さな声が聞こえる、あえて声に出せなかった現実を直視しなくてはならない。
「気に病むなとは言わない、だが今は死と直結した最前線にいる、心で負けると身体が動かなくなる。割り切れ、今ここで気持ちを切り替えろ」
落ち込む私達にジェッド教官がすぐに反応する、死と直結した最前線という言葉が逃げを許さない。
パンッ!パンッ!!
クラリスが自分の頬を両手で叩く、自分なりに頭を切り替えようと必死のようだ。
「でも何でベロー商会の方に飛んで行ったのでしょう?」
ここでシェスカが率直な疑問を口にする、何となく捕食の為なんだろうと思うけど。
「嫌な予感がする。王都近隣の森で竜骸が襲撃したのを思い出せ、インヘリットのアカデミー特待生のガバーとリッギルの件だ」
思わずハッとする、確か王都近隣の森で討伐された竜骸の体内からリッギルの所有物が発見されたのだった。そしてベロー商会にいるデミリーやハンスらはそのインヘリットの特待生だ。
ベロー商会でハンスから聞いた話が頭をよぎる。
インヘリットという存在は竜器を粉末状にしたものを飲まされ、前世の力を受け継いで人為的に生まれ変わりをさせたれた人間だと言っていた。
そして竜器とは竜骸を屈服させた成れの果てであり、竜骸と同一の存在と考えられる。つまりインヘリットの人間の中には竜骸が組み込まれているのでないだろうか?王都の竜骸はガバーとリッギルの魔法を使っていた、それでいて近隣の森で魔法を使う2体の竜骸が現れた・・・
想像しただけで酷く嫌な汗が出て来る、もし飛行型竜骸が本能的にデミリーやハンスを狙っているのなら非常に危険だ。
「お前も最悪な事を考えていたか?」
小さな声でジェッド教官が尋ねてくる、この顔はきっと同じ事を考えていたようだ。
「急ぐぞ、手遅れになる前に」
ジェッド教官の言葉に小さく頷きベロー商会へと乗り込む。さっきのドラゴンブレスで建物は半壊しており、正面入口に回り込まなくても勝手に入れてしまう。
周囲を警戒しつつ進む。立ちこめる煙で視界が悪く、焼け焦げた臭いが充満している。
「グルワアアアァァ!!!」
奥から竜骸の咆哮が響き渡る、凄まじい爆発音と共に衝撃が走る。おそらく再度のドラゴンブレスを奥で放っているようだ。
竜骸がいると思われる建物の奥へと進む、ベロー商会の建物は上には高くないがかなり奥へ広い。私が交戦した中庭よりさらに奥に大きな倉庫のような建物があり、竜骸はそこで暴れているようだ。
先程のブレスで倉庫と思われる建物はほぼ全壊しており、煙の中に何か大きな物が動かずに佇んでいる。
「煙が晴れないと何をやっているか見えないな」
焦煙によって空気が悪く熱もこもっている、視野も悪くて屈んで進まないと煙を吸ってしまいそうだ。
「どうする、私の魔法でここら一帯だけ風を巻き起こす?」
ナフタから提案される、そうして貰えるとありがたいけど・・・
「ナフタ、魔力は?」
「・・・ちょっと心許ないけどやるよ」
やはりクラリスから指摘された。ナフタは常に魔法を使って戦闘をしている、今までフルで戦闘しているからかなり消耗しているはずだ。
「私もナフタも魔力量が多くないから仕方ない、無理だと思ったらナフタだけでも絶対に引いて」
クラリスの強い言い方にナフタは頷く。ナフタとクラリスは魔法的な才能に恵まれている訳ではない、今もずっと魔力を工夫しながら戦っている。物理的な風を巻き起こすとなるとナフタにとってかなりの負担のはず。
「やるよ、ここ数年で魔法も頑張って鍛えてきたんだから」
そう言うと意を決してナフタが魔力をこめる。ナフタを中心に風が渦巻く。
「風よ、舞い上がれ」
上昇気流が巻き起こり周辺に立ち込める焦煙を晴らしていく、一瞬で空気が良くなり息苦しさが無くなる。
「ナフタ、どう!?」
「余裕!すぐ行ける、え?」
焦煙が晴れて飛び出そうとしたナフタが止まる、私もあり得ない光景に思わず固まってしまった。
「何でこんなものが・・・」
ジェッド教官の歯軋りが聞こえてきそうだ。
煙が晴れた目の前には半身が氷漬けにされた竜骸が鎮座しており、飛行型竜骸は捕食するかのように同化行動を始めていた。
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