10.洗礼の儀
ウェットランド卿らに連れてかれた場所は礼拝堂を見下ろせる位置にある2階の観覧席だ。
「ここ!」
カルリが満面の笑みでソファをたたく、どうしても私と一緒に座りたいようだ。
困った、普通ならありえない。
こんな時に役立つのが貴族だった頃の記憶だ、何が失礼にあたるのか必死になって思い出す。
すぐに座ってはダメだ、こういう場合は伺いを立てないといけない。戸惑いつつもウェットランド卿と母親のヘレア夫人、そして私を怖い顔で睨んでいる従女を見る。この場合は許可が出るまで座ってはダメだ、とにかく許可されるまで待たなくてはならない。
カルリは私を不思議そうに見ている。するとヘレア夫人はニコリと笑顔になる。
「どうぞ」
もうこうなったら逃れられないので覚悟を決めてカルリの横に座る。
「本当に賢い子みたいね」
ヘレア夫人が思案顔で呟く、どうやら私を品定めしているみたいだ。でもここでヘマをすると騎士である父サイアムに迷惑がかかる。せっかく昇進したと言っていたのだから邪魔になってはいけない。
「さてさて、今年は色つきの子供は現れるかな?」
ウェットランド卿が興味深そうに礼拝堂にいる子供達を見ている、その中に姉のエルダの姿もあった。
「あ、ウェルマと同じ赤い髪」
めざとくカルリがエルダを見つける。私と同じ真っ赤な赤髪はとにかく目立つ、高い位置にある観覧席に座っている私達からでも簡単に見つけられる。
「あら、本当。そっくり」
ヘレア夫人も私を見る。それは仕方ない事だ、私とエルダは姉妹で髪の色は一目瞭然で一緒だし、髪型もショートカットで全く一緒だ。
「お姉ちゃんです」
しまった、お姉様と言った方が良かったか!?
「それで今日は教会に来ていたのね」
良かった、気にしていないようだ。普通に笑顔で返してくれた。
私の緊張をよそに儀式は粛々と進んでいく。
「聖ロスローリアの加護の下、其方達に大いなる祝福の洗礼を与える」
司祭が洗礼の言葉を述べ、神官達が選別に用いる水晶玉を持ってくる。
「礼符を手に名前を呼ばれた者は選別の水晶に触れなさい、まずはケレンズ」
「はい」
最初に呼ばれた子供が礼符を手に水晶玉に触れる。
「…無色」
ガッカリした様子で水晶玉を見ている。そして神父が礼符を受け取りそれに結果を書き込む。
「次、ミハイ」
「はい」
次々と子供達が呼ばれているが、色のついた子供は1人も出ていない。
「次、ダリア・ナーダ」
「はい!」
あの女の子はエルダの友達と思われる子だ。
「薄いが…赤色だ!!」
「「「おおお!!」」」
6人目で初めて色つきの子供が出てきた。ここからでは良く分からないが水晶玉が微かに赤くなったみたいだ。興奮気味に歓声がおこる、赤色ということは火だな、つまり火炎を操る魔力を持っている。
それにしてもこんなにも色つきの魔力を持つ子供が出ないものなんだ。
「いいぞ、赤色が出てくるとは良い事だ」
ウェットランド卿も嬉しそうだ、バーンヘイズ派は赤色を重んじているから嬉しいんだろう。
「次、エルダ・ライアン」
「はい!」
とうとうエルダの番がやってきた。まるで自分の事のように緊張してきた。
「お姉ちゃん、がんばれ」
小さな声で声援を送る、エルダは司祭の指示通り水晶玉に触れる。
「…な、何て事だ! 真紅の濃い赤だ! あり得ない!!」
司祭が驚いて大声をあげるが、当の本人はよく分かっていない。
ここからでも確認できる、水晶が燃えるような濃い赤色に染まっている。
「なんだと!? 真紅だと!? 貴族でもないのに!?」
ウェットランド卿が立ち上がって驚いている。
確かに、貴族でもない一般人に濃い色が出る事はまずあり得ない、それだけ大きな隔たりがあると聞いた事がある。アレクシスの時も群青色とも言えるくらいの濃い青色だった、それを見た時の嬉しさは今でも覚えている。
「ウェルマ、貴女の姉なの?」
ヘレア夫人が私の顔を見る。
「は、はい」
「…そう」
含みのある言い方をする、何か不安になってきた。
「もしかしたらあの子はインヘリットかもしれないわね」
インヘリット?初めて聞く言葉だ。
「何だそれは?」
ウェットランド卿も知らないらしい、ヘレア夫人に尋ねる。
「前世からの力を引き継いで生まれる子供の事です。ほとんど現れない稀な事象なのですが、前世がとても優秀だった者のみ許されるという話です。そしてなぜ私がそれを知っているかと言うと、最近クロムエル様の領内で彼女と同じように平民から濃い色を持つ子供が突然現れたそうです」
クロムエル? 8公の一つのクロムエル公爵家か?
「すぐに保護せねばならぬか?」
「はい、早急に手を打つべきです、この事は極力関係者以外は伏せておいた方がよいでしょう」
ウェットランド卿とヘレア夫人が大人の話をしている。その間にさっきの話でどうしても気になる事がある。
それはインヘリットという言葉だ。
前世から力を引き継いで生まれた人間と言っていた。どうやら私が知らないだけで、その言葉は昔からあったみたいだ。
そして思ったのが、もしかしたら私もそれに該当するんじゃないのか? しかも私は前世のベネルネスの記憶まで残っている、今すぐにでも調べてみたいけど私はまだ3歳、あと4年待たないといけないのがもどかしい。
それよりも何やら下が騒がしい。なぜかエルダがもう一度洗礼を受けている、水晶玉は再び濃い真紅の赤に染まっていく。そして何やら神官達がコソコソと話し合っている。
「ふむ、少し不味いか」
ウェットランド卿が立ち上がり下へ降りていく。
何か空気が不穏なんだけど…
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